忍者ブログ
カレンダー
07 2018/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4
6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
[08/06 張舟]
[09/10 まあちゃん]
[08/19 まあちゃん]
[08/19 まあちゃん]
[08/19 阿井]
プロフィール
HN:
栖鄭 椎(すてい しい)
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1983/06/25
職業:
契約社員
趣味:
ビルバク
自己紹介:
 24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。



副管理人 阿井幸作(あい こうさく)

 28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。

 Mail: yominuku★gmail.com
     ★を@に変えてください
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
* Admin * Write * Comment *

*忍者ブログ*[PR]
*
このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。      

沈黙基因 著:黄序


 


日本では『沈黙の遺伝子』(翻訳:望月 暢子)というタイトルで翻訳・出版されているSFミステリーの原作『沈黙基因-戦魔希特勒基因去向之謎(沈黙の遺伝子-戦争の悪魔ヒトラーの遺伝子の行方)』を読んだ。


 


さて、表紙およびサブタイトル強烈なネタバレをしてしまっているので言ってしまっても構わないと思うが、本作はヒトラーの遺伝子をめぐる物語だ。とは言え、中盤ぐらいまでは「遺伝子」なんて言葉全く出てこないので、一体どうやって絡めるのかと気になったが、中盤まで引っ張ったネタをまるでロケットのブースターのように切り離して、物語をますます加速させるとは思わなかった。


 


アメリカのコロンビア大学に留学中の中国人学生・江夏は人間の夢を録画する「写夢計画」の被験者となる。そして映像に映し出された夢には、彼が今まで会ったことのない人物や建物の姿があった。夢の映像を細かく分析していく江夏と友人の葉広庭は、江夏が最近3年間の記憶を失っていることを知る。関係者の口から語られる全く知らない自分の言動を追うため、江夏は自分の夢や他人の記憶を探り、アメリカと中国そして時間すらも股にかけた世界的な陰謀に挑戦することになる。


 


本書の中で「夢」とは筒井康隆の『パプリカ』のように荒唐無稽で極彩色の情景でもないし、現実世界の生活を予知するような「占い」的ツールでもない。人間が実際に目撃した、しかし覚えていなかったり、「見た」と認識していなかったりした視認物を意識に浮かび上がらせるものが本書で言う「夢」である。


 


そこで江夏らは自分の夢が信頼に値する証拠として過去の自分の行動を調査したり、夢に隠された真実を解き明かしに危険を冒したりするので、そういう意味ではやはりミステリー小説のジャンルにも入るかもしれない。


 


この本、前半と後半でキーとなる科学技術が全く異なる。前半は夢を映像として残す器材が登場し、後半は更に先進的で、他人の脳細胞を被験者に移植して見せたい記憶を見させるどころか、その脳細胞の保持者の行動を追体験させるということまでできる技術が登場する。そして、後半になると夢を見るという技術は不要になり、もう十分だという風に今まで「夢」を中心として進行していた流れを切り離して「現代アメリカ編」を終わらせ、「脳細胞」を中心とした過去と現代がリンクする「ヒトラー編」が始まり、物語はより荒唐無稽になってくる。だが、前半で既に夢を録画する機械という現実より進んだ科学技術が登場するので、クローンとか脳細胞移植とか言われてもそこまで抵抗なく読める。また、おそらく作者が考えたオリジナル要素だと思うが、ヒトラーに大胆な新設定を加えてスケールをより大きくさせている。


 


江夏は自分に移植された数十年前の科学者の脳細胞に残る記憶を見ることにより、その科学者の体で当時の状況を体験する。その様子はまるで江夏自身が数十年前に戻ったかのようだが、過去の人物に「乗り移っている」ようなものなので過去に干渉できるわけではない。彼は探偵かつ当事者として事件を実際に体験するのであり、聞き込み調査とかいう伝統的な方法を取らず、「夢」や「脳細胞」を利用して自分や他人の記憶に直接アクセスし、真相に迫る。


 


 


疑問に思うところやご都合主義的な展開も目立ったが、全体としては非常に読みやすく、300ページ以上あったがだいたい2日で読み終えた。この本、日本語版にする上でかなりの加筆修正が入ったらしい。確かにどの文章が不要だったかと具体的に指摘することはできないが、読み飛ばしても大丈夫な箇所が多かったと思う。表紙裏に掲載されている有名人コメントの中で有名音楽家の高暁松が「ハリウッドに売り込めるストーリー」と評しているが、確かにその通りかもしれないが悪く言えば「大味」ということではないだろうか。いつかは日本語版も読んで比較したいものだ。

PR

三体 著:劉慈欣


 


中国現代SFの金字塔『三体』(初版は2008年)を今更読む。


 


この本、おそらく2009年か2010年頃に中関村の新華書店でシリーズ2冊目とともに購入し、一回読んだは良いが当時の自分の中国語力ではいまいち理解できずそのまま放ってしまったものです。


 


 


『三体』の映画化、そしてアマゾンによるドラマ化の製作という話を聞き、ようやく読み返してみることにしました。


 


本を開くと、約10年前の自分の中国語力の未熟さを知れる足跡が多々残っており、単語にピンインを書いていたり、日本語訳を書いていたりして、当時はこういう人気作を読むのもかなり苦労していたんだなぁと感じ入りました。


 


ナノテクノロジー科学者・汪淼は突如横暴な警察官・史強らに呼び出される。連れて行かれた先には中国人の将校の他にアメリカCIAもおり、淼は彼らから「科学辺界」という科学者組織に潜入して動向を探るよう頼まれる。彼らが恐れているのは高度な科学力を持つ「三体」という地球外文明だった。


人類と三体の関係は文化大革命にまで遡る。文革によって家族と人生をめちゃくちゃにされた科学者の葉文潔はレーダー技術研究所「紅岸基地」で偶然宇宙人とコンタクトを取り、地球の文明を滅ぼすよう依頼する。そして現在、葉文潔を指導者とする「地球三体反乱軍」が450年後に攻め込んでくる三体を迎えるための準備をしていたのだ。


 


この物語で嫌でも注目してしまうのは、中国人科学者が文革のせいで人生がめちゃくちゃになって宇宙人に地球侵略を依頼するという人類滅亡のきっかけだろう。しかしそればかり強調するのは間違っていると思うし、この本は文革のみを否定しているのではなく、文革の熱狂のさなか大勢の中国人が同胞を責め、痛ぶり、相互不信に陥らせた人間の愚かさや悲しみを笑っているわけだ。


本書は全3巻で、残りの2巻はまだ読んでいないが、おそらく文革を反省するという展開はないだろう。そもそもこの作品に登場するのは科学者や軍人ばかりで政治家はいないし、反省したところで三体が地球侵略を諦めてくれるわけでもない。


 


ところで調べてみると、三体の映画は2016年夏には公開予定だったようだが、いつの間にかもう2年も過ぎている。百度百科を見ると、映画会社の方に人事異動があったことで上映が延期しているらしいが、2年ともなると別の原因、文革要素が原因なんじゃないかと勘ぐってしまう。


 

 


夏日蛍火 著:謝筠琛
 
 全部読んだけど個人的には合わなかった一冊。


 




高校教師になった関月青は着任早々韓立洋という男子生徒の飛び降り現場に遭遇する。事件、事故、自殺の可能性が考えられるが学校側は放課後に起きたことであり自身に責任はないと主張し、韓立洋の両親は同じように自殺を否定し学校の監督責任を問い、事件は警察の手に委ねられる。だがその後、韓立洋と仲が良かった張睿斯という女子生徒が密室となった実験室で服毒死しているのをまた関月青が発見する。2人の死は偶然の自殺なのか。いま生徒に何が起こっているのか。





 


一見すると学園ミステリのジャンルのようだが、探偵役の主人公は教師であり生徒と一緒に推理することもないので単に学校が舞台のミステリとしか言えない。主な謎は生徒の飛び降り死と服毒死であり、2人の死の謎を究明しながら彼らの過去や交友関係が明らかになるが、現代の高校生を取り巻く環境や教育問題など社会問題のようなものも書いている。


 


前半の飛び降り死を受けて保護者に責任を追求される教師の様子を書いて、いかにも現代中国の社会問題を描写している感じだが結局は理不尽な保護者を書いて終わっている。もし掘り下げたいのなら保護者視点の描写も必要だし、死んだ子どもの親を一方的にヒステリックな敵役にするのはアンフェアだ。


 


しかも肝心のトリックがよりによって使い古されたアレとは。いや、例え有名な作家が「もう○○を使ったトリックは古い」と言っても誰が何のトリックを書こうか自由である。しかし、物語の途中に解明されるトリックならまだしもラストにこのトリックを持ってこられると「今まで300ページも読んでてコレかよと脱力感しか起こらない。


 


もう一つ気になるのが会話の多さだ。1人が1行分喋ったらもう1人がまた1行分だけ喋るという繰り返しで、テンポの良い会話といえば聞こえが良いが尺稼ぎにも思える。クソ映画はどうでもいい会話をして尺を延ばすという話を聞いたことがあるが、それは小説にも当てはまるんじゃなかろうか。


 


しかし、最近新星出版社とは相性が悪い。この前も小米という作者が新星から出した『空中小姐』(キャビンアテンダント)を読んだが、これは半分でギブアップしてしまった。衒学的と言うか、古今東西の名作から台詞や地の文を持ってきて貼っ付けまくったコピーアンドペースト小説という感じだった。超人的な記憶能力と推理力を持つ本屋の店主が事あるごとに各作品の有名をフレーズを口にしたり思ったりするんだが、もう作者に「凄いですね」としか言えない内容だった。ページ末尾に10ページ以上にわたる参考文献一覧が載っていることからどれほどの量を引用したかが分かるだろう。


 


 


実は謝筠琛も小米も推理小説家としては新人…だと思う。新星出版社が新人にミステリを書かせて業界に挑戦しているのだと思ったが、その試みは今のところ失敗しているとしか言えない。陸秋槎や時晨のようなトリックに重きを置く作家とは別の、ストーリーが個性的な作家を抱えて新規読者を増やそうとしているのかもしれないが、昔からのミステリ読者にはそっぽを向かれているのが現状ではないだろうか。


 


しかし、私にとって相性の合わないミステリは新星だけが出しているわけではない。統計を取っていないが感覚的には中国で「ミステリ」とつく国産小説がどんどん増えていっている感じだ。玉石混交の言葉通り、その中には面白いと思えない作品も当然存在する。つまらないと思えるミステリ小説が増えたのは、もしかしたら中国の出版社が「ミステリは売れる」と認識した証拠なのかもしれない。


 

『唐人街探案』(Detective Chinatown)は2015年中国で上映されたコメディミステリーです。この216日に2が公開されたので、1を見てみることにしました。


 


抜群の頭脳と推理力を持つが吃音症のせいでうまく喋れない秦風は祖母のすすめで叔父・唐仁のいるタイに旅行へ行く。祖母から唐人街(チャイナタウン)1の名探偵と聞いていたが、探偵とは名ばかりでやっていることは迷い犬猫探しや荷物配達、しかも下品でガサツな性格の唐仁に秦風はタイに来て早々いやけが差す。だが、唐仁が殺人と黄金強盗の容疑者として警察やマフィアに追われ、秦風はなし崩し的に唐仁と共に彼の冤罪を晴らす逃避行に出る。


 


 


実はこの映画、最初は全然受け付けなくて全く面白いと思いませんでした。


その原因が唐仁の性格。彼は下品でガサツで、しかも人から好かれるところも見当たらない人間で、形容すれば人から嫌われてばかりの『こち亀』の両さんや『男はつらいよ』の寅さん、みたいな感じでしょうか。


 


しかし何より私を苛立たせたのは、彼が容疑者として負われている身であるにも関わらず探偵役の秦風に非協力的で、非合理的な行動ばかり取り、自身と秦風を窮地に追いやります。まぁそのあたりはコメディ映画なので上手くやるんですが、もし一般的なミステリー作品ならこういう人間はさっさと捕まるか殺されるかのどちらかですね。


 


唐仁は推理をほとんど重視せず結果(自分が犯人ではないという証拠)だけを欲しているので、秦風が事件現場に行ったり監視カメラを見たりする行為を無意味と思います。秦風は無理解な唐仁を説得したいのに吃音症が邪魔をして逆に彼に言い負かされます。


 


この映画では探偵役と助手役(容疑者役)の立場を単純な上下関係として成立させておらず、探偵だから彼の話を聞かなければいけないという態度を必ずしも取りません。


もしホームズがコミュ障だったら?もしワトソンがホームズより口が達者で強気な性格だったら?そのような「If」をコメディ映画の体裁で作ったのが本作です。


ちなみに秦風、推理しているときだけ全くつっかえずにスラスラ喋ります。「コイツ、推理しているときだけ早口になるの気持ち悪いよな


 


コメディ部分は結構ダサいというかベタなのに対し、ミステリー部分は結構しっかりした密室トリックになっていて、ミステリーシーンにコメディ要素は一切ありません。ミステリー部分とコメディ部分で脚本家違うんじゃないでしょうか。


 


結局、犯人のトリックが明らかになる中盤からコメディもミステリーも楽しめるようになり、見終わった時には早く2が見たいと思うまでになりました。コメディ箇所はコメディ映画として、ミステリー箇所はミステリー映画として切り替えて楽しむのが適切な見方だと思います。ただ、2はミステリー要素が薄いという噂です。


 


何ていうか、推理と言うのは周囲の理解がないと成立しないのだなぁと悟らせてくれる作品でした。余談ですが本作には歌野晶午青崎有吾の某作品のネタバレが入っていますので注意。


 

 


 


春節長期連休で暇なので中国の動画サイトで公式がアップしている中国映画を見ています。中国の動画サイトはサイト自体に一度お金を支払った後はその期間内有料映画も有料アニメも全て見放題になるので、時間があるときに一気に見ることができます。


 


んで、今日は同名の中国有名サスペンス小説を映画化した『心理罪』を2作品見ました。


 


『心理罪』とは作家であり中国刑事警察学院で刑法学を教えている雷米の書いた長編シリーズで、そのうちの『画像』と『城市之光』(都市の光)が2017年の8月と12月にそれぞれ映画化されました。しかしこの映画、確かに作品内のキャラクターなどは同じなのですが厳密には連作と言えず、1作目と2作目では映画監督もキャストも異なります。また、ドラマシリーズにもなっているのですがそれもまたキャスト等全く違います。


 


今回はその映画2作品のレビューをアップしますが、ガッツリネタバレしているのでご注意ください。


 


 



1作目『心理罪』


 


原作では2作目の『画像』を改編した映画。若き犯罪心理学の天才・方木と昔ながらやり方を好むベテラン刑事・廖凡が吸血鬼犯罪に挑む。


人の生き血と牛乳を混ぜて飲む連続殺人に遭遇した廖凡は知り合いの心理学者から方木を紹介される。実力は確かだが他人の気持ちを全く考えず、全然警察らしくない心理学馬鹿・方木に反感を覚えながらも彼を見守り、認めていく廖凡。方木も頭の固い廖凡に反発しながらも被害者を最優先する姿勢を貫く彼に尊敬の念を抱く。しかし犯人の魔の手は方木の恋人にも忍び寄る。


 


頭は良くてイケメンだけど全くの貧弱でしかも人も気持ちや空気が読めない方木と、中国語で「野獣派」と紹介されるほど男臭い廖凡の対比や和解を通じてお互いに足りない部分を補い合っていくという成長の物語です。


 


 


基本汗かいてるシーンばっかの廖凡


 


 


実習生のくせに直属の上司廖凡に「貴方は素晴らしい研究サンプルだ」と言ってしまう方木


 


方木のプロファイリングが何かもう超能力じみていて凡人には何故そのような結論を導き出せるかわからず、それが余計に廖凡を苛つかせて、視聴者に彼が天才児だという印象を与えるわけですが、その他にも本作には良くも悪くも現実離れした要素があります。「吸血鬼」に投与すると身体能力が格段に向上する薬とか、元ネタはあるんでしょうかね。


 


私は原作小説を読んでいないので、これが映画版オリジナルゆえの蛇足とも断言できないのですが、一番いらないなと思ったのが方木の駆使する「烏賊」と呼ばれる小型ドローンです。


彼はコレをラジコン以上の精度で自由に飛ばし、それと腕時計をリンクさせてリアルタイムの映像を見て、犯人の顔を認識するという機能を駆使して犯人を捕まえるわけですが、コレが特に現実離れしていて、不要だったのではと思いました。


 


コレ


 


天才犯罪心理学者・方木の誕生譚を描いていて総合的には「エピソード0」的なつくりで面白かったです。


 


 



2作目『心理罪之城市之光』


 


原作では5作目の『城市之光』(都市の光)を改編した映画。法律が裁けない人物をパニッシャー気取りで殺していく連続殺人鬼と天才犯罪心理学者・方木の悲壮な戦いを描いた作品だ。


 


都市を震撼させる連続殺人事件。被害者はいずれも自らの行動が原因で他者を死に追いやり、ネットで叩かれたが法律には裁かれていない人物だった。事件現場を調べる方木は遺留品に自分に結び付く情報が書かれていることに気付き、一連の事件は自分にメッセージを送るために起こしたものだと考えるがその矢先に「城市之光」と称する人物がネットに現れ、特設サイトのアクセス数が10万を超えたら少女に対して不当な弁護をした弁護士を爆殺するという劇場型犯罪を仕掛ける。旧友に容疑者がいると考えた方木は「君になりたかった」と方木を崇拝する高校の同級生・江亜と再会する。そして世論は徐々に「城市之光」を応援するようになり、犯人の魔の手は方木の養女・廖亜凡に向けられる。


 


 


都市を守る「城市之光」になることを誓った若き日の方木


 


 


自身が憧れた方木を殺し、悪を裁く「城市之光」になろうとする江亜


 


 


もとよりサイコパス気味だった友人がストーカーになってしまった方木は江亜に自身の最愛の娘(実の娘ではない)廖亜凡を殺されますが、なんというか見方によっては恋愛の邪魔者が死んだだけのように見えてしまうのはこの映画のヒロイン・米楠がいるからでしょう。犯罪事件の被害者・廖亜凡は方木と同棲していて、大人になったら彼と結婚すると息巻いており、その様子を方木の同僚の米楠は微笑ましく見ているのですが彼女も方木に好意を抱いています。廖亜凡の死に米楠もショックを受けましたが、気付いたらいつの間にか正妻ヅラしているので廖亜凡の無駄死に感が凄いんですよね。


 


 


この作品を10点満点で評価すると前半・中盤・後半がみな10点なのに対し、ラストがマイナス100点という、私にとって非常に納得できない終わり方をしています。


 


物語終盤、方木と江亜は「城市之光」の名前をめぐってタイマンバトルをします。実はそれは方木の罠で、彼は絶対に尻尾を出さない江亜が犯人だという確固たる証拠を得るために敢えて殺されに行きます。


 


そしてラスト、捕まった江亜や同僚たちの前で方木が事前に録画した映像が流され、警察及び中国人全員に対して「正義とは何か」というメッセージを発します。これだけでも噴飯物なのに、更に許せないのはここまでやっておいて実は方木が死んでいなかったことです。


 


原作通りかもしれませんが、当局に気を遣ったのかなと疑うほどラストの過剰なメッセージでとんだプロパガンダ映画に成り下がりました。


本作品のメッセージは途中で爆殺された弁護士の最期の言葉に十分表れているのです。爆弾を括り付けられた弁護士はとうとう助からないと悟り、方木らにこの場から離れるよう言い、そして「母親に伝えてくれ。自分はネットで言われるほど悪い人間ではないって」と遺言を残します。ネットで他人を攻撃していい人間など一人もおらず、またリンチされるべき人間も一人もいないのです。それを遵守するのは難しいかもしれませんが、しかし映画の最後にわざわざ言うべきことでもないのです。


 


 


ちなみに本映画はエンディングのスタッフロールで実際に警察や一般市民らが正義のために活躍した映像が次々流され、なんかまた微妙な気分にさせられます。


 


 


あとこれはツッコミではなく単なる疑問なのですが、中国では本作のようにネットを利用した劇場型犯罪って果たしてできるのでしょうか。ご存知、中国はネット規制が厳しく、特定の用語の検索結果を表示させないことや、海外のサイトを閲覧不可にさせることが可能です。


そのような国で、アクセス10万行ったら殺害というのは規制が追いつかないかもしれませんが、ネットのBBSに犯罪者を賛美するコメントを書き込めるのかどうかが疑問です。中国の社会派ミステリにおいて、中国人はこのような「矛盾」に遭遇した際いったいどのように消化しているのか、その辺りが気になります。


 


 


Copyright: 栖鄭 椎(すてい しい)。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By 御伽草子 / Template by カキゴオリ☆