近未来SFミステリー。と言ってもSF小説っぽさは全然なく、現代と特に変わりない現実と地続きの風景が描かれる。これがラストのオチを唐突と思うかどうか、評価が分かれるところだと思う。AIでホームズをつくるぞ、という夢みたいな計画も今の中国ではかなり現実味がある。
「受限定理」(制限付き定理)というスマート機器に応用する定理の発明によってAI革命が起き、「強いAI」時代が訪れ、AIが事件を捜査するまでになった。しかし「受限定理」は文字通り制限があって、例えば警察が使用するスマート推理機器はスマート機器が関わる事件を捜査することができなかった。
ハイテク企業の研究所で奇妙な死亡事故が起きる。そこではシャーロック・ホームズをAIの力で現実に蘇らせようとするプロジェクトが進んでおり、被害者はその中心人物だった。研究所内のホームズ博物館で亡くなっていた科学者の凌舟は、ナポレオン像で瓶が割れるという自分が設計した仕掛けにより、瓶内の幻覚剤を吸って死んでいた。事件と事故両方の可能性があるが、研究所にホームズ機械化反対協会から脅迫状が届いていたことから他殺の線が強い。関係者からの聞き込みによって、所内に産業スパイがいること、凌舟が生前、「受限定理」の制限を打ち破る新たな定理の証明に心血を注いでいたことが明らかになる。さらに凌舟のパソコンからは、ホームズ機械化計画に関する重要なデータがごっそり削除され、すでに実現化されていたロボットホームズからも大量のデータが失われていた。何者かの影が見え隠れする中、今度は所内で密室殺人事件が起きる。
ホームズに実際に事件を捜査してもらったら……とはホームズ好きなら一度は考えた妄想だろう。金も技術力もある中国のハイテク企業がホームズのAIを開発するという話は、現実にありそうだ。
だがこの世界のAIには「受限定理」という制限がついており、それによって社会は発展したわけだが、AI時代なのにAIが関係している事件をスマート推理機器は捜査できないという矛盾があり、それはホームズAIにも当てはまることで、この定理がある限り、ホームズAIができたところで全ての事件を解決できるわけではなかった。だからこそ、「AIに仕事を奪われる」ということは警察では起こり得ない。それに、本作でホームズAIを創るのは警察の捜査に協力するのが目的ではなく、これまでのホームズ学で謎のままになっているホームズにまつわる数々の疑問ーー彼の少年時代、彼の人となり、ワトソンへの思いなど読者が知りたかったことに答えを出すためだ。
その定理を覆すために研究していた科学者がどうしてホームズ博物館の中で奇妙な死に方をしていたのか。どうして展示品の瓶の中に本物の幻覚剤が入っていたのか。なぜ捜査をミスリードさせるような証拠の数々が発見されたのか。ホームズAI関係のデータはなぜ削除されたのか、などの一連の疑問を一つにつないだとき、犯人像がかすかに浮かび上がってくる。
そこに今度は正真正銘の殺人事件、しかも密室殺人事件が起きる。そしてその事件の犯人はなんとも新時代的だ。確かにAIが捜査をする世界なのだから、「そういう存在」もありだろうがちょっとヒントが少なすぎじゃないかと思った。
作中に、シャーロック・ホームズやワトソンは実在の人物だと主張するシャーロキアンが出てくる。ホームズを創るということはワトソンを創るということなのだ、という彼の言葉が印象的だ。ホームズ全集を基に生み出されたAIはその物語に登場するキャラクターになることが可能だ。ホームズと一心同体のワトソンが生まれるのなら、表裏一体の存在もまた出てくるかもしれないのだ。