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プロフィール
HN:
栖鄭 椎(すてい しい)
年齢:
36
性別:
非公開
誕生日:
1983/06/25
職業:
契約社員
趣味:
ビルバク
自己紹介:
 24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。



副管理人 阿井幸作(あい こうさく)

 28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。

 Mail: yominuku★gmail.com
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このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。      

 

2022年末の台湾の九份や金瓜を舞台に、マスクをした人物による連続殺人事件が起きる。しかしこの犯人、女性を2人も殺害する凶悪さがある一方、犯行前に被害者から甘い物を奪っていたり、銅像に喧嘩を売っていたり奇行が目立つ。『エッ!この死体ってたったの60点?』という日本語訳になるタイトルは、中年女性の死体を見た警察の上司が言い放った言葉から来ている。とても不謹慎だ。


 





九份署に勤務する摩斯(シャーロック・ホームズの中国語名・福爾摩斯から命名)は、ベネチアンマスクをかぶった人物による殺人事件を担当する。犯人は被害者からゼリーとタピオカミルクティーを奪っていたので、糖尿病に苦しむ犯罪者かと推理したが、犯人として浮かび上がった人物は糖尿病も精神病の病歴もなかった。短期で楽天家の上司の陳豊留によって、事件は被疑者死亡のまま終息する。しかし新たなマスクマンの出現に台湾中が騒然となる。これは模倣犯なのか、それともこれこそ真犯人なのか。残されたマスクを調べていた摩斯がそれを装着すると、視界には見慣れた九份とは全く異なる非現実的な光景が広がるのだった。





 


ミステリーなのかSFなのか判断に困る作品で、ミステリーとするなら謎も推理も魅力が薄いし、SFとするなら単なる野外VR装置が登場するだけだ。作中に登場するベネチアンマスクは、目に映るもの全てが美しく見えるVRゴーグルみたいな機能を持っている。殺人事件や甘い物強盗も、このマスクが原因で起きた事故だったわけだ。そしてこのマスクには使用範囲に制限があり、九份のある場所を超えると効果が発揮されなくなる。


そう、この本の最大の謎は殺人事件ではなく、マスクの使用範囲が特定の場所にしか定められていないことなのだ。


摩斯は狂気と冷静の世界に片足ずつ突っ込み、自分でマスクを被って九份を奔走しながら、ある事実に気付いて徐々に犯人を絞っていく。彼を真実に導くのは住み慣れた九份の土地であり、彼の土地勘が謎の解決につながる。この本もまた他の台湾ミステリーの例に漏れず、台湾の街を丁寧に描写している。この本は強いて言えばミステリーでもSFでもなく、台湾ガイド小説であると言えるだろう。


もしかして台湾とか香港のミステリーって、街の情景をつぶさに描いて郷土的雰囲気を出せば評価が上がるのだろうか。


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新中国成立から約70年間で起きた重要な出来事に絡めた短編7話からなるオムニバス映画。新中国成立70周年の日に当たる101日の前日から中国で公開された映画で、評判が良かったし、中国に暮らしている以上見なければと思って国慶節連休中見に行った。だがその行為は結局、中国において自分はやはり外国人であるということを再確認しただけだった。


 


 


1話目『前夜』


1949年国旗掲揚


建国記念日の最大行事の一つ、天安門広場での国旗掲揚式の裏側を描いた作品。建国記念日前夜、国旗をモーターで自動で揚げるという大役を任されている技師が、ミスが絶対許されていない翌日の本番のために試行錯誤を繰り返す。重要な部品が破損してしまうと、彼の助手は近所に呼び掛け、金属回収を行う。建国を祝う人々の助けを借りて見事部品を製造した技師は、国旗のポールに上ってそれを取り付ける。


この技師は実在し、当時は毛沢東の後ろで彼に国旗掲揚ボタンの操作を説明したらしい。しかし、映画と同じ出来事が実際にあったかどうかは分からない。とは言え、明日までに100%ミスのない装置を作らなきゃいけないのにトラブルが続き、軍人を初めとした中国人が助けてくれる展開は感動的だったし、刻一刻と減っていく時間が表示される見せ方は『24』を思い起こさせ、とても緊張感があった。


 


 


2話目『相遇』


1964年 初の原爆実験成功


家族にも黙って原爆実験を数年間行う科学者チームの一人が、実験中の危機を身を挺して食い止める。被爆した彼は病院から抜け出し、昔よく乗っていたバスに乗る。車内には、何も言わず消えて行った夫を探すために、毎日バスに乗っていた妻がいたが、彼は任務の秘匿性を重視して自分の正体を明かさない。すると妻は彼の隣の席に乗り、夫婦の馴れ初めを語るのだった。


2人が乗るバスのリアガラスから見える風景が徐々に賑やかさを増していき、ついには龍が舞いビラが飛び交うお祭り騒ぎになる。そのビラは、中国が初めて原爆実験を成功させたことを祝う号外だった。その成功の陰に夫の存在があったことを知った妻は喜び、夫は満足気に涙を流すのだった。


2人の背後にある大きなリアガラスに当時の中国ののどかな町並みがゆっくりと映され、それが徐々にお祭り騒ぎになっていき、バスが停まって2人がようやく外の異変(慶事)に気付くという展開は、ホラー映画っぽくて面白かった。


 


3話目『奪還』 


1984年 ロス五輪で中国女子バレー優勝


同じ卓球チームにいる意中の女の子が、明日海外に行ってしまうことにショックを受ける男子小学生。彼女にプレゼントを上げるために急いで家に帰ると、近所で珍しく家にテレビあった彼は、ロス五輪の女子バレー決勝戦を楽しみにしている近所の人達から、家にあるテレビを外に出すよう頼まれる。


外に近所の人々が集まり、それぞれ椅子に座ってスイカを食べたりしながらバレーの試合を見始める。試合よりも女の子の方が大切な彼は家から出ようとするが、そのたびにテレビのアンテナの調整を頼まれ、なかなか自由になれない。そんな中、家に女の子が来てしまう。しかし試合も優勝が決まるクライマックスになり、彼がアンテナから手を離せば近所の人々は優勝の決定的瞬間を見られなくなってしまう。女の子と五輪を天秤にかけた彼は、皆のためにテレビを映すことを選び、彼女とは会えぬままになる。


月日が経ち、卓球チームの監督となった少年はテレビ番組の企画で当時の少女と再会するのだった。そして偶然、2016年リオ五輪での中国女子バレー優勝の瞬間を2人で立ち会うのだった。


上海の下町を舞台にした小さな恋の物語と思いきや、その愛はやはり国への愛だったという、個人的にかなりグロテスクに見えた作品。7作品の中で一番ワクワクし、一番驚いた。その二択なら普通は間違いなく女の子を選ぶだろうし、それでテレビが見られなくなっても皆許してくれるだろう、と思っていたので、アンテナを選んだ時は本当にビックリした。これが『三丁目の夕日』的な日本の下町が舞台で、五輪で日本チームが勝つ瞬間だと仮定した場合、一体どちらを選ぶことになるかと考えたが、テレビを選ぶシーンはあまり想像できなかった。


 


4話『復帰』


1997年 香港返還


香港返還式典で71日になった瞬間に中国の国旗を揚げるべく、香港側担当者とイギリス側担当者はそれぞれグリニッジ標準時に合わせた腕時計を用意する。香港で時計修理屋を営む熟練の技師は、イギリス側担当者の腕時計の修理を任させる。


成功の裏側には市井の人々の技術と協力があったというお話だが、個人と国家を無理やり絡ませてねぇかっていう印象が強い一作だった。軍人の上官役で、いかにも自制心がなく酒色に溺れそうな外見の人物が出てきて、コイツがスパイとして香港返還の儀式を邪魔するんじゃないかと一瞬思ったが、この映画にそんな悪人が登場するはずないので無駄な期待だった。


 


5話『やあ北京』


2008年 北京五輪


北海道を舞台にした映画『非誠勿擾』の主演俳優葛優(グォヨウ)が、ウザくて不器用で肉親にこんなのいたら絶対嫌だけど、何故か憎めない(フォロー)タクシードライバー親父を演じる作品。タクシー会社から北京五輪開幕式のチケットをもらった葛優はそれを周囲に見せびらかし、別居する息子のプレゼントにしようとする。しかし、いつもどおり車内で客に見せびらかしていたら、四川から来た少年に定価の800元の現金にすり替えられ、息子の前で大恥をかくことに。胡同を走り回って少年をやっと捕まえた葛優だったが、少年が四川大地震で父親を亡くし、またその父親が五輪会場「鳥の巣」の建造に携わったことを知り、彼にチケットを渡す。


 


6話『白昼流星』


2016年 有人宇宙船神舟11号着陸


貧困地域に住む兄弟は親戚のツテを頼って、村の責任者の李老人の家に身を寄せる。だが兄弟は李家から大金を奪って逃走しようとしたところ、警察に見つかり拘束される。だが2人の姿を見た李老人は警察官に「そのお金は私が上げたものだ」と言い、兄弟をかばう。


ある日、兄弟は有人宇宙船神舟11号の着陸に立ち会い、関係者に代わって宇宙飛行士の搬送を行う。その時から2人は貧困撲滅活動に身を投じるのだった。


劉昊然と陳飛宇が演じる兄弟の年齢を、俳優の実年齢と同じ22歳と19歳に設定すると、この兄弟は知恵遅れなんじゃないかと思うシーンが多々ある。貧困地域にはこういう1020代の若者がいるんだろうか。確かに、貧困家庭で育った子供が誰からも教わっていないから体の洗い方を知らなかった、というケースが日本でもあるみたいなので、この映画に出てくる兄弟みたいに恩も礼儀も知らない若者は中国に実在するかもしれない。未来のない若者も国家的事業に関われば誇りを取り戻し、仕事に打ち込むようになるというメッセージだろうか。


 


7話『護衛』


2015年 抗日戦争勝利70周年


抗日戦争記念式典で飛ぶ戦闘機の女性パイロットの話。鑑賞中は、きれいな内容で終わった前の話で終了したと思っていたし、なんでこれだけ時間の順番通りじゃなくて2016年から2015年に巻き戻っているのか不思議だったが、映画のラストを見て納得した。この作品が終わってから本物の中国の軍人が雄々しく行進する様や、各地の大学生が歌を歌うシーンとかが流れるので、それらの映像の導入としてこの作品がふさわしかっただけなのだ。


サングラスをかけた女性パイロットらがカメラに向かって滑走路をゆっくり歩いていくシーンは西部警察を思わせ、失笑が漏れた。7作品中一番ダサい作品だった。


 


 


国家の重大な出来事の裏側には個人の物語があり、個人が国家に貢献し、国家が個人に寄与する姿には定まった形がない、ということを伝えているのだろうか。海外のコメディ映画と同様、その国の文化が分からなければ100%理解することはできないといった内容であり、評価が難しい作品だった。


もう一つ、中国共産党的特色よりよほど理解できなかった点は、実際の国家の重大ごとと絡めた作品に虚構を施してもいいのか、ということだった。2345話では登場人物(庶民)が直接的に国家の重大な出来事に関与していないので、虚構性に対する抵抗感をかなり下げている。しかし本当に、1話の技師は人々から金属を回収して重要な部品を作ったのか、2話の科学者はバスの中で妻と出会ったのか、6話の貧乏な兄弟は宇宙飛行士を搬送したのか、7話の女性パイロットは空を飛んだのか、と疑問が湧いてくる。それはストーリーの信憑性を疑っているのではなく、監督や俳優らの映画作りに対する姿勢への疑いだ。


しかし自分は実を言うと、この手の映画はあまり見たことがない。なので、史実(中国共産党関係)を題材にした作品にフィクションをぶっこむやり方は、実は珍しくないのかもしれない。


だが信頼問題として、映画の中で個人と国家の大切な繋がりを描いているのだから、そこに描かれているのは、感動を誘うための虚構ではなく、現実と密接につながって血の通った物語のはずだ。


 一方で、感動的な作品をつくるためなら史実に架空の人物や出来事をぶっこんでも良いという大胆な姿勢は見習うべきだなと思った。

 


 


 


2017年に香港・台湾向けの繁体字版が出た本書が、今年簡体字版で出たので購入し、ようやく読了。


 


現代香港のネット社会で日々行われるネットリンチを題材にし、未成年が集まる学校という世界の裏側で行われる誹謗中傷を暴き出し、更には子どもたちを取り巻く大人の暴力も取り上げ、一人の凄腕ハッカーの存在によってネットの「怖さ」と「凄さ」の両方を徹底的に描いている。


 


 





14歳の少女・曲雅雯がビルから飛び降り自殺した。しかし姉の阿怡(アーイー)は妹が「殺された」ことを知っており、独自に調査を開始する。実は曲雅雯は、自殺の前に痴漢被害に遭っており、その痴漢の犯人の甥を名乗る人物がネットで曲雅雯を中傷する記事を投稿し、曲雅雯はネットでも学内でも話題の人物になっていた。妹はそれを苦にして自殺したのだと考えた阿怡だったが、犯人の甥なんか存在しないことを知る。阿怡から事件の調査を引き受けた探偵の阿涅(アーネイ)は、その甥を名乗るネットユーザー「kidkit727」のIPアドレスなどを追っていき、その人物の背後にネット知識が豊富なブレーンがいることを明らかにし、非合法的な手段を使って徐々に犯人たちを追い詰めていく。一方、阿涅が調査を進めるうちに、阿怡は自分も把握していなかった妹の言動や考えに直面しなければいけなくなる。





 


 


500ページもある大作だがスラスラ読めた。前半と後半で展開がかなり異なり、前半は阿怡と阿涅(主に阿涅)が「kidkit727」ら追い詰める様子を集中的に描いているが、後半では「kidkit727」らが追い詰められて慌てふためく様が描かれる。サディスティックなまでのいたぶり方や、相手の得意分野で反撃する方法は『怨み屋本舗』を思わせて、読んでいてスカッとするかもしれない。依頼人阿怡と「kidkit727」勢のネット知識は天と地ほどの差もあるが、対阿涅だと阿涅の方が一枚も二枚も上手であるため、展開はあまりにも一方的になる。


 


ネットにはびこる独りよがりの正義、現実世界とネット世界のギャップ、身内も知らない家族の一面などなど、本書が扱うテーマの一つ一つは陳腐であるかもしれない。そのような物語が現在こうして出版され、高い評価を得ているのは、一つは阿涅が使うハッキングや盗聴などの最新技術の描写にあるが、もう一つは阿怡と阿涅のキャラクター性に理由があるのだろう。


 


 


この本が500ページもの分量になった理由は、鈍臭い阿怡と非友好的な阿涅というコンビにある。もし阿怡が聡明で、ネット関連の何もかもを知っていて、冷静で察しが良いのであれば、もし阿涅が優しく協力的で、「聞かれなければ答えない」という無愛想な性格でなければ、最終的には真犯人を見つけ出せただろうが、きっと本書の結末と同じにはならなかっただろう。登場人物の性格や情報の出し方によって結末までに行くルートが大きく変わり、そしてこういうラストを見せてくれるのなら、阿怡と阿涅はこのようなキャラクターで良かったのだと納得できる。


 


「情弱」が損をし、食い物にされる現代社会において、阿怡はまさにその象徴的な存在であり、阿涅という不器用なヒーローに救われ、自分の手を汚さないまま話が終わるのはとても優しくてロマンティックだ。『1367』もそうだったが、陳浩基はやはりストーリーが上手いなと感じさせる作品だった。

 


 


 作者プロフィール・本格ミステリーを愛し、「巧妙」だと思わせるトリック、論理、切り口などの本格要素に惚れ込む。現在好きな推理小説家は小島正樹、麻耶雄嵩、大山誠一郎、青崎有吾ら。


 


トリックも犯人の動機も、そして探偵の推理も、作者の頭の中ではそれで整合性が取れているんだな、としか言えないような内容だった。


 





大富豪・汪康森の孫娘・汪雨と付き合うことになった一般会社員の呉寒峰は、汪康森の遺産相続問題に付き合わされ、雲雷島に行く。そこは過去に「金木水火土」の方法によって島民になぶり殺された同性愛者の男性同士の怨念が渦巻く孤島で、汪康森は日本人建築家・中村紅司が建てた寺、塔、館などで執事やメイドらと共に暮らしていた。汪家全員が集まり、遺産配分の発表を控えた当日の朝、雲雷寺内で金属の矢に首を射抜かれた汪康森の死体が見つかる。続いては汪雨涵の父親が高い木に突き刺さり、沼に沈んだ状態で見つかる。そして今度は汪雨涵の叔父がトイレ内で溺死死体となって見つかる。果たしてこれは怨霊の仕業なのか。呉寒峰は万が一に備え、これまでの事件の経緯を記した紙を瓶に詰め、海に流すのだった。





 


トリックだけを見るとかなり牽強付会というか、物理学とかを持ち出して色々複雑性やリアリティを出しているが、結局は机上の空論をトリックにしましたという先走った感覚が否めない。そもそも、読者に解かせる気がないのではないか、とすら疑ってしまう。しかしそれ以上に非現実的なのが、犯人の動機及びトリックにかける執念であり、この犯人の強い思いがあればどんなトリックでも絶対に遂行できそうだと納得させられた。


 


また章の合間に挟まれる「幕間」では、主要ストーリーには登場しない女性が密室殺人事件に巻き込まれ、その恋人が彼女の冤罪を晴らすために奔走するという話が描かれ、これがどのように本筋に絡んでくるのかが気になるところだ。


 


しかしそれでも、お前(作者)がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな(画像省略)としか言えない内容だった。


 


 


以下ネタバレあり。


 


 


 


非常に不可思議でとらえどころのない小説。推理小説のジャンルとして売られており、作中で殺人事件などは発生するのだが、推理小説の謎解きの妙味は全く感じられない。本人の「分身」が身代わりに出頭する。カラスに化けられる(人間に化けている?)女性が出る。おそらく中国が舞台なのに、オーディンやムニン、カフカといった名前のキャラが出てくるなど、非現実的で常識からかけ離れており、全体的にフワフワしている世界観だ。決して面白くないわけじゃないが、じゃあどこが面白いのかと具体的なポイントを全く示せない。村上春樹的小説とシンプルに例えることは可能だが、合っているとも決して言えない。


 





現実世界は2つに分かれている。1つは誰もが実際に感じる世界。もう1つは封印されている「記憶」という暗黒。分身は仄暗い奥底から生まれ、自らの役割として暗黒の世界に閉じ込められる。


世界で神秘的な存在である「オーディン分身事務所」は、人々が分身を必要とする時、暗黒世界の門を開け、暗黒の力を解放する。分身を必要とする人は事務所と契約を交わし、記憶の一部を差し出す都市に生きる様々な人々には愛と苦しみ、殺人と復讐があり、分身の介入によってますます混迷を極めていく





 


これは本書に掲載されていたあらすじだ。これだと、「オーディン分身事務所」が話の筋になって、事務所にいろんな依頼人が訪れるというオムニバス形式の小説に見えるだろうが、むしろ事務所の人間が彼らに会いに行くのだが、その会い方も不可思議だ。ムニン(北欧神話に登場するカラスと同じ名前)という名前の女性は、カラスになって人々の元に訪れ、死刑囚の元にまで行ける。作られた分身は罪をかぶったり、死者の代用品として役割を果たす。


一つのマンションを舞台にして、同性愛者、愛人、養女など複雑な背景を持つ人々が登場するが、群像劇と言える展開にはならず、どいつもこいつも自己完結して死んでいってしまう。


 


結局の所、レビューにまとめられるような具体的な内容ではなく、あらゆる話が放射状に広がり続けて煙のように空に消えていってしまう、まさに雲をつかむような話だった。だが不思議と魅力があり、珍しく2度も読んでしまった。この本がどういう経緯で出版されたのかは知らないが、宣伝一つで売上も評判もだいぶ違っただろう。次は純文学やエッセイを出せば絶対売れると思うので、今後も活動は続けてほしい。



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