忍者ブログ
カレンダー
11 2018/12 01
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
フリーエリア
最新コメント
プロフィール
HN:
栖鄭 椎(すてい しい)
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1983/06/25
職業:
契約社員
趣味:
ビルバク
自己紹介:
 24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。



副管理人 阿井幸作(あい こうさく)

 28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。

 Mail: yominuku★gmail.com
     ★を@に変えてください
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
* Admin * Write * Comment *

*忍者ブログ*[PR]
*
このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。      
 22年前の交通事故が、消すことのできない憎しみを生んだ。

 16年前の出会いが、二人の子供の宿命を決定づけた。

 15年前の殺人事件が、現世の借りを刻んでいる。

 バレリーナの娘、ゴミ拾いの女の養女。

 誰が人買いに売られたのか。誰が命懸けで命を守っているのか。

 誰が小田を殺したのか。誰が老武を殺したのか。そして誰がかばわれて牢獄の外にいるのか。

 あらゆる霧が白夜の後に明らかになる。

 あらゆる災難は宿命の中にすでに刻まれている。

 愛はすでに骨の髄まで深まり、命は救済に変わる。

 あなたは私を待って、私は誰を待っているの。

 現世で、来世で。




 上の文章は表紙裏に書いてあったあらすじのようなものだ。
 『白夜救贖(白夜の救済)』は本書の帯(表紙と一体化している)に「東野圭吾に捧げる 中国版『白夜行』」と書かれているように、中国でも大人気の東野圭吾の『白夜行』をかなり意識している(表紙も)。では肝心の内容はと言うと、少なくとも推理小説とは言えない体裁だった。

 物語の舞台は2002年の北京。就職のために北京に訪れた安暁旭(あだ名は安子、作者と同じ名前)は、老杜という優しいがしつこい中年男性と出会う。身の回りの世話を焼いてくれる老杜を鬱陶しく思いながら感謝していた安子だったが、老杜の過去のせいで事件に巻き込まれてしまう。また、会社の同僚雷海生と恋人関係になるが、彼が口にする愛という暴力に辟易する。そして、隣人の小田(女性)が何者かに殺されたり、老杜が病気で倒れたり、身の回りで不可解なことが次々起こる中、雷海生から衝撃の思い出話を聞かされる。
 中国人が考える「東野圭吾らしさ」って私が思うに、「誰かのために命を使って献身する」ことだと思う。だとしたら、本作で一番「東野圭吾らしい」奴は老杜だろう。しかしこの老杜もかなりまだるっこしい人物で、自分の行いで安子に危機が訪れるのに彼女に真実を語ろうとせず、安子と過去に何かあったらしいと思わせるだけで、安子を守る理由を最後まで語らない。読んでいると、安子と運命的な繋がりがあると推察させられるが、傍から見ると老いらくの恋をこじらせた中年ストーカーだ。

 老杜が東野圭吾らしいキャラだとすると、雷海生は白夜行的人物で、本作における桐原亮司だ。雷海生は当初は安子のことが好きなだけの恋人キャラだと思いきや、どんどんサイコっぷりを露わにしていき、安子にしつこいほど求婚するが、実際は子供の頃に出会った少女に今もまだ恋をしており、安子のことは替わりに過ぎないと言う。

 ここからネタバレになるのだが、雷海生が恋をした少女こそ安子だった。安子は子供の頃にゴミ拾いの女の養女として生きており、そのとき雷海生と会ったことをまだ覚えていた。だが、当時の出来事を再現してもそれに気付かない雷海生からは、思い出を汚すなとか散々言われてしまう。そして、安子はそれより昔に老杜と雷海生に会っており、彼らによって自身の運命を大きく変えられたのだった。

 登場人物全員(特に男)クズしか出てこないのだ。中年ストーカーに目をつけられ、DV男に捕まった可哀想な女性が出てくるホラー小説として読むべきじゃないだろうか。

 そもそも本書を推理小説と言うことに無理がある。著者紹介を見るに作者は今まで推理小説を書いたことがないようだし、物語には一件の殺人事件(なんで警察が分からないんだっていうぐらいガバガバな殺し方)が出てくるが、本筋は安子と雷海生の結婚生活で、安子も誰も事件の調査なんかしない。

 そして本書を読んで一番イライラしたのが、ほとんどの情報が後出しであり、本の裏に書かれている紹介文の話になかなか踏み込まないことだ。22年前の交通事故とか16年前の出会いとか、物語序盤で最低でも伏線を張っておかなきゃいけない要素がほとんど唐突に登場する。何より納得いかないのが、数十年前から繋がりのある安子、老杜、雷海生の再会が偶然で片付けられていることだ。せめて誰かの手引きとかがないと、この広い中国で再会するなんて不可能だと思うのだが、こういう点も推理小説と言いたくない原因だ。


 じゃあ恋愛小説とかとして読めばどうかと言うと、上に書いたように頭のおかしいクズ男2人に好かれてしまった女性のサスペンスホラーとしか読めない。しかし、本作が不思議にも中国の書評サイト豆瓣で非常に高い評価を得ているのが不思議だ。多分サクラだと思う(偏見)。
PR



 本書『私家偵探(私立探偵)』は台湾で2011年に台湾で出版されてからいくつもの賞を受賞し、数十万冊も出版されたそうだ。私が購入したのは2015年に大陸で出版された簡体字版だ。

 この本は2015年当時に購入したと記憶しているのだが、実は数ページパラパラ読んだだけで諦めて積ん読にしてしまっていた。この本の名前を再び見たのは先日のこと。11月12日に亡くなった台湾文学翻訳家の天野健太郎さんが、本書の翻訳をする予定だったという話をDokuta 松川良宏さんがTwitterでしていた。Dokutaさんが天野さんから直接聞いた話では、本書の日本語翻訳出版の企画は結局立ち消えになってしまったそうだが、天野さんのホームページで最初の一部だけ日本語訳が読める。



 そこで、その時手元にこれと言った本がなかった私は、なるほど天野さんが関係しているならきっと良書に違いないと思い、本棚から引っ張り出したわけだ。そしたら、なんで当時もっと根気よく読まなかったんだと後悔するほど面白かった。


 元大学教授で元有名劇作家の呉誠は酒の上での失態が原因で演劇業界から引退し、私立探偵の看板を掲げる。自動車修理工場の作業員と政治を語り、派出所の巡査とお茶を飲み、探偵の経験など皆無で、バイクどころか車も運転できない、中年と言うか初老の呉誠は経歴だけ見ると頼りないが、弁が立つ上に自信家で推理能力も有り、と探偵の素質は十分。しかし彼は台湾初の計画的連続殺人事件の重要参考人となり、台湾のメディアや警察をも巻き込んだ一大推理劇場を繰り広げることになる。

 序盤は、ちょっと口うるさい元インテリが余生を過ごす片手間に探偵業をする日常ミステリー小説のような構成で、ある家庭の問題解決を依頼されるのだが、そこから一般家庭に存在する秘密を暴露する短編ばかり続くのかと思いきや、匠の技としか思えない滑らかさでハードボイルドミステリーにギアチェンジし、気付いたら探偵が警察署で刑事たちと火花散る舌戦を繰り広げている。作中人物同士の狐と狸の化かし合いのようなギスギスした会話も本作の魅力で、その後に続く胸がすくような展開の後には、待望の探偵パートが待っている。大学教授らしい弁舌の上手さ、劇作家らしい狡猾なパフォーマンスを活用し、元の職業の設定が十分に生かされている。
 台湾の実情に即したリアリティを背景にしながら、ミステリー小説ならではの定石をきちんと踏まえており、日常・ハードボイルド・サスペンスを網羅しているが、台湾文学としても通用する内容で、ちゃんと台湾繁体字版で読んだほうが雰囲気もより味わえたのかなぁと少し後悔した。

 


Dokuta 松川良宏氏がTwitterで取り上げていた書籍の中国語訳版だ。著者のクラリッサゴエナワン氏はシンガポール人。本書はアメリカで今年3月に発刊され、中国では今年6月に出版されている。中国語の他にフランス語やドイツ語やスペイン語など多言語に翻訳されているようだが、日本語版が出るかは不明だ。またミステリーと言えるのかも分からない。


 


 





1994年の夏、慶応大学の院生(?)石田廉は7年間も会っていない姉の石田恵子が殺害された知らせを受ける。廉は姉が生前暮らしていた赤川という土地に行き、姉の職場(塾)に行って英語教師だった姉の仕事を引き継ぎ、姉が間借りしていた家に同じように住み、姉の生活をなぞるようにして彼女の痕跡をたどる。廉は東京と赤川を往復し、夢の中に出てくる姉やポニーテールの少女、自分に好意を寄せる塾の生徒、昔の悪友や元カノらと出会ううちに、姉の死の真相や自分も知らなかった姉の過去が明らかになっていく。






中国語版で帯文に「村上春樹に引けを取らない作風」と書かれていて、英語版のレビューでも「村上春樹云々」とある通り、確かに「村上春樹」っぽい作品だ。具体的にどこかと言うと、主人公の石田廉がクール系で女性にモテて言動に孤独感を帯びている点。現実と非現実の境目が曖昧で、幻覚や幽霊が出てきて、それが石田廉の指針になる点。本筋(姉の死)とは直接関係のないストーリーに進展する点。「姉の死」という重大事を口実に知らない土地で「自分探し」をしている点(舞台が1990年代なのも一役買っている)などである。

 おそらく村上春樹読者が読んでくれたらより村上春樹との関連性をはっきりさせられるのだろう。



ちょっと不思議な日本人名


 


中国語版なので人名も地名も固有名詞は全て漢字表記になっている。石田廉とか石田恵子などの漢字の人名地名はみな中国語版の表記を流用した。この漢字表記が翻訳者の判断なのか、作者の意図が含まれているのか分からないが、ちょっと不思議な表記がいくつかあったのでここで紹介したい。


 


愛比 アイビー?外国人?しかし中国語でこの表記はあまり見掛けない。


加藤小衫 コソデ? KKというイニシャルが出ているのでカ行で始まる名前らしい。


勝美達 スミダの音訳。本来は住田とか隅田とかにするべきだろう。


中島柚木 ユキやユヅキ?名前というか名字っぽい。


青木 石田廉の東京にいる彼女。なぜ名字なのか。


 


 


村上春樹っぽい作品を敢えて和訳して日本で出版する意味はなさそうだが、もしそうなった場合は村上春樹を意識した日本語訳を是非ともやってほしいものだ。


  


ちなみに、中島柚木に恋人はいるかと聞かれた石田廉が「僕も彼氏はいないよ」と答えて、柚木に真面目に答えろと言われた後に「とても真面目だよ。僕に彼氏はいない」って言うシーンは最高に村上春樹だと思った(無根拠)。

以降ネタバレ 


なんか知らないけどTwitterで妙に反響があった中国SF小説。実際、中国でもそこそこ有名になりつつあるのだが、日本のこの反響を作者が知ったらさて喜ぶかそれとも


 





天空を翔ける飛行船「夸父農場」の船長・程成は、人工知能(AI)と人間が合体して進化した「合成人」勢力との戦争で核爆弾を使用して勝利を収めた「純種人」側の軍人だった。彼は都市ほどの大きさがある飛行船で数多くの受刑者たちが栽培する農作物を管理し、夜は遠く離れた場所で暮らす妻と会話し、いつか家族と一緒に生活できる日を夢見ていた。しかしある日、軍本部に連れて行かれた乗組員の丁琳が残したデータがきっかけで、彼は自分の生活が嘘で塗り固められた偽りの世界であることに気付く。過去の戦争で「純種人」側は敗北し、世界はAIと「合成人」に支配されており、程成自身は実際結婚すらしておらず、そもそも彼は戦争の英雄・程成ではなくその息子の程複であり、「合成人」に逆らった父親の「罪」を償うためにAIによって記憶を捏造されて、他の受刑者と共に服役する奴隷だったのだ。虚構に気付いて捕まった程複は「祖国」から助けにやって来たという妹の程雪や父親の戦友であった受刑者らと共に飛行船を脱出し、人類を救う旅に出る。





 


 


序盤、程複が自分は程成ではないと気付いてから、捕まって人体培養庫で臓器の増殖手術を受けるシーンまでがSFホラーとして傑作。1日ずつ徐々にお腹が大きくなっていき、開腹手術を受けると腎臓が14個摘出されるシーンは恐怖の映像が想像できたほどだ(臓器は移植の他に合成人たちの食料となる。生まれたての赤ん坊も同様)。そして船を降りてからは一転、冒険譚が始まり、妹の程雪と一緒に「祖国」を目指しながら核戦争後の世界を渡り歩き、食人クローンの集落、「合成人」の国、文明を持つネズミと世界から見捨てられた被爆者たちが戦争する草原などで、程複は絶望的な光景を目にする。


 


程複は勇敢で善良で正義感が強く、悪く言えばお人好しのヒューマニストであり、絶望的な世界の中で他人のために生きようとする彼の目を通して、この世界の異常性が見えてくる。AI政府は読者の目からも程複の目から見てももちろんおかしいが、「純種人」である程雪が目指す「祖国」も決してユートピアではなく、「純種人」至上主義者の集まりであるので、行く先々で程複に協力してくれる「合成人」すらも程雪は人間だと見なさない。何が正義か分からない曖昧な世界を程複は生きていかなければいけないのだが、人間性が軽視される世界では人間すらも信じられない。例えば、程雪が本当に妹なのかという疑問、敵であるのに程複を助ける者、何度も捏造されている自分の記憶などがますます程複を悩ませる。


 


出てくるキャラクターや設定も秀逸だ。人間に奉仕するように造られ娼婦として働くことに疑いを持たない「セックスロボット」の桜子、人体や臓器どころか人間の人格すらも売買できる市場、生産性のない人間を殺そうとするAI政府、人権やプライバシーというものが存在しない社会、日本人を含む外国人が多数登場するある意味国境のない構造、これらの世界観が今後この作品にどのような厚みを持たせるのだろうか。


 


こういう面白い本が1冊で終わるはずはなく、案の定シリーズものになっていて、巻末予告を読むと2巻目には科学技術で甦った孔子やアインシュタインが仲間になるらしい。そう言えば、中国SFの代表作『三体』でもバーチャル世界に歴史上の偉人たちがやたら登場した。1巻では戦闘や冒険シーンが多かったが、2巻目では哲学的な長いお話が中心になるかもしれない。


 


 


『三体』の和訳が2019年に出版されるということが決まり、今後更に中国SFに関心が向けられるはずなので、こういった若い作品がもっと日本人に知られてほしい。SFに詳しい人間が本作を読んだら色んなオマージュを発見できるかも知れないし、そこから現代中国人のSF観が発見できるかも知れないからだ。


 


さて、この本の簡単なあらすじをTwitterに紹介したところ、「まるで今の中国を書いているみたいだ」と言う声がちらほら聞こえて驚いた。あらすじを書いた時にはそんなこと全く考えなかったからだ。本作に出てくるディストピア要素はSFにはよくあるものであり、中国人作家だから書けた作品というわけじゃないんじゃないだろうか。実際、作者に「中国批判の作品ですか?」と聞いたところで、もし本当だったとしても素直に「イエス」と言ってくれないだろう。


 


中国の小説をずっと読んで来ていて思うのは、日本人が関心を寄せるポイントが、その本は中国批判を書いているかどうか、中国の検閲や表現の自由の規制と戦っているかばかりなのが、とても残念だということだ。文学ならともかく、普通の小説であるならそういうのを二の次にして、面白いかどうかの判断で興味を持ったり手に取って読んでもらいたい。中国の小説の存在価値はそればかりではないはずだから。


久々に中国語ではない書籍のレビュー。


 


色んな縁が重なり、台湾の作家・九把刀の代表作『あの頃、君を追いかけた』を泉京鹿さんと共訳という形で講談社から出し、駆け出しではあるが翻訳家と名乗っていい立場になった。すると他の翻訳家のことが気になる。個性、訳し方、苦労、境遇、稼ぎなどなど、中国語の翻訳家の数が少ないので他言語の翻訳家を参考にすることがほとんどだが、外国語が分からなくてもそれについて書いた日本語のエッセイは分かる。そのような気持ちで書店で偶然手に取った、ドイツ語翻訳家が書いた本書を購入した。


 


著者はこれまでアリーナ・ブロンスキーというドイツ人作家の小説『タタールで一番辛い料理』『僕をスーパーヒーローと呼んでくれ』を翻訳、出版した経歴を持つ元サラリーマンだ。長年会社勤めをしており、すでに基本的なドイツ語能力を持っていたが、本格的にドイツ語と翻訳を勉強し始めたのは早期退職後だという。本書は著者が会社を辞め、翻訳家の道を進み、本書と同じ幻冬舎から上記の本を自費出版した経緯が書かれている。だが、本書を翻訳家のエッセイという括りで入れていいのか迷う。


 


これまでも英語翻訳家の越前敏弥さんや柴田元幸さんらのエッセイを読んだが、翻訳家のタメになったり、読者が感心したりするような翻訳エピソードやコツなどを披露してくれた。本書を読んでみると、確かに翻訳エピソードも書いてくれているのだが、それ以上に気になるのが翻訳家としてではない、著者個人の「我」の強さだ。全5章の本の第1章と2章を使って、翻訳とほとんど関係ない著者の経歴を述べ、本全体のそこかしこで会社や社会や教育などに一言物申す。


 


本半分を使ってやったことは「私はこんなに面倒くさい人間ですよ」という自己紹介だ。そして翻訳のエピソードはどうかと言うと、ドイツ語特有の男性名詞、女性名詞、中性名詞を日本語に訳す難しさ、ドイツ語文章のくどさ、とかを書いていて、ドイツ語を全く知らない自分には新鮮だったが、勉強にはならなかったし、ドイツ語学習者には今更感のある話題だろう。


 


不可解なのが、著者はアリーナ・ブロンスキーの作品を翻訳しているのに、その文章を取り上げて訳し方を読者に教授しないことだ。ドイツ語翻訳の絶好の参考資料だと思うのだがそれをしない。にもかかわらず自分の文章がアリーナ・ブロンスキーに影響を受けていると告白し、「この書き方がアリーナ・ブロンスキーっぽい」と自分でツッコミを入れる。だが、日本では全く無名で著者しか作品を翻訳したことがないドイツ人作家の名前を出されても読者は全然ピンと来ない。


アリーナ・ブロンスキーの特徴に言及する文章を読んでいたら、ふいに『どこでもいっしょ』というゲームの、しょっちゅう外国語を披露し「今のは○○語で☓☓っていう意味よとのたまう外国かぶれの犬キャラ・ピエールを思い出した。


 


他にも著者紹介で「KSGG会員」と書いているが、初めて見る略称からはその実体を全く想像できない。神奈川善意通訳者の会が正式名称のようなのだが、いきなり略称を書いて許されるのはWTOとかNASAぐらいだろう。


 


著者は本書を含め、これまで全て幻冬舎から自費出版で本を出している。退職金を手にし、マンションを購入し、貯金がある人間の道楽として翻訳家の道を選んだ。出版費用は莫大なものになったらしいが、本書ではその金額を明らかにしていない。痒いところに手が届かない内容で、


 


 


中年(?)を過ぎても翻訳家になれるというケース紹介の本として成り立っていたのかもしれないが、エピソードがどれも駆け出しの人間の初歩的な思考によるもので、推敲が全然足りていない。もしかしたら著者が自分を卑下して、自分のレベルではドイツ語翻訳を教える立場にはないと思っているのかもしれないが、もう本を2冊も出しているプロなのだからもっと具体的な翻訳の話を披露して、読者に知識を分け与えてほしかった。


 


今後著者の翻訳した本を読むのかは分からないが陰ながら応援したい。その一方で、道楽で翻訳した本を自費出版している人間には席をどいてもらい、出版社から委託される翻訳力を持っていてもっと若い翻訳家に任せたほうが将来的には良いのでは、とも思ってしまう。著者が自費出版のくびきから解放され、景気のいい話をしてくれる日が来ることを祈るばかりだ。


Copyright: 栖鄭 椎(すてい しい)。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By 御伽草子 / Template by カキゴオリ☆