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プロフィール
HN:
栖鄭 椎(すてい しい)
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1983/06/25
職業:
契約社員
趣味:
ビルバク
自己紹介:
 24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。



副管理人 阿井幸作(あい こうさく)

 28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。

 Mail: yominuku★gmail.com
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このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。      


 


 


方向性としては、柳田理科雄の『空想科学読本』のように、中国の武侠小説に登場する人間離れした技を物理で分かりやすく説明するという本。


例えば、金庸『射雕英雄伝』に登場する黄薬師が使用する「弾指神通」という技は電磁力を使っていると解釈することができ、ではそもそも電磁力とは何ぞやと説明したり、温瑞安『四大名捕会京師』で宙を飛ぶ暗器が一瞬で地面に落ちるのは慣性の法則がなくなったからだと解釈することができ、では慣性の法則とは何だと説明したり、古龍『湘妃剣』に登場する瑚珀神剣という武器が相手の武器を引き寄せるのは帯電しているからと解釈することができ、では静電気の効果とは何かを説明したり……


 


武侠小説の技を現実に行うにはどうすればいいのかと考えるよりも、その技を実現させている物理現象とは何であるかを重点的に説明している。『空想科学読本』のように、現実に発生したら人体や地球などにどういう影響が出るのか、とかを偏執的に考える本ではない。


 


そもそもこの本、武侠小説に出てくる超人たちが何故物理を無視した能力を発揮できるのかという点について、「内力(内功、いわゆる気功)」があるからと半ば突き放したように書いていて、武侠小説のリアリティにはあまり興味がなさそうだ。


 


そもそも金庸も古龍も読んだことのない人間にはあまりピンとこない内容だったが、例題のほとんどが金庸の小説からだったので、武侠小説に登場する超人的能力はだいたい金庸が生んだものなのかと、その偉大さに驚いた。


 




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 最初に中国語版(2013年発行)を読んでから日本語版(2016年発行。泉京鹿訳)を読んだ。日本語版はデカイし重い!中国語を日本語に翻訳した場合、一般的に原文の1.21.3倍の分量になると言われているが、これはそれ以上ありそうだ。


 


 


 





中国中央部の都市・炸裂出身の作家・閻連科は同市の市長孔明亮から市史の執筆を依頼される。しかしその市史の内容は、孔明亮をはじめとする炸裂市の人々を激怒させるものだった。


1970年代、まだ村だった炸裂に監獄で労働改造をさせられていた孔東徳が戻ってくると、4人の息子のうち誰かが皇帝になると予言する。次男の孔明亮はそれを実現するかのように、驚異の方法で万元戸(貯金が1万元ある者)となり、24歳の若さで炸裂村の村長になり、どんどんと村を発展させていく。後に彼の妻となる朱頴も、村長だった父親を痰まみれにされて殺された復讐心を胸に秘めながら、金を稼いで力を付ける。孔明亮と朱頴を中心にして、村から鎮、県、そして市へと驚異的な速度で発展を遂げる炸裂は荒唐無稽さが度を越すようになり、ついに人々を不幸のどん底へ叩き込む結末に導く。





 


 ・デタラメの中の中国の「リアル」


閻連科の書いた小説という体裁の本であり、炸裂という架空の都市の勃興を描いたドキュメンタリーでありながら、非現実的なフィクション的描写が散りばめられている。動植物が市長の言葉に従ったり、孔雀や鳳凰がそこかしこに出現したり、遺影が喋ったり、ナシの木にカキがなったりで、ありえないことばかりが起こる炸裂という土地に生きる人々も当然まともではなく、ほぼ全員がろくでなしである。炸裂を豊かにするために孔明亮がしたことは、村人を率いて鉄道の貨物をかっぱらって売りさばくという一言で言えば強盗団であり、列車から落ちて死んだ者がいれば「烈士」として讃えるのだった。そして孔明亮に対抗するために朱頴がしたことは風俗店の経営であり、彼女はその儲けた金で村のために道路を敷き、「手本にするなら朱頴を見よ」という碑を建てられるのだった


孔明亮と朱頴の2人は中国で初めて行われる民主的な村長選挙に立候補し、平等に村民たちにワイロを贈り、村に金を落とし、反対する者を銃で脅し、無事選挙を成功させる。強盗と娼婦によって成長した炸裂では中国伝統の徳も孝も無力で、孔明亮は県長に忠誠を誓う証に、土葬から火葬に変更した中国の埋葬方法を定着させるために父親の死体を進んで燃やす。


 


「なりふり構わない」という言葉が似合う炸裂の行動をとがめる者は誰もおらず、裕福になり、外地から来た人々が増え、高層ビルや高級ホテルが立ち並び風景が一変した炸裂は、強盗と風俗で金を稼いでいた過去なんか風化してしまったようだ。


安部公房や大江健三郎みたいなマジックリアリズムの小説であり、この荒唐無稽な本は中国のある側面を忠実に描いている。何か具体的な事件をモデルにした様子はないのに、文章からははっきりと中国の姿が浮かんでくる。それは見慣れ過ぎているせいで、我々の視界に入っているのにまるで認知できない問題なのかもしれない。


炸裂では孔明亮市長の署名が入った文書を死者の口に突っ込めば死者が蘇り、文書に願い事を書けば雪すら降らせることも可能。戦車を走らせるとその跡に高速道路ができ、血まみれの指や足を地面にばら撒けばそこに空港が建つ。デタラメな過程と明らかな結果はリンクしないはずなのに、読者はそこに説得力を感じ、確かにそれも真実だと納得する。


 


・『炸裂志』は『中国志』か 


作品内では、閻連科はこんな本を書いてしまったため孔明亮を怒らせて、『炸裂志』が炸裂全体の反感を買う。ここで気になるのが、孔明亮並びに市民が怒った理由がはっきりしない点だ。『炸裂志』に書かれた内容は形こそ変えてあるが大筋でほぼ真実であるから、恥ずかしい過去をほじくり返されて怒ったのか、それとも内容が全くのデタラメであり、嘘を書かれたことに対して怒ったのか、孔明亮の反応からはそれを読み取れない。


閻連科が『炸裂志』を書いたことで孔明亮市長をはじめとする炸裂市民全員が激怒したこと、そしてそのせいで閻連科が故郷を追い出されたことは表裏一体のセットであり、炸裂市が悪で閻連科が善に見えるが、例え文章が真実を物語っていたとしても、激怒した孔明亮と市民の立場を考えることが『炸裂志』という歴史書の新たな1ページになるだろう。だが、対話には双方の相応の態度が当然必要であり、孔明亮は結局激怒して作中に出てくるような「権力がなせる技」を使って閻連科の存在を炸裂から消滅させる。だが一方で、閻連科も予想していたかのようにそれを受け入れて炸裂から出て行く。


閻連科の他の本を読んだことがないのだが、これは「発禁作家」と呼ばれる閻連科の意思表示なのかもしれない。本書は炸裂という架空の市を対象にしているが、もしもっと大きな土地を対象にし、市長以上の人間の怒りを買った場合、彼は本書の結末同様、「良いものが書けた」と言ってそこから退出するかもしれない。

沈黙基因 著:黄序


 


日本では『沈黙の遺伝子』(翻訳:望月 暢子)というタイトルで翻訳・出版されているSFミステリーの原作『沈黙基因-戦魔希特勒基因去向之謎(沈黙の遺伝子-戦争の悪魔ヒトラーの遺伝子の行方)』を読んだ。


 


さて、表紙およびサブタイトル強烈なネタバレをしてしまっているので言ってしまっても構わないと思うが、本作はヒトラーの遺伝子をめぐる物語だ。とは言え、中盤ぐらいまでは「遺伝子」なんて言葉全く出てこないので、一体どうやって絡めるのかと気になったが、中盤まで引っ張ったネタをまるでロケットのブースターのように切り離して、物語をますます加速させるとは思わなかった。


 


アメリカのコロンビア大学に留学中の中国人学生・江夏は人間の夢を録画する「写夢計画」の被験者となる。そして映像に映し出された夢には、彼が今まで会ったことのない人物や建物の姿があった。夢の映像を細かく分析していく江夏と友人の葉広庭は、江夏が最近3年間の記憶を失っていることを知る。関係者の口から語られる全く知らない自分の言動を追うため、江夏は自分の夢や他人の記憶を探り、アメリカと中国そして時間すらも股にかけた世界的な陰謀に挑戦することになる。


 


本書の中で「夢」とは筒井康隆の『パプリカ』のように荒唐無稽で極彩色の情景でもないし、現実世界の生活を予知するような「占い」的ツールでもない。人間が実際に目撃した、しかし覚えていなかったり、「見た」と認識していなかったりした視認物を意識に浮かび上がらせるものが本書で言う「夢」である。


 


そこで江夏らは自分の夢が信頼に値する証拠として過去の自分の行動を調査したり、夢に隠された真実を解き明かしに危険を冒したりするので、そういう意味ではやはりミステリー小説のジャンルにも入るかもしれない。


 


この本、前半と後半でキーとなる科学技術が全く異なる。前半は夢を映像として残す器材が登場し、後半は更に先進的で、他人の脳細胞を被験者に移植して見せたい記憶を見させるどころか、その脳細胞の保持者の行動を追体験させるということまでできる技術が登場する。そして、後半になると夢を見るという技術は不要になり、もう十分だという風に今まで「夢」を中心として進行していた流れを切り離して「現代アメリカ編」を終わらせ、「脳細胞」を中心とした過去と現代がリンクする「ヒトラー編」が始まり、物語はより荒唐無稽になってくる。だが、前半で既に夢を録画する機械という現実より進んだ科学技術が登場するので、クローンとか脳細胞移植とか言われてもそこまで抵抗なく読める。また、おそらく作者が考えたオリジナル要素だと思うが、ヒトラーに大胆な新設定を加えてスケールをより大きくさせている。


 


江夏は自分に移植された数十年前の科学者の脳細胞に残る記憶を見ることにより、その科学者の体で当時の状況を体験する。その様子はまるで江夏自身が数十年前に戻ったかのようだが、過去の人物に「乗り移っている」ようなものなので過去に干渉できるわけではない。彼は探偵かつ当事者として事件を実際に体験するのであり、聞き込み調査とかいう伝統的な方法を取らず、「夢」や「脳細胞」を利用して自分や他人の記憶に直接アクセスし、真相に迫る。


 


 


疑問に思うところやご都合主義的な展開も目立ったが、全体としては非常に読みやすく、300ページ以上あったがだいたい2日で読み終えた。この本、日本語版にする上でかなりの加筆修正が入ったらしい。確かにどの文章が不要だったかと具体的に指摘することはできないが、読み飛ばしても大丈夫な箇所が多かったと思う。表紙裏に掲載されている有名人コメントの中で有名音楽家の高暁松が「ハリウッドに売り込めるストーリー」と評しているが、確かにその通りかもしれないが悪く言えば「大味」ということではないだろうか。いつかは日本語版も読んで比較したいものだ。

三体 著:劉慈欣


 


中国現代SFの金字塔『三体』(初版は2008年)を今更読む。


 


この本、おそらく2009年か2010年頃に中関村の新華書店でシリーズ2冊目とともに購入し、一回読んだは良いが当時の自分の中国語力ではいまいち理解できずそのまま放ってしまったものです。


 


 


『三体』の映画化、そしてアマゾンによるドラマ化の製作という話を聞き、ようやく読み返してみることにしました。


 


本を開くと、約10年前の自分の中国語力の未熟さを知れる足跡が多々残っており、単語にピンインを書いていたり、日本語訳を書いていたりして、当時はこういう人気作を読むのもかなり苦労していたんだなぁと感じ入りました。


 


ナノテクノロジー科学者・汪淼は突如横暴な警察官・史強らに呼び出される。連れて行かれた先には中国人の将校の他にアメリカCIAもおり、淼は彼らから「科学辺界」という科学者組織に潜入して動向を探るよう頼まれる。彼らが恐れているのは高度な科学力を持つ「三体」という地球外文明だった。


人類と三体の関係は文化大革命にまで遡る。文革によって家族と人生をめちゃくちゃにされた科学者の葉文潔はレーダー技術研究所「紅岸基地」で偶然宇宙人とコンタクトを取り、地球の文明を滅ぼすよう依頼する。そして現在、葉文潔を指導者とする「地球三体反乱軍」が450年後に攻め込んでくる三体を迎えるための準備をしていたのだ。


 


この物語で嫌でも注目してしまうのは、中国人科学者が文革のせいで人生がめちゃくちゃになって宇宙人に地球侵略を依頼するという人類滅亡のきっかけだろう。しかしそればかり強調するのは間違っていると思うし、この本は文革のみを否定しているのではなく、文革の熱狂のさなか大勢の中国人が同胞を責め、痛ぶり、相互不信に陥らせた人間の愚かさや悲しみを笑っているわけだ。


本書は全3巻で、残りの2巻はまだ読んでいないが、おそらく文革を反省するという展開はないだろう。そもそもこの作品に登場するのは科学者や軍人ばかりで政治家はいないし、反省したところで三体が地球侵略を諦めてくれるわけでもない。


 


ところで調べてみると、三体の映画は2016年夏には公開予定だったようだが、いつの間にかもう2年も過ぎている。百度百科を見ると、映画会社の方に人事異動があったことで上映が延期しているらしいが、2年ともなると別の原因、文革要素が原因なんじゃないかと勘ぐってしまう。


 

 


夏日蛍火 著:謝筠琛
 
 全部読んだけど個人的には合わなかった一冊。


 




高校教師になった関月青は着任早々韓立洋という男子生徒の飛び降り現場に遭遇する。事件、事故、自殺の可能性が考えられるが学校側は放課後に起きたことであり自身に責任はないと主張し、韓立洋の両親は同じように自殺を否定し学校の監督責任を問い、事件は警察の手に委ねられる。だがその後、韓立洋と仲が良かった張睿斯という女子生徒が密室となった実験室で服毒死しているのをまた関月青が発見する。2人の死は偶然の自殺なのか。いま生徒に何が起こっているのか。





 


一見すると学園ミステリのジャンルのようだが、探偵役の主人公は教師であり生徒と一緒に推理することもないので単に学校が舞台のミステリとしか言えない。主な謎は生徒の飛び降り死と服毒死であり、2人の死の謎を究明しながら彼らの過去や交友関係が明らかになるが、現代の高校生を取り巻く環境や教育問題など社会問題のようなものも書いている。


 


前半の飛び降り死を受けて保護者に責任を追求される教師の様子を書いて、いかにも現代中国の社会問題を描写している感じだが結局は理不尽な保護者を書いて終わっている。もし掘り下げたいのなら保護者視点の描写も必要だし、死んだ子どもの親を一方的にヒステリックな敵役にするのはアンフェアだ。


 


しかも肝心のトリックがよりによって使い古されたアレとは。いや、例え有名な作家が「もう○○を使ったトリックは古い」と言っても誰が何のトリックを書こうか自由である。しかし、物語の途中に解明されるトリックならまだしもラストにこのトリックを持ってこられると「今まで300ページも読んでてコレかよと脱力感しか起こらない。


 


もう一つ気になるのが会話の多さだ。1人が1行分喋ったらもう1人がまた1行分だけ喋るという繰り返しで、テンポの良い会話といえば聞こえが良いが尺稼ぎにも思える。クソ映画はどうでもいい会話をして尺を延ばすという話を聞いたことがあるが、それは小説にも当てはまるんじゃなかろうか。


 


しかし、最近新星出版社とは相性が悪い。この前も小米という作者が新星から出した『空中小姐』(キャビンアテンダント)を読んだが、これは半分でギブアップしてしまった。衒学的と言うか、古今東西の名作から台詞や地の文を持ってきて貼っ付けまくったコピーアンドペースト小説という感じだった。超人的な記憶能力と推理力を持つ本屋の店主が事あるごとに各作品の有名をフレーズを口にしたり思ったりするんだが、もう作者に「凄いですね」としか言えない内容だった。ページ末尾に10ページ以上にわたる参考文献一覧が載っていることからどれほどの量を引用したかが分かるだろう。


 


 


実は謝筠琛も小米も推理小説家としては新人…だと思う。新星出版社が新人にミステリを書かせて業界に挑戦しているのだと思ったが、その試みは今のところ失敗しているとしか言えない。陸秋槎や時晨のようなトリックに重きを置く作家とは別の、ストーリーが個性的な作家を抱えて新規読者を増やそうとしているのかもしれないが、昔からのミステリ読者にはそっぽを向かれているのが現状ではないだろうか。


 


しかし、私にとって相性の合わないミステリは新星だけが出しているわけではない。統計を取っていないが感覚的には中国で「ミステリ」とつく国産小説がどんどん増えていっている感じだ。玉石混交の言葉通り、その中には面白いと思えない作品も当然存在する。つまらないと思えるミステリ小説が増えたのは、もしかしたら中国の出版社が「ミステリは売れる」と認識した証拠なのかもしれない。


 


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