タイトルは『流浪医生的末日病歴(流浪医者の世紀末カルテ)』。中国語の「末日」は終末という意味だが、『北斗の拳』のおかげ(せい)で「世紀末」でも世界観は通じるだろう。本書にも野盗が出るし、国というものがなくなって人間が集落単位で点々と暮らしているので、そこまで間違ってはいない。
世界的な疫病で数十億人の命が一気に奪われ、村は荒野と化し、都市は廃墟と化した。その「大災害」から十数年後、流浪の医師・平榛は「聖女」を崇める男どもの集団に拉致され、その子の病気を治療するよう命じられる。しかしその子は、子ども扱いされているが実年齢は16歳ぐらい、何故か幼い頃の記憶を失っており、しかも病気というのは単なる貧血だった。この集団と「聖女」はどんな関係があるのか?そして彼は「聖女」から、外の世界を見させてほしいとお願いされる……
久しぶりに買った華文ライトノベル(これからは中国語の小説は全て『華文』と呼ばれるようになるんだろうか。特にエンタメ系は)。中国のラノベ関連の大賞受賞作品で、期待して購入したのだが、実はあまり内容についていけなかった。そもそも日本のラノベも全然読んでいないので、これがライトノベル界隈全体の潮流なのか、中国で突然発生した怪作なのかは不明だ。しかし中国での評判は良い。
別の中国人読者も言っていたが、単行本の1巻と2巻を合わせたような構成をしている。流浪医師・平榛が「聖女」と会って、彼女の秘密を調べながら拉致集団の包囲網から脱出、2人で旅を続ける……というような構成でこの巻が終わっていたら、まだ通常の読書のリズムと合ったが、本書はそれとは異なる。同書を半分ほど読み進めると、平榛と女の子の2人旅がスタートするのだが、出会いから3年後がいきなり描かれるのだ。しかも女の子は触手型生物に寄生されて二重人格になるという急展開。さらにその触手は『寄生獣』のミギーのように武器に変形したり、喋ったりするという……世紀末は何でもありなのか?と思ってしまった。
前半では平榛が拉致されてほとんど一つの場所に留まり続けるが、後半は2人が各地を旅して行く先々で病人やけが人を治しながら、事件に巻き込まれたり、過去の大災害に関係していそうな製薬企業KSGの謎を探ったりする冒険譚になっている。さらに2人の関係が深まり、「聖女」は朱砂と名乗って平榛の助手をするようになり、弱々しく控え目だった「聖女」のときとは一変して、天然で物怖じしない性格になる。同じ巻でここまでストーリーの緩急の差やキャラクターの変化をつけられると、なかなか追いつけない。
流浪医師の設定が面白い。世紀末的世界では医者のような技術者は真っ先に必要とされる人材だが、自爆病という不治の病のせいで彼は定住することができないのだ。自爆病とは、読んで字の如く全身が爆発する病気だ。これの厄介なところは、いつ爆発するのか病人にも分からず、爆発する瞬間までは健康な人間とほぼ変わらない点。もう一つは、病人が自爆した際、それに巻き込まれた人間も自爆病に感染してしまう点だ。この病気によって彼は他人から疎まれ、流浪の身を選ぶようになる。
自爆病というありえない病気が、主人公たちに旅を続けさせる理由になっている。
「聖女」朱砂は、触手に寄生されてから二重人格になり、触手時の人格は丹砂という好戦的な女の子になり、触手を武器状に変化させて戦う。また普段の朱砂も平榛からもらった爆発する弩(矢の先に自爆病患者の血液を付着させ、刺さった相手を爆発させる仕組み)を持っているのでどちらも戦う女の子だ。そして丹砂も完全に独立した人格というわけではなく、記憶を失っている朱砂に確かに存在した人格なので、彼女が過去に何をやっていたのかが気になってくる。
中でも一番気になるのは、キャラクター紹介のイラストにある宮原遥奈という日本人の少女だ。このネームドキャラがいくら経っても登場しないし、この子が関係するような物語にもならないのだ。そもそも、多分中国が舞台なのにどうして制服を来た日本人少女が出てくるのか。そう思っていたらラストの番外編でZUNの名言とともに登場。
実は彼女は世界が荒廃するきっかけになった大災害の原因らしく、不老不死になってこの数十年間ずっと体が変化していない。そして海を渡って、少年時代の平榛に弩を渡した過去があった。かなり超重要キャラで、触手以上に設定盛り盛りだ。こんなキャラをラストの番外編で出すことに大変面食らった。
宮原遥奈を含め、さまざまな謎を残したまま1巻は終了。果たして2巻はあるのか。あるのなら、特典としてポスカとかアクスタを入れるぐらいなら、挿絵をたくさん載せて欲しい。中国ラノベにありがちなのだが、ライトノベルなのに挿絵が一枚もないのだ。挿絵がないと物語の展開やキャラの機微が分かりづらいので、2巻以降ではそこを改善してほしい。
替死鬼 著:井士 イラスト:ekao
2012年の角川華文軽小説暨挿絵大賞(現在の角川華文軽小説大賞)で銅賞を受賞した中国産ライトノベルです。(著者とイラストレーターは台湾人。)中国のラノベを読んでみたくなったので積ん読の中から取り出しました。
玉突き事故に巻き込まれ意識不明の状態になった張植は自分の意志とは無関係にこれから死ぬ人間に取り憑いて他人の死を経験するという理不尽な能力を得た。あるときは焼かれ、あるときは刺されて殺され続けた彼が13人目に取り憑いた男子高校生の皮提偉はいじめられっ子だった。皮提偉が不良の楊浩たちからのイジメを苦に自殺をしようと考えていたことに気付いた張植は取り憑いた人間の都合を第一に考えて行動するというルールのもと、そして皮提偉の幼馴染の女の子・林希綺のために不良たちに一矢を報い、彼を自殺から救う。しかし、14人目に取り憑いた人間のせいで張植は更なる苦労を強いられることになる。
タイトルの『替死鬼』とは「身代わり、スケープゴート」を意味します。作中で他人の体に入ることを『附身』(取り憑く)と言っていますが、張植に取り憑かれている間、皮提偉の意識はないため彼ら二人が頭の中で会話をすることはなく、取り憑かれていたことすら覚えていません。だから初期の幽☆遊☆白書ではなく密・リターンズのような設定だと考えてください。
本体が寝たきり状態で今までずっと殺され続けていた張植にとって皮提偉の境遇は同情こそすれ怒ることではないようで、まさに他人事と言った風に冷静に仕返しの計画を練ります。また張植は実は23歳なので大人の知識を駆使して考えられた仕返しはちょっとご都合主義に偏りすぎていないかと思いますが読者の溜飲が下がります。そして張植が取り憑かなければ皮提偉は死んでいたという状況には外部の大人が加入しないとイジメ問題一つ解決できないことに対するやるせなさを感じますが、張植を通じて皮提偉の周囲に彼を大切に思う人間がいたことに読者が気付けるのは不幸中の幸いです。
本作の見所は皮提偉の自殺を止めた張植が次に○○に取り憑くところにあります。多分、本作の銅賞授与の理由はまさにその一点にあると思います。皮提偉と違い○○には殺される原因があるので本書は中盤から自分を殺す犯人を突き止めるミステリ小説のような展開になるのですが、張植が皮提偉だったときにやったことのせいで行動に制約がかかっていることも巧いと思います。
もしこの学校に張植が来なければ自殺と他殺で二名の死者が出ていたでしょう。しかしこの話があまりハッピーエンドに見られないのは、もちろん物語のラストにすっきりしていないこともありますが、張植が自分で望んだものではないとは言え問題に介入したにも関わらず態度が軽く、しかも彼の存在が誰にも悟られていないので事態がどう転ぼうが責任を取らない立場だったことが気になったからです。確かに彼は二人の命を救いましたが、正体を誰にも知られていないので誰にも褒められずまた責められもしないというその身の振り方は主人公として正しいのでしょうか。
この話の肝は張植が学園生活で非常に能動的に動く一方、自身の存在を隠して徹底的に黒子に徹するというところにありますが、個人的には誰でもいいから張植自身を評価する人間を置いてもいいのではないかと思いました。
超級学園 探案密碼/著:早安夏天
ライトノベル雑誌『意林・軽小説』に連載されていたライトノベルミステリ。だが正確に言えばミステリ風のライトノベルだろう。以前この作家の別の作品『推理筆記』を読んだことがあったが、それよりもパロディ成分は薄かったものの超常現象に探偵が立ち向かうという構図は似ていた。
校内に勝手に『福爾摩桑偵探社』という探偵クラブを作り、喧嘩など様々な問題を起こしている不良少女で自称『名探偵』頼小桑のもとにどこから見ても美少女にしか見えないいわゆる『男の娘』の陽簡安が奇妙な依頼を持ってきた。それは預言により死が運命づけられている大金持ちを犯人から守るという内容で、預言者曰くそれができるのは頼小桑しかいないということだった。
意気揚々と依頼を引き受ける頼小桑と何故かついてくる陽簡安は依頼人徐釘歌の屋敷に招かれる。そして腹に一物ありそうな大人たちが集まる屋敷に『地獄預言師』という預言者が現れ、彼の発した不吉な預言は参加者の死という犠牲で実現することになる。
ライトノベルミステリというジャンルにおいて超常現象としか思えない事件が発生した場合、それが論理的に解決できる謎なのかそれとも本当に超常現象なのかどうか読者は悩まされる。
本作では『預言』がそれに当てはまるのだが、結構早い段階で超常現象だと読者にバレてしまうのはちょっとネタバレが早い気がしたが、その後に参加者が死に、更に目を話した隙にその死体が消失するという正統派推理展開もあり、最低限の公正さは用意されている。
暴力探偵美少女と男の娘の主人公コンビに限らず、作者と同名の貧乏作家や謎の男Lなど個性的なキャラが沢山出てくる割には一人ひとりの掘り下げが浅く、続編を意識しているかもしれないが消化不良の感が強かった。
そして一番残念だったのはイラストだ。本書はライトノベルとして表紙に限らず各章の最初のページにイラストが掲載されていたのだが、実は雑誌連載の時はカラーイラストもあったらしい。そのカラーイラストが単行本版に掲載されていなかったことが誠に惜しい。