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栖鄭 椎(すてい しい)
年齢:
41
性別:
非公開
誕生日:
1983/06/25
職業:
契約社員
趣味:
ビルバク
自己紹介:
24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。
副管理人 阿井幸作(あい こうさく)
28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。
Mail: yominuku★gmail.com
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このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。
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凛冬 著:李西閩
2021/12/30 [Thu] 16:49
ウェブ版の「南方週末」で気になる記事を読み漁っていたところ、こんな記事を見つけました。
厳しい寒さの冬を乗り越え、作家李西閩はうつ病に打ち勝った
http://www.infzm.com/contents/219397
李西閩はホラー小説家で、2008年に四川省で起きた汶川大地震で76時間生き埋めになった経験をまとめたエッセイ『幸存者』を発表したことで有名です。しかし地震で心に傷を負い、地下鉄車両内で閉塞感を覚えたり、轟音を聞くと当時の災害がフラッシュバックするようになったりし、悪夢にうなされ、最終的に重度のうつ病と診断されてしまいます。
うつ病と向き合い治療を続けるけど言葉が全く紡げない日々が続く中、とうとう2015年に突然文字が書けるようになり、その後、うつ病を題材にした小説『凛冬』(2018年)を完成させました。
実は私、中年のうつ病体験談に興味があって、吉田豪の『サブカルスーパースター鬱伝』や田中圭一の『うつヌケ』などの中年のうつ病を題材にした本が好きでした。そして最初にこの記事を読んだ時、てっきり中国人作家によるうつ病体験談や精神病院ルポが書いてあると思い、速攻で購入したのですが、残念ながら半フィクションでした。
せっかく左灯の『
我在精神病院抗憂鬱
』で描かれたような中国独特のうつ病の治療法が知れると思ったのに。ただ、『凛冬』はフィクションだからこそ、うつ病患者である主人公に次々と不幸が襲いかかるので、こんなの心がどれだけ強くても折れるだろ!という手加減のなさが良かったです。
・うつ病作家の半自伝的小説
生徒に人気の国語教師だった朱阿牛は、書いた小説が偶然の大ヒットを果たし、周囲に急かされ2作目の構想を練っていた矢先、同居していた妹の朱阿芳が運転する車の事故により妹とその彼氏を亡くし、自身も顔に傷を負う。強い喪失感と無気力感に襲われた彼はうつ病と診断され、妹のいない家でただ日々を過ごしていく。このままではいけないと知人に仕事を紹介してもらったり、うつ病の互助会に出席したりしてなんとか社会との接点をつくっていくが、そんな彼にさらなる不幸が襲いかかる。
会社のパワハラやセクハラ、ブラック企業でのオーバーワーク、家族からのDVなどに起因するうつ病事例をネットで見てきたので、うつ病っていうのは周囲からの長期的なストレスによって発症するって印象だったのですが、本作でその引き金を引いたのは突然の家族との死別でした。
幼い頃に両親を亡くし、祖父母のもとで育てられた朱阿牛・阿芳は兄妹間の強い結び付きを持っていた。だから阿牛にとって阿芳の死は半身をもがれたような苦しみだった……と読めるのですが、朱阿牛の回想によって2人が単なる仲良し兄妹ではないことが分かります。実は阿芳は子どもの頃から我が強く、それ自体は個性なのですが、祖父母の家に引き取られてからは度を越したワガママになっていき、自分の意思を貫き通すためについに「子どものしたこと」では済まないレベルの事件をやらかすという、要するに自分の不機嫌な態度やマイナス感情を発露させることによって他人をコントロールする性格だったのです。そして大人になっても兄と一緒に住み、暴力は使わないにせよ態度や言動で兄の行動を束縛し、静かな暴君として振る舞っていました。
朱阿牛にとって、妹に彼氏ができるということは、将来的に妹が家から出て解放されることを意味していたのですが、妹は結婚して家を出るより先に彼のもとから永遠に離れていったというわけです。しかも妹の束縛は呪縛に変わり、幻覚や幻聴という形で妹の魂が彼の心と部屋に残るようになります。
だからこうして見ると、朱阿牛のうつ病の原因ってのは、愛する人を亡くしたショックではなくて、半分DVの束縛下からいきなり抜け出した戸惑いではないかと感じられました。うつ病の発症経験なんて十人十色でしょうけど、ちょっと特殊すぎるケースです。
朱阿牛は、もう妹を優先して一日の計画を立てなくていいと思い、それに開放感を覚える一方、体は重くて動かないしやりたいこともない。そして亡くなった妹に罪悪感を覚え、彼女の部屋に足を踏み入れられないし、彼女の骨壷をずっと家に置いている。
骨壷は結局、家の近所の木の下に埋めるのですが、埋め終わった途端にやっぱりあんなところじゃ妹が可哀想だと掘り返して持ち帰るシーンに切実な兄妹愛が感じ取れました。遺骨を海とかエアーズロックに撒かなくて良かったです。
・休めないし休まない
そして彼の不幸はここからが始まりです。もっと家で休んでいればいいのに、人並みに社交性があり、作家ということで顔も広く、また彼自身、うつ病を自覚していながらもこのままではマズいと思っているせいで社会とつながろうとします。うつ病患者が他人に会ってもバッドコミュニケーションを連発するだけだと思うのですが、案の定やることなすことにケチがつきます。仕事先でヘマをしたり、元カノの今カレとケンカしたり、旧友の詐欺に利用されたり……そして弱り目に祟り目で、大好きな祖父がマッサージ店で急死してしまいます。これだけでも十分ショックな出来事なのに、死んだ場所が場所だったせいで、祖母が店を相手取って賠償金をせしめようと連日大騒ぎ。朱阿牛は家族唯一の男として、祖母と店の板挟みになりながら交渉を進めます。
うつ病ってのは「一旦停止」の意味があると思います。働いていたら休んで、疲れていたら寝て、きちんと病院行ってお薬をもらうといったように、生活スタイルをストレスのないものに変えて休養に専念するのが本来のうつ病患者の正しい日々の過ごし方のはずです。しかし、朱阿牛はそうはなりません。
大切な妹が事故死したところに最愛の祖父が急死っていうダブルパンチで常人でも立ち直れない状態だと言うのに、金にがめつく転んでもタダでは起きない祖母が騒ぐせいで、朱阿牛はマッサージ店から祖父が亡くなったことに対する賠償金を請求しなければならなくなりました。
うつ病患者に神経をすり減らす金銭交渉させるなんて正気の沙汰じゃありませんが、朱阿牛も誰かに言われていやいややっているわけじゃなく、うつ病であることを理由に問題を回避したり目を背けたりしないんですよね。この阿牛の責任感のある態度と周囲から期待される役割に加え、彼の周囲で次々に発生する不幸が、彼にうつ病を理由に休むことを許してくれません。
結局のところ、うつ病になって病院で治療を受け、自身の時間を一時停止させたところで、社会と繋がりを持とうとすれば、時計の針は周囲の時間に合わせて進むわけで、病気だとしても人の前に立てば頼られるのは必然なんですよね。阿牛は頼られることを拒まない男なのです。
・家族に虐待されるリアルな中国人女性
本書には朱阿牛の他に2人の女性うつ病患者が登場します。2人共、家庭で生き地獄を味わっていて、彼女らの口から滔々と語られる不幸話は生々しいもので、モデルとなった実在の人物がいたらやるせないなと思う反面、中国のどこにでも転がっていそうな境遇に諦めを覚えてしまいます。そして朱阿牛は、よせばいいのに彼女らの話を聞き、彼女らを支えようとするんですよね。自分だって大変なくせに。
彼に最も深刻なうつ病症状が現れるのが、妹と一緒に暮らした家の中であって、外に出て人と一緒にいる分には特に問題なさそうです。その理由はおそらく、彼が会う人物が、長年連れ添った夫を亡くしたのに金のことしか考えない祖母や、家族から長期に渡って虐待同然の仕打ちを受けている女性など、全員ではないにせよ相対的に見ると自分よりはるかに厳しい人間だから、彼がフォローに回らざるを得ないためです。最後なんて数百キロ先でリストカット実況する女性を救いにタクシーに乗り込みます。ここだけ滝本竜彦感ありますね。
朱阿牛のように、うつ病だけど外出し、人と触れ合い、仕事をすることは、その様子を傍から見ていればハラハラさせられますが、間違いではないと思います。心の病になったことで何十年も引きこもってしまったり、最悪自殺してしまったりというケースをネットのどこでも見掛けられる時代において、朱阿牛並びに李西閩はうつ病克服の成功例なのかもしれません。
また、本書からは次のような考えも見えてきます。それは、精神的に弱っている時、家族などの身近な人物の存在は逆に症状を悪化されることになりかねないということです。上述の2人の女性うつ病患者は、1人が過保護かつ過干渉な親から逃げるために手首を切り、もう1人はデリカシーのない義母と頼りないマザコン夫に絶望して死を選びます。朱阿牛を含めたこの3人はみな家族によって心に病を抱えますが、本書の中で唯一介抱に向かったのは、一人暮らしをしている朱阿牛だけです。
ただ、朱阿牛のモデルであろう作者の李西閩には妻と娘がいます。ということは、最大の原因は、無理解な親なのでしょうか。
・うつ病の「春」とは?
本書のタイトル『凛冬』とは厳しい寒さの冬を意味し、またそれはやがて春が来るという意味も隠れています。しかしうつの発症と寛解を循環する季節で例えた場合、再び冬がやってくるのは確実です。実際、作者も好転した後に知人の訃報を聞いたことで再発しています。ただ、朱阿牛が物語の最後に、寒さで凍えそうなほどの厳しい環境にいる女性を救いに行ったように、声を発し続けれていれば、誰かが「冬の中」から助けてくれるかもしれません。
しかし、うつ病患者がみんな朱阿牛みたいに強くたくましいわけじゃありません。だけど、日々の生活で必要な生活費を稼ぐことを含め、人間というのは突然の不幸やアクシデントで動かなきゃいけない時があります。メンタル弱っている人に動けと言うのはかなり酷ですが、本書には、世間の荒波に揉まれることが寛解に向かうこともあると書いているように読めました。
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中国語書籍
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