最近は武侠小説『水滸猟人』も書いている作者の久々のミステリー小説。今までの作品の総集編であるとともに新たなスタートを切る内容だったのだが、読み進めるほど最初に感じた面白さがなくなっていくという作品だった。出てくる「密室」に謎も魅力も全然感じないし、時晨どうした?と心配になった。
数年前に中国を震撼させた天才密室殺人犯「密室ピエロ」。警察に逮捕された彼は精神病院に入院させられるも、名前も正体も不明のままその病院からこつぜんと消えてしまい、今では伝説の存在になっていた。そして現代、密室ピエロの復活を思わせる密室殺人事件が発生。被害者は麻薬の売人で、密室となった部屋には赤い水が撒かれていた。事件を担当する唐薇はこの事件が模倣犯の仕業と主張し、長年密室ピエロを追ってきたベテラン刑事・潘成鋼の反感を招き、事件の謎を解かなければならなくなる。そこで知り合いの探偵(数学者)の陳爝と助手(小説家)の韓晋に相談すると、海外にいた陳爝は電話越しに事件を解決しただけではなく、犯人が赤い水を撒いたのは警察に対する挑戦であることも見抜く。ガムテープで閉じられた部屋、警察内部の留置所で発生する人体発火事件など密室にこだわる犯人の目的とは?
本作というかこのシリーズの今後の重要人物となる密室ピエロは作品ではっきりと、「『バットマン』のジョーカーと一緒」と書かれているので外見や言動が想像しやすい。実は過去作『鏡獄島事件』ですでに名前だけは出ていたので、構想自体は昔からあったのだろう。また、彼が入った孤島の精神病院は『バットマン』のアサイラムのような施設であることも、作者のアメコミ好きを感じさせる。冒頭にアメコミ要素を持ってきたのには興奮させられたが、面白かったのはそこまでで、密室の謎を含む肝心の内容は話が進むにつれてどんどん面白くなくなった。
唐薇の指摘通り、今回の「密室ピエロ」は実際に模倣犯であり、麻薬で親友を亡くした余命幾ばくもない男が「密室ピエロ」と思われる人物の自宅から様々な密室殺人方法が書かれたノートを拾い、それを参考にして麻薬密売組織の関係者を次々に殺していくという内容だ。しかしメインである密室の謎にはどれも魅力を感じなかった。おそらくそれは、自分が考える密室殺人とは、「捜査の手が及ばないようにするために犯人が頭を絞って作る」ものであるのに対し、本書に登場する密室にはいずれも教科書があり、「密室ピエロが殺人を行った証明」としか使われていないからだ。要するに、模倣犯が犯行を「密室ピエロ」に押し付ける以外でわざわざ密室をつくって被害者を殺す必要がなく、「どんな形であっても密室になっていれば良い」と読めてしまった。
本書の密室のテーマは「温度差」なのだろうし、作中で述べられる科学的な手法が現実での再現性があるものなのかは興味がない。だが、科学的知識が必要となる犯行であればあるほど理解を放棄してしまう。また、糸を使った密室も登場するのだが、日本のミステリー読者の悪い癖で「今どき糸か」としょげてしまった。「密室ピエロ」という存在を読者に印象付けようとする余り密室にこだわりすぎ、どの密室にも迫力を感じなかったのが残念だ。
本作にはシリーズの主人公陳爝と韓晋コンビがほとんど登場しない代わり、これまで本シリーズに出てきた数々のキャラが再登場し、一見すると最終作のような印象を受けるが実はセカンドシーズンの始まりであることが分かる。だから本作が詰め込み過ぎに感じるのも当然かもしれない。正直期待はずれだったので、次作があるなら早く出してこの評価を覆してほしい。