タイトルはおそらく韓国のスリラー映画『暗数殺人』から取っている。「暗数」とはウィキペディアによると実際の数値と統計結果の誤差で、警察が把握している犯罪件数と実際の件数の差を指す言葉のようだ。
刑務所に取材に来た「私」は、蒋鵬という若い囚人のインタビューを試みる。この刑務所の元看守だという異色の経歴を持つ彼は、補助警察隊だった父親の死と関係がある満期出所者を個人的に捜査し、誤って死なせてしまい、警察から追われる身となった。しかし彼はその後も警察から身を隠しながら、刑務所を出所した元囚人たちの事件を再調査し、警察すら把握していなかった新事実や事件を次々と暴いていった。そしていま、彼は全ての発端となった「筆記(ノート)」にまつわる話をし始めた。
蒋鵬が看守だった頃に刑務所内で拾ったノートには、自分の父親の事件と関係する囚人を含む7人の囚人の名前と「卦(占い)」の結果が書かれていた。その1人目の調査で、警察が記録している事件の背後にはまた別の殺人事件や犯人たちの口外できない事情があることを知った彼は、すでに終わった事件を取り憑かれたように再調査していく。本書はその7人の囚人と彼らを占った占い師の話の計8編が収録されている。
事件が起きた時期はどれも1990年代で、中国の農村部が主な舞台として設定されている。ここから当時の田舎の捜査能力の限界が理解できるほか、当時の陰鬱とした農村問題も見えてくる。
例えば『第一案 師徒案』では、未成年少女への性的暴行の罪で収監されていた男が登場するが、実は本当の犯人はその父親で、男は父親の罪をかぶって服役していた。そして出所後、仲間と共に父親の家に盗みに入ったところ、父親に買われた姉妹(病気のせいで子供のような外見をしているが大人)と出会い、彼は父親に間違われて殺されてしまう。
また『第四案 硫酸案』では、身元不明の男子によって娘の顔を硫酸で焼かれてしまった男がその復讐を遂げて収監されるが、その男子の母親は男が以前轢き殺したと思っていた女性で、父親は結婚相手を探していた身体障害者だった。
どの事件も地上から薄い膜を隔てたところにある地獄の浅い層を覗いているようで、生まれや境遇などを斟酌すると犯人側にも同情心を抱いてしまう。しかし、このように犯人しか知らず、また供述したところで罪が重くなるだけの秘密を蒋鵬が掘り返したからこそ、事件の闇に埋もれた女性たちの被害が明らかになったのであり、犯人側にも事情があったとは口が裂けても言えない構成になっている。
一つの事件の裏には犠牲になった数多くの人生があり、加害者だけではなく被害者も口をつぐみ、陽の光が当たらないまま忘れ去られてしまうこともある。シリーズ物の犯罪ドキュメンタリーフィルムを連続で視聴したような読後感を味あわせてくれる作品だった。
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