『水滸猟人(水滸伝ハンター)』
著者の時晨はこれまで『黒曜館事件』『鏡獄島事件』などロジック重視のミステリ小説を書いてきた作家だ。その彼が書く武侠小説なのだからてっきり武侠ミステリのジャンルかと思いきや結構ガチな武侠小説で驚いた。
水滸伝の舞台になった中国は宋の時代。内憂外患に悩む宋朝は梁山泊を筆頭とする無頼の輩を取り除くために彼らを賞金首にして同士討ちを目論む。しかし梁山泊は敵対勢力を滅ぼし、または吸収し着実に強くなっていった。
梁山泊に一門を滅ぼされた祝家庄の「鉄棒・欒廷玉」は梁山泊に恨みを抱く者たちを集めて復讐を果たそうとする。兵器を司る兵誅城の家に生まれ、貯蔵する武器と奥義書を狙った梁山泊に一家を皆殺しにされた暗器使いの「袖里乾坤・唐霄」や、記憶喪失でありながらも武術の達人である自身が一体何者なのかを確かめたい徐燎らは欒廷玉の仲間になり、共に梁山泊を倒そうと誓う。そして、梁山泊が名門・少林寺まで狙っていることを知った彼らは巨大な陰謀に巻き込まれていく。
梁山泊が敵役として登場する本作では『水滸伝』の実在・虚構キャラクター及び時晨オリジナルのキャラクターが入り乱れ、その情景が目に浮かぶような命がけの死闘を繰り広げる。武侠小説に詳しくない私には分からなかったが、鉄棒・欒廷玉も『水滸伝』に登場する虚構キャラクターらしい。『水滸伝』や武侠小説に詳しい読者が読むと「あのキャラをこう使うか」というような驚きを感じるに違いない。
小説の内容は純然たる武侠小説だ。前半に氷を使用したトリックと言うかペテンが登場した辺りで「ここからミステリに偏っていくのか」と期待したのだが、それは結局「良い」形で裏切られることになった。
風・雷・電と書かれた三節棍を自在に操り次々と敵を撲殺する欒廷玉は如何にも「好漢」という感じだ。無数の暗器を身に着ける唐霄毒は一見小賢しいのだが、毒まで揃えたその武器の種類以上に頭脳が恐ろしく、遥かに格上の相手を罠にハメて仲間もろとも皆殺しにする様子はまさに主人公の風格を持っている。
武力をもって宋朝を牛耳ろうとする梁山泊、宋朝の内部で暗躍する奸臣たち、そして宋朝に敵対する女真族ら敵対勢力も登場する本作はもちろん1巻で終わるわけがなくすでに2巻の発売が決定されている。
武侠小説と言えば金庸や古龍など有名な大家がいるが、有名すぎて読む気にならない。以前読んだ『武道狂之詩』の作者は香港人作家であり、遠いからあまり応援する気になれない。そんな中、本格推理小説家の時晨が武侠小説家としてデビューしたのは武侠小説初心者には嬉しいニュースになるのだろうか。
今後も推理小説を書き続けていってほしいし、本作のシリーズで武侠ミステリっぽい作品も書いてもらえたら最高だ。
時晨の百度百科(中国版ウィキペディア)の「代表作」の欄に『水滸猟人』が書いてあって笑った。なんで今まで推理小説書いていた作家が初めて書いたばかりの武侠小説が代表作になってるんだよ。これ更新したの絶対『水滸猟人』の関係者だろ。