横溝正史的世界観を中国に移植した中国ミステリで、数学者兼名探偵・陳爝と小説家兼助手の韓晋のシリーズ4作目にあたる。
傀儡制作を生業としていた数百人の村人が一夜にして消失し、呪われた村と噂される「傀儡村」にオカルト雑誌編集者の沈琴と一緒に行くことになった韓晋は、現地で大雨に見舞われ、同じく村に来ていた廃墟マニアの連中や大学教授らとともに村に泊まることに。だが村には不吉な詩が書かれた石碑や怪しい雰囲気のお堂があり、いかにも何かが起こりそう。大雨が止まないまま迎えた朝、一行の一人の首無し死体が見つかる。死体周辺のぬかるんだ地面には誰の足跡もなく、死体はまるで空から落ちてきたようだった。そして次は、十メートル以上の高い木のてっぺんに吊られた死体が見つかる。死体はどれも石碑に書かれた詩の内容を模倣しており、大掛かりな仕掛けが施された形跡はない。犯人が見立て殺人をする目的は?犯人の死体処理方法は?名探偵陳爝不在の中、韓晋は事件を解決できるのか。
民俗学まで使用して呪われた廃村を舞台にした、日本ミステリの影響の濃さを感じさせる一作。村全体を使ったトリックの発想力には実現可能かどうかなどもう気にならない。もしかしたらバカミスに分類されるかもしれないが、豪腕でねじ伏せるようなトリックは嫌いではない。
本作は200ページ余りだったが、この内容ならもう少しボリュームを増やして、民俗学ネタにもっとページを割いた方がバランスが取れたんじゃないだろうか。それだと価格の問題が発生するのかもしれないが、リアリティは二の次のトリックや村の歴史がメインとなっている本書で、後者のウェイトが少ないとトリックの穴ばかりが目立つので、もっと呪われた村のことを書けば、穴は目立つけどより面白い作品となったのではないだろうか。
王稼駿と言えば、島田荘司推理小説賞に何度も入選している中国ミステリ小説家だが、そろそろこの肩書も古臭くなってきたので、彼の特徴を端的に表した呼び名が欲しくなってくる。
本書は推理作家的信条(推理作家の信条)、六十度的困擾(60度の悩み)、LOOP、志野的憤怒(志野の怒り)、我的弟弟是名偵探(ボクの弟は名探偵)、環形犯罪(環状犯罪)の6篇が収録された短編集だ。
適当にいくつかを紹介。
「推理作家の信条」……文章は良いがトリックが弱い「施祥」は、文章がダメだがトリックは抜群の「柯布」と知り合い、「柯施」というコンビ作家を結成して一躍売れっ子になる。だが突然柯布からコンビ解消を告げられた施祥は柯布を殺す。作家から殺人犯になってしまった施祥は警察の目を欺く偽装工作をするが…
「志野の怒り」……中学生の志野と肖黙の友情を描いた一作。学校で立て続けに起こる小動物虐殺事件の犯人にさせられた志野は肖黙の助けを借りて「真犯人」を見つける。二人の友情が本物であることを確信した志野だったが、肖黙の真意に気付き、ある決断を下す。
「環状犯罪」……家庭用ロボットの「私」はある朝、その家の一人娘・小暢の死体を発見する。犯人を特定し、自分が小暢を殺したと結論づけた私はアリバイ工作をする中で今度は小暢の母親の死体を発見する。
個人的に好きなのはロボット三原則という手垢のついた物を敢えて使用して、人間の死体にご飯詰めたり、バラバラにしたりして無慈悲なアリバイ工作をする「環状犯罪」だ。王稼駿は以前も『阿爾法的迷宫(アルファの迷宮)』や『温柔在窓辺綻放(優しさは窓辺で花開く)』で、近未来を舞台にしたSF的な小説を書いたことがある。とは言え、その組み合わせは決して効果的ではなく、読んでいてよく分からなかったり、使いこなせていない感があったりした。むしろ、バカバカしい大学生活の中で起こる凶悪事件を偶然調査することになった青春ミステリ『明暗線』の方が、物語単体としては面白かった。
自分が思うに、王稼駿は新星出版社の他のミステリ小説家(陸秋槎や時晨ら)とは性質が異なっており、トリックよりも文章力をもっとメインに押し出し、犯罪者の心理描写をより詳細にした長編を書くべきだろう。今の新星出版社がその分野の開拓を進めるかは疑問だが、王稼駿はまさに「推理作家の信条」に登場した施祥のようで、トリックを考えること、もっと言えばトリックを活かす作品を書くのは苦手だと思われる。それならいっそ、より登場人物の心情や中国社会の実情を掘り下げた重厚な物語を書いて、「一番感動するストーリーを書く中国ミステリ小説家」を目指すべきだ。
中国ミステリで密室物の短編を得意としていた「鶏丁」が別のペンネーム(本名?)を使って書いた長編密室ミステリ。天才漫画家探偵の安縝が活躍するシリーズ第1作目である。
上海郊外の湖・胎湖のほとりに佇む陸一家の屋敷で密室殺人事件が発生する。大雨で数日間水没していた地下の保存室で死体が発見されたが、保存室の中は乾いており誰かが外から侵入した形跡はなかった。続いて、ドアの外で人が張り付いているのに密室となった室内で殺人事件が起こる。殺害現場には嬰児のへその緒と釘が残されていた。探偵の安縝は屋敷の一室を間借りしている声優の鐘可に自身の漫画が原作のアニメの声優になってもらおうと、彼女を助けるために今度の事件に介入する。
個人的に、大掛かりだったり、そのためだけに造られたかのような場所で行われたりする密室トリックは読んでいて理解できないことも多くてあまり好きじゃないのだが、本作では盲点を使ったその場しのぎの簡単で大胆な密室トリックが登場する。
嬰児のへその緒と釘の謎も、前時代的な迷信と結びついていて如何にも本格ミステリの様相を呈し、しかも事件の真相の更に真相も用意されていて、200ページ余りの長編に読者が楽しめる多くの要素が含まれている。中国のSNSサイト豆瓣でも高い評価を得ており、今年を代表する中国ミステリになるかもしれない。
実はこの本もシリーズ物で、安シンと因縁のある凶悪犯罪者が登場する。と言っても本作ではその黒幕の存在がほのめかされたぐらいで、本編の事件との直接的な関係が描写されなかったので、黒幕放って置いて次作に続くのかよという不徹底さは感じられなかった。
中国ミステリの一部では以前からシリーズ物をつくり、1作目で黒幕の存在を出しておいてそれを頼りに2冊、3冊と出版する手法が取られているが、そうすれば本が売れるというわけではなく、売れないシリーズは完結が先延ばしになったり未完のまま終わったりするらしい。しかし今まで読んできて、シリーズ物で成功しそうな中国ミステリは非常に少ないので、作家の方もシリーズ物を書こうとせず、1冊完結の長編を書いていってもらいたい。
自殺した同級生の日記を謎を追う中編『桜草忌』と、前作『当且僅当雪是白的』の前日譚の短編『天空放晴処』の2編が収録されている。表紙は前作同様、日本人イラストレーター中村至宏の手によるものだ。
イヤミス(後味が悪いミステリ)ということだが、思えば前作も前前作『元年春之祭』もトリックよりも動機のインパクトの方が強く、気持ちの良い読後感ではなかった気がする。
突然自殺した林遠江の唯一の友達だった葉荻は、林遠江が嫌っていた彼女の母親に招かれ、林遠江がつけていた日記を読ませてもらう。そこには自分と林遠江の学内外の交流の数々が記録されていたが、自殺前日の日記には葉荻から投げ掛けられたひどい言葉のせいで自殺を選んだ遺書が書いてあった。だが葉荻は自殺前日に林遠江と話したことも会ったこともない。
自分のせいで自殺したという嘘を書かれたことで、林遠江の母親からは命を狙われ、微博(マイクロブログ)に個人情報をさらされ、学校ではイジメられ、徐々に追い詰められていく葉荻は教師の姚と共に林遠江の自殺の真相を探ることに。林遠江は一番仲が良かった葉荻を何故ハメたのか。それとも日記は誰かの捏造なのか。
相変わらず、目的のためには手段を選ばない狂った覚悟を持った少女が登場する。彼女たちは他人の命以上に自分の命を軽んじ、自分の将来や運命に執着しておらず、目的を達成するためならどんな犯罪だってやってみせるというミステリ脳の持ち主である。お前そんなことで人生棒に振って良いのか、ってツッコミたくなるが、すでにそんなことをやっちゃっている彼女たちに対して誰がそう言えるだろうか。追い詰められた少女たちが静かな狂気に駆られ、誰かを振り向かせるためなら他人の命も自分の命も関係ない、という一途な愛憎は彼女たちの幼さによるところが大きいが、彼女たちはその幼さを盾に罪を逃れようとはしない。
小説に出てくるネグレクトもネットリンチもイジメも何もかも他の小説の借り物であり、作者が強調したいものではない。作中でも言われているがそれらはみなよくあることであり、今回の犯行(?)はそのようなありふれた不幸の下にいる少女が取った最後の手段で、その一点において彼女は他より異常だが、自分の行動の結果を見届けられない結果を選んだことから同作者の他作品の少女よりも一段凄みがある。
陸秋槎に関しては、トリックはもちろんだが、それ以上に次はどんな迫力ある少女を生み出してくれるのかが楽しみでしょうがない。
2010年に出版された『鏡殤』の復刻版であり、呼延雲シリーズの第2作目にあたる。当時は記者として医療関係の記事を書いていた呼延雲らしく、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者を登場させており、それが直接トリックには関係していないとしても、呼延雲の作家としての使命感を感じさせる。
仲間との怪談に興じていた小青は自分が創った「鏡の殺人」を披露し、その場にいた樊一帆と楊薇の怒りを買い、その場を離れる。そして、何も話す怪談がない楊薇は代わりとして誰もいないはずの自宅に電話をかけるが、思いもよらずその電話を取る者がいた。慌てて家に帰る楊薇とそれに続く仲間たち。そして、楊薇の部屋に入った仲間が見たのは、死体となった楊薇と粉々に砕けた鏡だった。怪談と一致する現場の状況によって、アリバイのない小青が警察に疑われる。
一方、名探偵の呼延雲は古物商から古代の鏡の捜索を依頼されていた。1枚の鏡が大勢の人間の人生を狂わし、殺人犯の正体を知ってしまった呼延雲は探偵として苦渋の決断を下す。
たった一件の殺人事件で長編1本書き上げるのは作者の筆力ももちろん、シリーズ物特有の個性豊かなキャラクターがいるおかげでストーリーを円滑に進められる。今作ではおそらく初めて「中国四大ミステリ研究会」なる組織の名前が出て、その中の一つ『名茗館』及びそのリーダー愛新覚羅・凝が登場する。
以前も言ったがこの愛新覚羅・凝は人間のクズであり、嫉妬に駆られて催眠術で被疑者を犯罪者に仕立て上げようとするほどだ。本作では名茗館のメンバーも警察に嘘の証言を提出して冤罪事件にまで発展させかけており、本当にろくな奴がいないという印象だ。
警察も警察で、事件を解決してくれる彼らに強く出ることができないという体たらく。事件解決って、コイツラまさか無実の人間を犯人としてでっち上げて成功率上げているんじゃないかと疑ってしまう。
中国の読者から「中二的」と指摘される名茗館などの探偵組織だが、おそらく作者の呼延雲自身も彼らのことが好きではなく、あえて憎まれ役として書いているのだろう。私情で捜査を妨害し、真実を見ようとせず、探偵としての矜持を持たない彼らアマチュア探偵がいるので、完璧な推理能力と冷徹になれない人間らしさを併せ持つ名探偵呼延雲の存在が対照的に輝く。
作者も言っている通り、本作の事件はトリックも犯行に至る経緯も動機も複雑だ。楊薇が殺される動機が最後になるまで分からないし、犯人が何故怪談を模して殺人をしたのかも不明で、事件から犯人のメッセージが何も見当たらない。その途中で小青が逮捕されたり、小青の想い人だったALS患者が遺した高価な鏡の存在が明らかになったり、たった一件の殺人事件をめぐり、それよりもっと緊急を要する事件が立て続けに起こる。殺人事件が本来持つ重量感が極限まで軽くなり、一人の人間の死は単なるきっかけとして処理され、結果として事件の真相は最後まで隠し通され、読者が探偵の「失敗」という結末を受け入れられる下地が完成する。
ALS患者のことを思って書いたという本作は優しさで溢れていた。『真相推理師 復讐』でも思ったが、作者は悪を許さないという純真な気持ちが持つ一方で、悪を討つためなら犯罪も許されるという人間誰しもが持つ矛盾を正直に吐露する人間だ。
無論、復讐は現実では許されていないし、創作でも法律に反する行為をした以上何か罰を受けるべきだろうが、呼延雲はワケありの犯罪者が罰を免れるという結末を書き、彼らを救ってしまう。この辺りが本シリーズの評価が分かれるところだろうが、探偵は警察とは違い犯人を捕まえる必要はなく、ただ真相を解明できればいいのであり、その点で名探偵呼延雲の行動は本シリーズのタイトル名と矛盾しないのである。