2010年に出版された『鏡殤』の復刻版であり、呼延雲シリーズの第2作目にあたる。当時は記者として医療関係の記事を書いていた呼延雲らしく、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者を登場させており、それが直接トリックには関係していないとしても、呼延雲の作家としての使命感を感じさせる。
仲間との怪談に興じていた小青は自分が創った「鏡の殺人」を披露し、その場にいた樊一帆と楊薇の怒りを買い、その場を離れる。そして、何も話す怪談がない楊薇は代わりとして誰もいないはずの自宅に電話をかけるが、思いもよらずその電話を取る者がいた。慌てて家に帰る楊薇とそれに続く仲間たち。そして、楊薇の部屋に入った仲間が見たのは、死体となった楊薇と粉々に砕けた鏡だった。怪談と一致する現場の状況によって、アリバイのない小青が警察に疑われる。
一方、名探偵の呼延雲は古物商から古代の鏡の捜索を依頼されていた。1枚の鏡が大勢の人間の人生を狂わし、殺人犯の正体を知ってしまった呼延雲は探偵として苦渋の決断を下す。
たった一件の殺人事件で長編1本書き上げるのは作者の筆力ももちろん、シリーズ物特有の個性豊かなキャラクターがいるおかげでストーリーを円滑に進められる。今作ではおそらく初めて「中国四大ミステリ研究会」なる組織の名前が出て、その中の一つ『名茗館』及びそのリーダー愛新覚羅・凝が登場する。
以前も言ったがこの愛新覚羅・凝は人間のクズであり、嫉妬に駆られて催眠術で被疑者を犯罪者に仕立て上げようとするほどだ。本作では名茗館のメンバーも警察に嘘の証言を提出して冤罪事件にまで発展させかけており、本当にろくな奴がいないという印象だ。
警察も警察で、事件を解決してくれる彼らに強く出ることができないという体たらく。事件解決って、コイツラまさか無実の人間を犯人としてでっち上げて成功率上げているんじゃないかと疑ってしまう。
中国の読者から「中二的」と指摘される名茗館などの探偵組織だが、おそらく作者の呼延雲自身も彼らのことが好きではなく、あえて憎まれ役として書いているのだろう。私情で捜査を妨害し、真実を見ようとせず、探偵としての矜持を持たない彼らアマチュア探偵がいるので、完璧な推理能力と冷徹になれない人間らしさを併せ持つ名探偵呼延雲の存在が対照的に輝く。
作者も言っている通り、本作の事件はトリックも犯行に至る経緯も動機も複雑だ。楊薇が殺される動機が最後になるまで分からないし、犯人が何故怪談を模して殺人をしたのかも不明で、事件から犯人のメッセージが何も見当たらない。その途中で小青が逮捕されたり、小青の想い人だったALS患者が遺した高価な鏡の存在が明らかになったり、たった一件の殺人事件をめぐり、それよりもっと緊急を要する事件が立て続けに起こる。殺人事件が本来持つ重量感が極限まで軽くなり、一人の人間の死は単なるきっかけとして処理され、結果として事件の真相は最後まで隠し通され、読者が探偵の「失敗」という結末を受け入れられる下地が完成する。
ALS患者のことを思って書いたという本作は優しさで溢れていた。『真相推理師 復讐』でも思ったが、作者は悪を許さないという純真な気持ちが持つ一方で、悪を討つためなら犯罪も許されるという人間誰しもが持つ矛盾を正直に吐露する人間だ。
無論、復讐は現実では許されていないし、創作でも法律に反する行為をした以上何か罰を受けるべきだろうが、呼延雲はワケありの犯罪者が罰を免れるという結末を書き、彼らを救ってしまう。この辺りが本シリーズの評価が分かれるところだろうが、探偵は警察とは違い犯人を捕まえる必要はなく、ただ真相を解明できればいいのであり、その点で名探偵呼延雲の行動は本シリーズのタイトル名と矛盾しないのである。