スラスラ読める内容だったが、思っていたのと違った。瘋人(狂人)が引き起こす突飛な事件を、天才死刑囚が刑務所にいながら解き明かすという短編集で、ミステリーではなくスリラーやサスペンスのジャンル。
事件捜査中に殉職した警察官の陳峰の持ち物の中からノートが見つかる。そこには彼が生前手掛けた数々の難事件の捜査に協力者がいることが述べられていた。その協力者とは、寝ぼけて妻を殺害し、その肉を料理して客人に振る舞っていたとして死刑判決を受けていた羅謙辰。陳峰は精神疾患を抱える狂人たちによる犯行を羅謙辰と共に解決していたのだが、それはこれまで公にされることがなかった。レオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」のような人体を造ろうとした者、海上で消えた500人の乗客の行方、マンションから影も形もなく消えた女など、常人の思考力ではたどり着けない事件の真相が載っている短編集。
一つ一つの怪事件は突飛な発想力の基礎の上にあるので面白いと言えば面白いから、この本を読者が探偵の思考と並行して読み進めていけば真相に辿り着けるミステリー小説だと思い込んでいなければ、もう少し楽しめたかもしれない。登場する事件はどれも複雑怪奇だが、真相はそれ以上にぶっ飛んでいる。海上で500人の乗客が消え、国際的な事件となって羅謙辰に解決が委ねられるも、彼が出した答えというのが、乗客は全員カルト宗教の信者で、全員海に飛び込んで自殺をしたというもの。その発想自体は良いが、なんで当局の誰も乗客がカルト宗教の信者だと調査できなかったのかという当然の疑問が残る。ハンニバル・レクターよろしく事件の一部始終を聞くだけで事件を解決できる死刑囚の羅謙辰の天才(狂人)ぶりを主張させるあまり、他のキャラの知能が低くなっていると言うか、どんだけ常識とかけ離れた真相でも羅謙辰が口にすればそれは真実となる世界改変能力でも持っているんじゃないかと思ってしまった。
しかしこういった安楽椅子探偵の推理って警察(相棒)の捜査能力に依拠しているわけだけど、それできちんと事件を解決できるのは捜査の方向性が正しいという証拠だ。探偵も警察も同レベルの情報を持っていて探偵側しか真相にたどり着けないのであれば、それは思考力の差というより探偵が人外の能力を使ってカンニングしているとしか思えない。
あと狂人描写がなんかおそまつだった。どうせなら巻末に影響を受けた作品一覧を書いてくれた方が評価したかも知れない。
帯で「周浩暉、紫金陳、呼延雲、李異、軒弦、王稼駿」という見知った名前の作家が推薦していたので読んでみたけど、そんなに面白い内容ではなかった。
元警官で現在は探偵をやっている崔寒は元同僚の警官・顧峻峰から事件発生の連絡を受け現場に向かう。タレントがビルから墜落死したという事件だが、現場の状況から他殺と見抜いた崔寒は、建物内に潜んでいた犯人を発見。しかし犯人は、「神から命令された」という言葉を残して自殺してしまう。それから数日後、今度は山で二人連れの男が喧嘩の末にどちらも崖から落ちて死ぬという不可解な事件が起きる。検死の結果、片方から抗うつ剤が検出される。そしてビルの犯人も過去に精神を病んでいたことが明らかに。一連の事件の背後に「神」と呼ばれる人物がいることに気付いた崔寒は警察にはできない独自の調査で真相に近付いていき、そして自分の過去と対峙することになる。
読者が知らない情報が小出しされたり、伏線だと思っていた箇所が無関係だったり、重要だと思っていた謎が大したことなかったり、読み進めるほど読書の熱が冷めていく内容だった。
冒頭のビルの犯人が、タレントをビルに呼んだ手段を「たった三文字見せただけで来てくれた」と思わせぶりに白状しているので、その三文字が物語の根本に関わってくるのかと思うのだが、真犯人によってその三文字とはタレントが過去に起こした事件の被害者の名前にすぎないことが明らかになる。その程度ならビルの犯人の口から直接語らせろよと思うのだが、作者にとっては黒幕に自慢気に喋らせたいことらしい。
真犯人の正体も、作中の崔寒にとっては難敵であり向き合わなければならない相手なのだが、読者にとっては「誰だよコイツ」としか思えない人物で、だったら序盤から妙に崔寒を慕ってウザく絡んでくる新人警官が真犯人の方が読者的には良かった。
更に崔寒の過去に言及されても読者は蚊帳の外だ。警察辞めて探偵になる(この探偵という仕事も、崔寒が普段何をしているのか分からない。まさか警察から捜査協力の報酬をもらっているわけじゃないだろう)ぐらいだから、警官時代に何かあったのだろうとは薄々分かるが、因縁が明かされるだけで具体的に何があったのかは書かれないのだ。
ここでは真犯人が崔寒とどういう関係があるのかまではバラさないが、真犯人が精神科医だというのは言っておきたい。その精神科医が催眠術とか薬物とかで患者たちをコントロールして事件を起こし、崔寒が捜査に介入するのを誘っていたのだ。
先日、周浩暉の『邪悪催眠師』という、タイトルの通り悪い催眠術師が警察官にも催眠術をかけて事件を引き起こすっていう内容の小説を読んだのだが、その作品は10年前の作品だからともかく、この『悪果』は今年のだ。フィクションのハッカーはキーボードガチャガチャ叩くだけでパソコンやネットのことなら何でもできるという陳腐な表現と同様、催眠術や薬物で人間を自由にコントロールできる黒幕書くのはいい加減やめてほしい。洗脳して殺人まで実行させたという事件は現実にもあっただろうが、フィクションにはもう飽きるほど出てしまっている。
漫画『野望の王国』に、ヤクザの事務所にカチコミに行って銃弾も物ともせず命令を忠実に遂行するカルト宗教の狂信者がたくさん出てくるが、このぐらい飛び抜けていたらむしろ笑える。
もう続編の出版が決まっているようで、崔寒の過去を曖昧にしたのもそれを見越してのことかと容易に想像がつく。しかしレビューサイトでもあまり反響がないのに(レビューはみな高得点)もう2巻目とは、多分本当の目的は映像化なんだろうな。確かにドラマで見たら、次から次に知らない新情報や人物が出てきてもそれほど不自然じゃないかもしれない。
これまで『鐘塔殺人事件』や『日月星殺人事件』など館ミステリーを発表してきた青稞の新作。これも三友館という館を舞台にしたミステリーなのだが、上述の作品が新星出版社から出たのに対し、本作は人民文学出版社から出ている。しかしタイトルに「殺人事件」と書いていないのは、検閲のせいでそういうタイトルに出来なかったというわけではなく、館要素が薄いせいだろう。ちなみにこの本、中国のレビューサイトで評価はあまり高くない。あとここでは多少のネタバリをしている。
大学のミステリー研究会の大会で優勝した大学1年生の江城と蘇小玲は、賞品としてミス研OBが集まるパーティに招かれる。だが2人を含む6人の参加者は車で向かっている途中で記憶が飛び、気が付けばパーティ会場である三友館にいた。館の外は吹雪、携帯電話など全ての電子機器がなくなっており、事前に館に着いていたOBで、このパーティの発起人でもある有名ミステリー小説家の江木を入れた7人は館に閉じ込められることになる。郝群の部屋の浴室が血まみれの状態で見つかったが、7人の中で怪我をしている者はいない。その日からメンバーが1人ずつ謎の失踪を遂げ、蘇小玲は人を食らって人に化ける「食人魔」が館内にいると確信する。
本書の帯に「設定系推理」と書かれている。聞き慣れない言葉だったが、中国のミステリー小説読者にとっては初耳ではなく、日本語にすると「特殊設定ミステリー」となる。ミステリーの世界に超能力や透明人間など、現実には存在しない要素を取り入れている作品を表すジャンルのようだ。
本書では、作品の登場人物・江木の著書『溯洄』に登場する「食人魔」(食人鬼)の存在がほのめかされる。外に出たら寒さで死ぬし他に行くところがないという館内で毎晩1人が行方不明になるという状況に、本作の探偵役・蘇小玲は、行方不明者が見つからないのは「食人魔」が食べているからで、犯人が見つからないのは「食人魔」が館内の誰かに化けているからだという推理を展開する。助手役の江城をはじめ、その突飛な結論をみんな最初は信じられなかったが、行方不明者が増えるにつれて超常現象的な「何か」を信じざるを得なくなっていく。
作中で蘇小玲が指摘している通り、犯人が「食人魔」であることはとっくに分かっているが、犠牲者が誰かということは、その人物が、正確に言うと犠牲者に化けた「食人魔」が次の獲物を見つけるまで分からない。例えば、Aの行方不明が確認された日に「食人魔」はもうBに成り代わっていて、実はAの他にBもすでに犠牲になっているのだが、それが分かるのは翌日だということだ。
そのように対策面で後手に回るしかない「食人魔」に対し、蘇小玲が江城を引っ張って行方不明者の部屋などを調べて徐々に真相に近付いていくわけだが、読者からすると、本当に「食人魔」がいるのかが気になるところだ。人間が突然消えてしまう状況に合理的な説明が付けられないが、蘇小玲によるミスリードという疑念も常にある。
面白いのは、登場人物たちは異常な環境に置かれているというのに、日常的な行動をよく取ることだ。そもそも全員気付いたら館にいたという始まりがすでに異常なのだが、外部との連絡手段もないためか全員ジタバタしない。また、パーティの主催者である江木に話を聞こうと提案するが、執筆中は機嫌が悪いから邪魔できないという理由で結局話を聞くチャンスを失う。また行方不明者に対する蘇小玲の推理も、「日常」を基礎にしている。行方不明者の愛用品がそのまま部屋に残されているのを見て、「あの人がこれを放ったらかしにするのはおかしい」と指摘し、そこから推理を展開するシーンがあるが、人が毎晩消失している異常な環境で、普段と異なる行動を取ることが果たしてどれほど悪いことなのだろうか。
非日常に放り込まれたというのに、みな妙に冷静というか日常的な習慣を守っているのが滑稽なのだが、なぜみな日常的な習慣を残しながら突如として消えていくのかという謎が衝撃の事実とともにラストで明かされる。そしてそれこそが、本書の低評価を招いた原因だ。
実は館内に閉じ込められた7人が置かれている状況自体が、ありがちな「雪の山荘」などとシチュエーションを全く異にする「特殊設定」であったのだ。彼女らは「食人魔」という見えな敵よりもっと根本的にやばい状況にあり、それを誰も理解していなかったのだ。そして解決パートでは三友館で過去に起きた殺人事件の謎も明らかになり、ようやく館要素が出てくる。しかし実は彼女らが今生きている世界こそが「特殊設定」だったというオチに納得できなかった読者は多かったみたいで、本作の評価は低い。自分も5点中2点という低評価を下したんだが、ここまで書いてそこまで悪くなかったなと思い始めてきた。蘇小玲の推理を通して、日常から無理やり引き剥がされた被害者の悲しみや未練がうまく表現できていたと思う。
とはいえ、もし真犯人が指摘された通りであれば、消去法でバレてしまうのだから全然利口な犯人ではないと思うのだが……あと、館の構造を利用したトリックは実際の図を全然イメージできなかった。
SFミステリーという触れ込みの短編集だったが、どの作品も冒頭や展開はSF小説のように現実離れしているが、実はどの謎も論理で解決できるという内容で、これをSFミステリーの括りに入れるのは違う気がする。そういう期待はずれを味わったものの、作品自体はどれも面白かった。
誰もいないはずの島で見つかった「4日後」の新聞通りに1人ずつ殺されていく『未来の島』。他人が経験したことを自分の体験のように覚えている女性の、幼少時と大学時代の思い出に迫る『魂交換体験』。ある女子学生が何者かに殺される1日を繰り返すという内容の物語をめぐり、学生たちがその犯人、そして女子学生の秘密を討論する『繰り返し続ける1日』。ある田舎で起きたUFO発見事件と、過去から来たと主張する女性の接点を探る『過去から来た人と消えたUFO』。2030年の未来、人間そっくりのロボットの実験として、人間に紛れたロボットを見つける「人狼ゲーム」を行う中で殺人事件が起きてしまう『探偵テーブルゲーム会議』。人狼ゲーム参加者たちの素性が明らかになる『演技者ゲーム』。
物語は舞台もスタイルも違うのでそれぞれ独立した内容のように読めるが、探偵役として登場する方原によって作品がリンクしており、表題作の『演技者ゲーム』はその彼を巡る話となっている。ここでは全部の話の紹介はしないが、6作品のうちで自分が一番面白いと感じ、また中国のレビューサイトでも評価が高いのは『繰り返し続ける1日』だ。
女子学生が今どき珍しい目覚まし時計で起きる朝から始まる1日の物語。彼女は起きてから友達と学食で飯を食い、彼氏と別れ話をし、それから何者かに殺されるという1日を何度も繰り返す。運命から逃れるために行動を変えてみるが、それでも殺される運命から逃れられない。
本書3作目にしてとうとうSFというか「少し不思議な話」になるかと思ったら、それは作中人物の創作話であり、本題は彼女を殺したのは誰かを話し合うということ。学生たちが動機や見えない犯人について語る中、方原は話の中で浮かぶ彼女自身の変わった点に注目。彼女の「正体」の隠し方や判明する指摘がとても上手な叙述トリックで、読んでからしばらくは「どっかの海外作品のオマージュなんじゃないか」と失礼な疑いを抱いてしまった。
以下ネタバレ。
「中国密室之王」と呼ばれる(これ最初に言い出したの誰だ?)孫沁文(またの名を鶏丁)が放つ日常ミステリ短編集『写字楼的奇想日誌』(オフィスビルの奇妙な日誌)。オフィスビルで次々と起こるよく分からない現象をパソコンオタクが解き明かす。
あるアプリ開発会社に採用された「俺」は、オフィスビルの2222室でたった一人で働く。そのビルの受付をする黄小玲と仲良くなり、「沈先生」というあだ名を付けられ、ある事件で彼女にかけられた疑惑を晴らしてから、オフィスビルで起こる様々な出来事の推理をすることに。牛乳を買い占める現場作業員、室内で傘を差す男、エレベーターにしゃがんで入って消えた男……日常で見掛ける不可解なワンシーンから謎の気配を察知し、小規模な謎を解決する。
社員が自分一人しかいない会社に就職するという導入なので、てっきりその会社で意味が分からない仕事をやらされて犯罪に巻き込まれるのかと思いきや、会社自体はとてもまっとうで、ビル内の他のオフィスが主な舞台だ。小さな事件や嫌がらせなどに時には巻き込まれ、時には首を突っ込み、わずかな手掛かりから推理を組み立てていくのだが、目撃したら必ず違和感を覚えるだろうワンシーンと、それから生じた実際の「犯行」内容とのギャップが面白い。逆に言うと、牛乳買い占めや室内での傘差しが誰にも見られなければ、単なるちっぽけな偽造事件や窃盗事件行で終わってしまう。日常ミステリとは、大したことのないトリックに華を添えるために話の冒頭、起承転結の「起」の部分を特に工夫する必要があるのかもしれない。
「俺」と黄小玲はよく事件に巻き込まれるし、性格の悪い女性たちによく絡まれる。オフィスビルで次々と変な事件が起きる理由は、ミステリー作品によくあるご都合主義で、ヒステリックな女性陣は造型の浅いステレオタイプのキャラだろうとばかり思っていたが、その評価はラストで一変する。
ラストは短編集によくある、これまでの話のまとめでもあり、黄小玲を中心にして過去の話の様々な要素が伏線となって現れる。ここでようやく、オフィスビルが日常ミステリの舞台になれた原因や、女性たちの不機嫌な理由が各人物の感情面から明らかになる。物語を形成している根本的な要素の解明と向き合っており、日常の謎にも首謀者がおり、動機は根深く複雑であることを書いている。