7年前に裁判官の父親を殺された大学生の柏皓霖はある日瀕死の私立探偵から父親の死には警察上層部が絡んでいることを告げられる。卒論のためと偽り警察署に進入した柏は新人警官何文澤を味方に付け事件の究明に乗り出す。その最中、二人が捕まえた連続児童失踪事件の犯人李望龍は市長の息子という立場と腐敗した警察組織を利用し、連続児童殺人犯にもかかわらず無罪放免となる。李の再犯を恐れた何は単独で調査を進めるが、彼の行動を疎ましく思っていた上司で柏の父親の事件に関与している彭涛に殺される。
『法の正義』を信じていた柏は警察に絶望し、父親と何と殺された子供たちのために復讐鬼になることを誓う。
話の構成は前半の復讐編と後半の成長編に分れる。これが前半だけで終結していれば本当に面白い小説になっただろう。
この作品は柏が天才であることが惜しみなく描かれる。彼は心理学を駆使して百発百中のプロファイリングを披露し犯罪を次々と暴き署内の信頼を得て、彭を始末するために心理療法士を装って彭の妻に取り入り彼女をコントロールする。
デスノートのライトばりに人心を掌握する柏には主人公補正かかりすぎだろ、とげんなりしてしまうが、いくら脇道とは言え今時プロファイリング(しかもまだ大学生の素人)で犯罪を解決してしまう作者の姿勢には正直どうかと思う。容疑者の表情を見るだけで有罪か無罪かわかる柏の力は心理学ではなく超能力の範疇に入る。そしてそんな素人の意見に反対もせず『グッドアイディア!!』と褒め讃える警察も正直どうかと思う。
この作品の肝は何警官を失った柏が単独で彭を殺すシーンに尽きる。彭の妻に狂言誘拐を唆し、彭に子供を李望龍に誘拐されて殺されたように思わせ李を殺害させる。そして彭の妻に夫との心中を進めガス爆発を起こさせる手管は見事と言って良い。
しかしその後、柏のモリアーティ的な手法は続かない。父親の復讐も終わった後半の柏は、百数十人の人間を殺して誰にも発覚されていない本物の殺人鬼を追う警察官的役割を割り振られるからだ。
個人的には前半戦だけで終わるか、一貫して復讐することだけにページを割いて欲しかっ
た。
何文澤を殺されてから彭涛と李望龍をはめるシーンには興奮させられたので、The Sound of Silenceが好きな作者にはこれからも主人公が暗躍する小説を書いてほしい。
謎の服毒自殺を遂げた有名女優白麗沙の葬儀に参列した主人公のフリーライター莫蘭(女性)はその席で弔辞を述べる麗沙の弟までもが突然の毒死に襲われたところを目の当たりにする。
莫蘭の恋人であり彼女に十数年思いを寄せる刑事高克は事件の背後関係を探ると、亡くなった白麗沙の周りで不可解な事件が多発していたことを突き止め、莫蘭とともに事件の謎を解明しようと奔走するが、彼らの周りでは次々と厄介事が発生しなかなか真相まで辿り着けない。
上記の「なかなか真相まで辿り着けない」ってところは粗筋というよりボクの感想です。
いや本当、ひと言で言い表せば
人間関係ウザ過ぎ!!
莫蘭と高克は付き合っているのだが彼ら二人にもただならぬ因縁があり、まず莫蘭は以前別の男と結婚をしていたがある女により仲を引き裂かれて離婚の憂き目に遭う。その女は高克の実の妹の高潔であり、現在は莫蘭の元旦那と結婚をしている。高克は莫蘭と真剣な付き合いをするために唯一の肉親である高潔と勘当しようとする。だがそれに心を乱された高潔は兄を散々責め、莫蘭を悪し様に罵倒し、ついには親が兄妹に遺してくれた実家を勝手に売り払ってしまう。
高克の職場環境もこじれており、警察の上司鄭恒松は白麗沙の友人と以前関係を持っていて、その友人が殺害されて一転殺人事件の嫌疑者になってしまう。彼の妹で同じ刑事の鄭氷は高克に恋をして高潔と手を組み莫蘭を出し抜こうと動き、高克にストーカー的な求婚を仕掛ける。
また莫蘭のイトコの喬納も同じ職場で働いており、過去の邂逅がもとで鄭恒松に惚れられ辟易する。更に部下である女刑事が実は白麗沙の私生児と同級生であり過去に事件に巻き込まれていたという事実まで発覚する。
作品内では目眩のするような濃厚な男女関係と切っても切れない肉親との絆のわざとらしいほどに強調されている。確かにミステリの根幹を作っているのは登場人物が意図せず紡ぎ上げた人間関係であるのだが、このクドさを抜けばこの作品は短編小説に生まれ変われる。
Twitterの裏技サイトにアクセスできなくなり、北京でのTwitter生活一時停止。また新しいサイトを探し出すのが面倒くさい。
そして歳月・推理8月号読了
巻頭カラー特集は『輝ける血に塗れたミステリの新星たち』
新星と書いているが紹介されている小説家はみな有名どころばかり。名は知られているが食わず嫌いされてしまう作家と作品を挙げている。米澤穂信、湊かなえ、三津田信三、恩田陸、伊坂幸太郎、平山夢明などが出ているが特に大した共通点はない。
今回掲載されていた中国人作家の作品は5作品。そのうち読んだ2作品をここで紹介する。
第1回島田荘司大賞を受賞した今作。叙述トリックはなしじゃないかと思ったが、事件と直接的な関係がないので責めるべきことではない。むしろこの叙述トリックが事件の真相をより悲しく美しいものにするので、引っ掛かったことに作者に感謝したい。
複雑な謎の背景に隠された美しい真実と安直すぎる事件の真相ニラストは衝撃を受けること間違いなし。事件そのものは肩透かしを食らうほど簡単で、もしもこれと同様のトリック(?)を使った短編小説があれば落選確実だろう。しかし真相に至るまでの過程が繊細な筆致で描かれ、なおかつ事件ではなく脇のストーリーに叙述トリックを仕掛け感動を煽る。
現在と過去の物語を二重写しにし、犯人捜しがテーマのはずの小説にもう一つ別の謎を盛り込む手法は見慣れていると言えば言い方は厳しいが、現代風の本格ミステリらしい巧いまとめ方だった。