第1回島田荘司大賞を受賞した今作。叙述トリックはなしじゃないかと思ったが、事件と直接的な関係がないので責めるべきことではない。むしろこの叙述トリックが事件の真相をより悲しく美しいものにするので、引っ掛かったことに作者に感謝したい。
複雑な謎の背景に隠された美しい真実と安直すぎる事件の真相ニラストは衝撃を受けること間違いなし。事件そのものは肩透かしを食らうほど簡単で、もしもこれと同様のトリック(?)を使った短編小説があれば落選確実だろう。しかし真相に至るまでの過程が繊細な筆致で描かれ、なおかつ事件ではなく脇のストーリーに叙述トリックを仕掛け感動を煽る。
現在と過去の物語を二重写しにし、犯人捜しがテーマのはずの小説にもう一つ別の謎を盛り込む手法は見慣れていると言えば言い方は厳しいが、現代風の本格ミステリらしい巧いまとめ方だった。
ヴァーチャルリアリティ技術が発展した近未来。仮想現実空間に作られた街で死体があがり、現実世界で実際にプレイヤーが死んでいる。事故の線が消え、他殺が濃厚になる状況でいったい誰がなんのために彼を殺したのか、そして何故彼が殺されなければならなかったのか。現在と過去の異なる視点で物語は進み、遂に事件は一本の糸へ繋がることになる。
仮想現実空間を扱うミステリだと、つい岡嶋二人の『クラインの壺』や小林泰三の『目を擦る女』のように現実と仮想が徐々に侵食しあう展開を想像しがちだが、この作品に出て来る人物はみなSFホラーの世界には陥らない。一人仮想現実のために現実世界を犠牲にする人物が現われるが、彼も分別を持って仮想現実に接している。
奇を衒ったミステリではなく、あくまで一つの材料として仮想現実を扱う推理小説。もうしばらくすると日本語訳の本が出るだろう。そのときどういう評価が下されるのかが楽しみだ。
ちなみにこの小説、ヴァーチャルリアリティ装置の引き合いにセガサターンのギャルゲーを出したり、ラブプラスみたいなことをやっていたりあまり突飛ではないSF(すこしふしぎ)な話が要所に散りばめられている。
オチをばらせば、現実世界には存在しないノンプレイヤーキャラクター(NPC)がプレイヤーキャラクター(PC)を過失で殺してしまったことから事件が起こるわけだが、こういう構造が起きるのはネットゲームが発達しプレイヤーキラー(PK)なんかがよくあるゲームに馴染んだ中国人ならではだろうか。
バカミスに分類されそうな真相を感動話と叙述トリックでその臭いを見事隠した本作がいつか日本語に翻訳されるのだろうか。今度は日本語で読んでみたい。
だが本作が大賞を受賞して中国のミステリ界のレベル上げに繋がるかどうかは疑わしい。作者は台湾の人間であるし、結局大陸のミステリの地位は相変わらず低いままだ。一日も早く大陸から驚異の新人が出現することを祈る。