最後的推理 馬若水
ラスト十数ページでサイコホラーに変わるミステリ小説…というかサスペンス小説。タイトルに「推理」と書いてあり作中で登場人物が「推理」を披露するものの本書はミステリ小説のジャンルではないと思われる。
結婚相談所で働く司徒甜は親身になる性格が災いしそこの会員である数学教師の木村(Mu cun 中国人)に勘違いされて言い寄られる。ある晩、司徒甜の前に木村が結婚指輪を持って現れ、身の危険を感じた司徒甜が人を呼んだため、木村は警察に捕まり、近辺によく出没する変質者と間違えられた結果教師を辞め、結婚相談所も退会する。木村の結末に責任を感じていた司徒甜は後日本物の変質者に遭い、警察に木村の無実を訴えるものの後の祭り。しかし、またもや変質者に遭遇した司徒甜は友人沙悦の彼氏である警察官陳健に助けられるが、追跡する陳健が見たものは変質者ではなく死体だった。
それからしばらくし、死体発見場所の近くである動物園で偶然再会を果たした司徒甜と木村はこの死体遺棄事件の謎を追うことになる。
本書は『春天的邂逅』(春の邂逅)、『夏天的推理』(夏の推理)、『秋天的悪夢』(秋の悪夢)、『冬天的童話』(冬の童話)の4章からなり、第1章『春天的邂逅』では女慣れしていない木村のストーカー資質と言動の痛々しさに悶える内容になっているが、好きだった女性に拒絶されて、変質者に間違えられて捕まり、更に教師の職を辞したことがショック療法になったのだろうか、第2章から木村は突如覚醒したかのように司徒甜に対し気軽に話しかけ、これが俺の本分なんだと言わんばかりに警察以上の推理能力を発揮して司徒甜を感心させ、徐々に彼女の心すらも惹きつけていく。
しかし、警察すらも舌を巻く木村の推理も実際に司徒甜が事実を確認すると間違っていることが多々あり、やはり素人の推理はそんなものかと読者は思わせられるがラスト十数ページで木村が推理をしていた真の目的が明らかになる。
推理をする者にとって、その目的はもちろん事件を解決するため、犯人を捕まえるため、真実に近づくため、など『謎』を起点に行動しているが木村の動機は全く違ったのである。
当初は全く意味がわからなかった死体遺棄事件は謎が解かれるにつれて魅力が衰え事件のスケールも小さくなり、真相が明らかになる頃には読者は事件に振り回された徒労感に襲われるが、読者に失意を抱かせるこの物語は全てラスト十数ページのために構成されたと言っていい。ホラーとしては間違いなく良書だ。
この内、下記の3作品が最終候補作品に選ばれました。
薛西斯(台) /『H.A.』
提子墨(台) /『熱層之密室』(熱層の密室)
雷鈞(大) /『黃』(黄色)
常連の王稼駿は今回も最終候補まで残れませんでした。1回目は規定違反だったので仕方ないですが、それから今回を入れて全てに入選している彼の作品の一体何が受賞に届かないのか今度調べてみるのも面白そうですね。
第4回カヴァラン 島田荘司推理小説賞大賞受賞作の発表は2015年の9月です。島田荘司先生のマイクロブログによると最終候補に残った3作品とも出版されるそうですが、おそらく繁体字版のみでしょう。簡体字版と日本語版は発売されるのでしょうか。
なんというか、この賞で盛り上がっているのは台湾と日本だけで大陸側がないがしろにされている感じがするのですが、ここは雷鈞に中国大陸出身者初の受賞をしてもらって、大陸の有志による簡体字版出版がなされれば状況も変わったりするのでしょうかね。
『中国の東野圭吾』こと周浩暉の誇る『羅飛刑事シリーズ』の第四弾。
この本、新刊だと思いきや2009年に出版された同名小説がネット映画化を機に2014年に再出版されたものらしい。しかし本書のどこにもそんなことは書いていない。この点も含めて、中国のミステリ小説の単行本は収録作品が何年のどの雑誌に掲載していたかなど書いていないことが多いので、こういう不親切が今後なくなっていってほしいものだ。
舞台は2002年の上海。ベテラン刑事の鄭は18年前に起こった公安副長及び警察学校生徒爆殺事件の手がかりをいまだに探しており、事件の唯一の目撃者であり自身も爆発で重傷を負った黄少平から聞き込みを続けていた。だが鄭はある日自宅で何者かに殺されてしまう。通報者は別の管轄を担当する公安刑事の羅飛であった。実は18年前に爆死した2名の生徒とは羅飛の親友と恋人であり、彼も事件の謎を明かすために単独で現地入りしていたのだ。
18年前の事件と今回の事件がEUMENIDESを名乗る同一犯の犯行によるものとされ、公安では新たに捜査チームが設けられた。爆発物のプロの熊原、インターネットの専門家の曾日華、美貌の心理学者の慕剣雲、そして羅飛がメンバーに加えられるが、EUMENIDESの大胆な犯行により、殺人予告状(死亡通知単)が来て万全の警備が敷かれているというのに悉く裏をかかれてしまう。更に現場から離れて捜査を進める羅飛と穆剣雲は黄少平から18年前の事件のとんでもない真実を告げられる。
この『死亡通知単』シリーズは現在3作目まで出ており、第1作目の本書ではEUMENIDESの正体は一切明かされない。ラストでの彼の独白からわかることは、過去に『先生』と呼ばれる人物から殺人術を学び、法に代わって罪人に制裁を行うのが生きる目的になっている知能犯ということぐらいだ。
中国サスペンスにおいて滅私奉公型の知能犯は珍しくないが、本書のような悪人のみを狙った犯罪者には物語の外にある現実世界の障害が立ちはだかるのではないかと危惧してしまう。
本書では殺人犯、ひき逃げ犯、レイプ魔などがEUMENIDESの手にかかり、最終的に『市長』のあだ名を持つマフィアのボスまでも制裁を受ける。裕福で政府にコネのある者も制裁の対象になる本書には現実社会に対する批判も含まれているのだが、中国の現在を反映させるのならばやはり共産党の腐敗分子にまで被害が及ぶのが当然ではないか。
しかしそんな話は書けるわけがない。読者も作者にそこまで望まないが、物語の中にはこれまで何十人もの罪人を殺した頭のネジの外れた犯罪者が存在するのだから、彼が腐敗分子を狙わない理由を説明することは作者の義務ではないだろうか。さもなければ『悪人皆殺し』を生業にするこのキャラクターの存在が矛盾してしまう。
本書のサスペンス部分に目を向けると、犯人がどうやって犯行を行ったか?と犯行後に頭を捻って考える必要はなく、どの犯行も非常にわかりやすく、また唸るような合理的な手法が用いられる。厳重な警備の中を犯人がどうやって犯行に及ぶのかに注目する読者の視線は事件の推移を見守る警察ではなく野次馬と同様である。
犯行の性質上、EUMENIDESはダークヒーローになれそうだが、読者が本当に望んでいる相手を対象にすることができないため、中国サスペンスで魅力的な犯人を描くことはまだ難しそうだ。
積まれた本の山から適当に取って暇潰しに読んでみたんだけど意外と面白くてビックリした。
この作者の過去の出版作品では中国のミステリ小説によくありがちな著名な作家の名前を勝手に使った推薦文を掲載し読者の目を引く手法を採用していたので、要するにその程度の作品しか書けないのだろうと高をくくっていたのだがそれは全くの誤解だったようだ。
実は以前推薦文詐欺(以下このように呼ぶ)をした本の作家と話をする機会があったのだが、彼が言うには自分自身も知らなかったらしい。彼の言い分を信じれば、出版社側が作家の許可を得ず勝手にしたことだそうだ。確かに、普通の作家ならば著名な作家の名前を借りて読者を騙すようなことはしないだろう。
だから以前の本の推薦文詐欺も徐然が関与していないことを信じたい。ちなみに本書では上記のような推薦文詐欺は一切ない。
伊南と伊洛の姉妹は父親に見捨てられ貧窮に喘ぎ、狂った母親からは教育という名前の虐待を受け、父親の再婚相手(継母)から嫌がらせを受ける要するに不幸な少女だった。母の死により生活はますます困窮を極めるが、父親と再婚相手が何者かに殺されたことにより転機が訪れる。父親の巨額の遺産を相続できる身分となった姉妹の周りにはそれを狙う継母の両親から姉妹を守るために警察官や弁護士など味方が現れる。頼りになる大人の庇護下に置かれた姉妹は久しぶりの幸せを味わうが、殺人事件を担当し姉妹のどちらかが父親殺しの犯人だと推理する刑事の喬安南により事件に関する姉妹の嘘が徐々に暴かれていく。果たして姉妹は守られるべき無垢な少女なのか、それとも残忍な悪魔なのか。
本作の見どころはなんといっても最低な大人たちがどれほど健気な姉妹を傷つけ、彼女たちがそれにどう耐えるのかである。回想で彼女らが虐待や嫌がらせを受けるほどに、姉妹の庇護者と同様に読者も彼女らが遺産の後継者になってほしいと願うが、中盤以降姉妹が単なる弱者ではないと思われる事実が続々と表れる。確かに姉妹は大人たちの犠牲になった可哀想な被害者なのだが、その頭には悪魔的な算段が渦巻いておりまるで不良行為を隠すかのように大人たちの目を欺く。
狡知に長けた子供たちが大人を欺く中国ミステリには紫金陳の『壊小孩』があるが、その本では予め子供が犯人であると明示されている一方、本書では最後まで疑わしいというレベルに留まる。彼女らが本来被っていた無垢なベールを一枚ずつ剥がしていく描写力に作家の高い筆力を感じさせる。
さて、この本には不幸な姉妹が登場するが百合描写は一切ない。それどころか母親の生前は虐待被害を如何にして相手に与えるのかお互い考えているような仲なので、一般的な姉妹愛というものは皆無と言っていい。そのような二人なのだから協力関係など結べそうにないが、事件の進展により単独犯ではなく共犯の可能性が徐々に明らかになる。彼女らは決して苦境の中でなんの役にも立たなかった姉妹愛などを信じておらず、強い利害関係によって結びついているのである。
ちなみに犯罪のトリックは現代のミステリ小説ではあり得ないほど簡単であり、稚気に富んだイタズラレベルの犯行は見ようによっては微笑ましい。ただ本の粗筋に「二人には完璧なアリバイがある」と書いてあるが、警察が何故アリバイをさっさと調べられなかったのかが疑問である。これは周りの大人から邪険にされ無視されて、誰にも顧みられなかった少女たちだからこそできたアリバイトリックなのだろう。それが優しい大人たちの登場によって崩されるのが本書の妙である。
中国の小説評論家・華斯比(Huasibi)氏が2014年度の中国サスペンス小説のTOP10を発表していました。目を通してみると私がチェックしていない作品ばかりだったので、この場を借りて華斯比氏のお眼鏡に適った作品を彼の書評とともに紹介してみます。
尚、このランキングはあくまでも華斯比氏が独自に決めた順位であり、何ら公式的な意味はありません。また、各作品の和訳タイトルは全て私が勝手に付けた仮訳です。
第10位 『被●走的秘密』
(●は諭の部首を人編にした漢字)
「盗まれた秘密」 著:鬼馬星 上海人民出版社
鬼馬星『民国秘事』シリーズの第一部であり、中華民国時代を舞台にした長編サスペンスミステリ小説。
このような「民国ホームドラマ」的なサスペンス小説は少なくないし、「事情聴取式ミステリ」のような暗い話は読むのが嫌になるが、作者はキャラクター造形と感情の表現に工夫を凝らしていて、「事情聴取式ミステリ」でアリバイや交友関係を尋ねた時に付いてくる重苦しい叙述を緩和している。
第9位 『焚心祭』
「焚心祭」 著:鬼古女 上海人民出版社
作者の『罪ファイル』シリーズの4作目であり、前作3作と違って章が分かれておらずストーリーがテンポ良く進展し、純サスペンス的な作風でこれまでにあったホラー的な作風とは異なっている。伏線が多く社会派的な観点がある。だがミステリ面が素晴らしいと思っていたのに、結局は『大勢が口裏を合わせて嘘を吐いている』というよくある手を使っていたのが残念だった。(ネタバレだな!)
第8位 『桐花中路私立協済医院怪談』
「桐花中路私立協経病院の怪談」 著:南瓊 上海人民出版社
『奇幻・懸疑世界』で大々的に連載されていた作品だった。腐向けで女の子に絶大な人気があった。だけど連載版の責任編集者である私(阿井注:華斯比)と単行本の責任編集者が『懸疑世界』から去ってから長い時間が経ってようやく出版できた。
第7位 『邪悪催眠師2:七個離奇的催眠殺局』
「邪悪催眠術師2 7つの奇妙な催眠殺人事件」 著:周浩暉 海峡書局
2014年6月に『邪悪催眠師2』(原題『心穴2』)を読んだ時にとってもタイムリーだなと思った。イヌ好きが引き起こす連続殺人事件で、羅飛(阿井注:シリーズの主人公である刑事)版の『セブン』だ。(阿井注:去年5月か6月に話題になったライチ犬肉祭のことを言っている?)
犯人の模倣犯と自身のやり方を隠す手法は共に見事だ。三番目の事件の科学的トリックは『探偵ガリレオ』のデジャブがあり、2番目の事件でダッチワイフが死体の下半身を切り刻むという手法はけっこうエロかった。
第6位 『推理之王1:無証之罪』
「推理の王1:証拠のない罪」 著:紫金陳 湖南文芸出版社
『高智商犯罪』シリーズ(原題『謀殺官殺』シリーズ)の作者の新シリーズ『推理之王』1作目。本書は極めて庶民的な推理小説であり非常に「リアリティ」のある小説だ。完璧な証拠がないので、推理は完璧だけど犯人を逮捕することができない。小説全体が「証拠」を中心に展開していき、探偵が犯人の犯行の一部始終を説明すると犯人が驚いて全部白状するというような推理小説は嘘っぱちだ。