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栖鄭 椎(すてい しい)
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 24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。



副管理人 阿井幸作(あい こうさく)

 28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。

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このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。      
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 元年春之祭巫女主義殺人事件 陸秋槎

 

 

 

登場人物のギスギスしたやり取り、全体的に緊張感のある雰囲気、全くわからない犯人像、腹の中が読めないキャラたちなどのせいでイライラさせられっぱなしの読者はラストの解決編がもたらす爽快感にやみつきになり読書二周目に入ることになるでしょう。

 

 


天漢元年(紀元前100?)、楚の雲夢澤(今の湖北省)でかつては楚の国の祭祀を取り仕切る一族だった観氏の少女・観露申は同年代の長安の豪族の娘であり祭祀を司る『巫女』の於陵葵と知り合う。狩猟をこなす上に博学な葵に四年前に観氏で起きた一家惨殺事件の犯人について質問するが、彼女の口から出た真犯人の名前は露申には到底受け入れられない人物だった。そして葵を招き入れた観氏にまたしても災いが降りかかる。犯人も動機もわからない連続殺人事件が発生し、葵との仲が悪化していく中、露申は疑惑の目を葵へと向ける。


 

本書は日本在住の中国人ミステリ小説家陸秋槎が執筆した初の長編本格ミステリです。中国の前漢時代が舞台ですが戦場で活躍する武将ではなく、祭り事を仕切る巫女を中心にして物語は進みますが歴史知識は特に必要としません。また、良くも悪くも現代的な文章のおかげで読みづらさはありません。多くの歴史資料に裏打ちされた内容はちょっとペダンティックではありますが単なる知識の披露と思いきやちゃんと本筋と関係があり、日本人読者及び日本ミステリ好きな中国人読者はこの文体に京極夏彦の京極堂シリーズを思い浮かべるのではないでしょうか。巻末に参考文献一覧が書いてあるのも嬉しいです。

 

白状しますと私は読書中、冒頭の要素が原因でイライラしっぱなしでした。

 

まず探偵役であり主人公の葵は探偵役特有の空気の読めなさと周囲を意識しない子どもらしい残酷さを見せてあまり好かれる要素がありません。まぁ葵は良いのですが問題は露申で葵と比べてあまりにもピュア、悪く言えば無知ですので葵を受け入れるほどの器量も知識もなく少女が生きた十数年間のみで培った常識だけを根拠に彼女の非常識的な言動をいちいち否定してケチばっかり付けます。先ほど京極堂シリーズの名前を出しましたが、彼女ら二人が仲の良くない京極堂+榎木津と関口くんみたいな関係にも見えます。アイツラがもし友達じゃなければ『姑獲鳥の夏』で榎木津が最初に病室から逃げ出した時点で関口くんは榎木津をぶん殴っていますよ。

少女たちのギスギスした雰囲気においおい陸秋槎は百合ミステリの名手じゃなかったのかよ、と裏切られた気分にさせられますが、そのガッカリ感もイライラも全てがラストの解決編で吹き飛ばされます。

終盤でキャラのセリフ、生い立ちなど作中に自然に設置された伏線がさらりと解消されていますし、何でこのキャラはこんなことするの?という疑問が一挙に氷解して今までの苦しみが多ければ多いほど開放感に浸れます。そしてサブタイトルが何故『巫女主義殺人事件』なのかという意味も理解できて、本書が決して『巫女』の言葉を前に出して人目に付くようにしているだけではないことがわかります。

明らかになっている証拠が視点を変えるだけで犯人を指す最大のヒントになっていて読者の盲点を突いたものになっています。しかし本作の魅力はやはり犯人の『動機』でしょう。前半でページを割いた『屈原』に関する文章は単に葵の聡明さと異常さを演出するものだけじゃなくちゃんとミステリー部分にまで及んでいたのかと、その構成に感心させられます。

 

 

本書には本格ミステリらしく『読者への挑戦』が2回も出てきます。もしかして中国人ミステリ小説家ってこれを入れるのが好きなんでしょうか?私個人としては、この挑戦状と終盤に作者が「私」として出てきて読者に訴えかけるのは必要なかったんじゃないかと思います。

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微信殺機(WeChatの殺意)

 

微信とは中国版LINEのこと。LINEを使えない中国ではこのアプリが普及していて、連絡手段としてだけじゃなく電子マネーも使えるので非常に便利です。だいたいの人がスマフォを持っているので初対面のときに微信交換をするのが一般的です。

 

 


人気推理小説家の周然の携帯電話に旧友から立て続けに同一の奇妙な微信メールが届く。そして送信者はみな翌日に死体となって発見された。更にこの事件を担当していた刑事の劉康すらも何者かに殺され、携帯電話からは過去の被害者と同様のメールを周然に送っていた。事件の容疑者としてマークされ、次は自分が殺されると思い込んだ周然は恐怖のあまり自首をする。だが探偵の顧飛は周然が誰かをかばっているとして真犯人を探すのだが、犯人の魔の手は顧飛の身にも迫っていた。


 

 

本作はもともと天涯社区で連載されていたネット小説で人気があったらしいです。中国人の特に若者の生活に密着している微信が事件の発端となる冒頭で読者の心を掴み、死者からメッセージが届くというホラー小説のような設定、章ごとに真相が明らかになる読者を飽きさせない展開、などなど各種要素が受けたのでしょう。実際に豆瓣や微博では高評価のレビューがついていますが、私は声を大にして言いたい。この本、展開は面白いけど小説としては最低な内容だと。

 

まず本作は微信殺機というタイトルで且つ「あなたの微信の友達はまだ生きているの?というホラー小説めいたサブタイトルまで付けられているのに実は微信がさほど重要ではありません。呪いの手紙のような微信メールが登場するのは序盤だけで、その後は微信に関する事件は起きず周然の正体を探る話になります。だからこの本は一種のタイトル詐欺なんですよね。

 

また序盤で出てくる気の触れた物乞いもキーマンのように見せかけて特に何の役どころもなかったり、目を疑うような美女である周然の母親も謎めいた存在として描かれたのに正体が明かされることがなかったりで尻すぼみでした。作者はミステリアスなキャラや読者の興味を惹く展開を書くのは上手いのでしょうが広げた風呂敷は畳まなくても良いと思っているようです。

 

犯罪者を支持する謎の組織が出てきたときは「あちゃー」と思いました。私はこういう展開が苦手なのですが中国ミステリ・サスペンスだとよくある展開なんですよね。もしかして中国人って謎の犯罪組織が好きなのでしょうか?

 

唐突に顧飛の過去が明かされるのもそうですが、謎が謎を呼ぶ感じで連載当時は確かに面白かったでしょうが、まとめて一冊の本として読むと決して評価の高い本ではないと思います。

それが何故世間の評価と私でこれほど差があるのか理解できません。私が読み間違えをしたのか、単純に私と相性が合わなかったのか、ただ言えることは展開さえ面白ければ話の整合性など不要と考えるミステリ・サスペンスの作者と読者が中国には一定数いるということです。

 

 

 

ちなみに、本作はアマゾンの紹介文で『中国版白夜行』と書かれており、また作中でベストセラー作家と紹介される周然はそれだけを理由に『中国の東野圭吾』とされています。中国には二人で逃避行していたら『中国版白夜行』、誰かのために犯罪を行ったら『中国版容疑者Xの献身』という浅はかな考えが根付いているのかもしれません。

 


 

 個人的にあまりハマれなかった作品の第2季(中巻)。 
 
 
 今回も超有名小説家・陳嵐が読者を前に新作を語り、その後作品と関連性のある重大事件が発生するという内容で死者もちゃんと出てくるが、正直な話内容をあまり覚えていないので登場人物がどういう背景を持っていたのかも記憶に無い。2014年11月の上巻刊行からおよそ1年ぶりの2015年8月に出た中巻で、内容も登場人物も全く覚えていないし死者も出たのだからミステリ小説によくある登場人物の一覧表ぐらいは載せておいて欲しかった。
 

 5篇目の『悪童日記』はそこそこおもしろいと思ったが、全体を通すとフィクションを反映した事件が現実に発生するっていう内容を上下巻3冊使ってまで書く意味はあるのか、読者を何年も待たせても良いぐらいの魅力的な結末が用意されているのかという疑問が生まれてしまい、現時点ではまともな評価ができそうにない。おそらく来年に出る最終巻を読んではじめて正当な評価を下せるかもしれない。


 本書は映画化の話もあるみたいだけど、作中作の構造で主軸の他に9本の物語が用意されているし上下巻3冊と長いしで映画会社からすればお得な原作なのかもしれない。


 上巻と中巻が9ヶ月の間隔で出ているから下巻は2016年の中盤ぐらいに出るだろう。作者・赤蝶飛飛は新人作家なのだが3部作をこんなに長いスパンで出す新人作家なんて他にいただろうか。というか、もともと映像化ありきの出版じゃないかと思ってしまうのも仕方がないだろう。

 3月19日、日本在住の中国人ミステリ小説家・陸秋槎氏が新刊『元年春之祭-巫女主義殺人事件』の刊行を祝して北京の牡丹園にある『彼岸書店』という本屋で講演会兼サイン会を行いました。主催は当該小説を出版する新星出版社です。この出版社には『午夜文庫』という中国内外のミステリ小説を200冊以上集めたレーベルがあり、陸氏の新作もこれに含まれます。



 開催時刻は19時だったのですが彼岸書店の場所がわからなかった私は定時に着けませんでした。しかし、これは中国在住の長い日本人の悪習だと思いますが「定刻通りに開催するわけないだろう」と高をくくり、道に迷っている途中もそれほど焦りませんでした。

 ですが10分ほど遅れて着いた会場は60名ぐらいの参加者で既に満席状態になっていて講演も既に始まっていました。

(陸氏が顔出しNGか不明ですが念のためモザイクをかけています。陸秋槎先生の素顔を見たい人は中国のマイクロブログをチェックしてみよう!!)

 話の内容は江戸川乱歩の『幻影の城主』(中国語版)、郷原宏の『日本推理小説論争史』などを参考にして日本ミステリの本格と変格の違いなどを紹介していましたがこれを聞くのが非常に手こずりました。陸氏は当然中国語で話しているのですが、話に登場する日本人作家の名前も当然中国語の発音で登場します。これが私自身の無知もあって中国語で日本人作家の名前を出されても全然ピンと来なかったのです。

 「いまbinwei silangって言ったよな、昭和初期で当てはまる作家って誰だ?」
(答えは浜尾四郎)
 「短編が面白いliancheng sanjiyanって誰だ?」
(答えは連城三紀彦)
 
 という風に私だけクイズをやっているように中国語名称を日本語に翻訳することだけで頭が一杯になり、正直言って話の内容がぜんぜん入ってきませんでした。



 それから新刊の内容には触れずに本書に関するトークをした後に質疑応答に入り、講演は20時には終わりました。講演自体は笑いに溢れて非常に雰囲気が良かったのですが、私はそれよりも出席者のレベルの高さに驚きました。と言うのも陸氏が中国では正規の翻訳小説が出ていない『早坂吝』(中国語発音はZaoban lin)の名前を出したとき半数ぐらいが「あー、早坂吝ね」という反応を示したからです。

 出席者は学生がほとんどだったと思いますが、手段はともかくまだ中国語訳が出ていない日本の若手ミステリ小説家まで知っていることに純粋に感心したのです。

(注:ネットには個人が翻訳した早坂吝の著書があります。)



 それからサイン会の開始です。本は既に購入済みですので会場にいた大部分の出席者がそのまま並びました。


 中国のサイン会は作家や時間制限にもよるでしょうが読者1人が2冊以上の本にサインを求めることが少なくないです。だからこそ以前上海ブックフェアで開催された島田荘司と麻耶雄嵩のサイン会では会場に「サインは1人1冊です」というアナウンスが流れました。





 あとは昔の本を持ち込んでそれにもサインしてもらうということもあるのですが、陸氏にとって『元年春之祭-巫女主義殺人事件』が第一冊ですのでそういうことはなかったです。ただ、私の前に並んでいた男性は5冊(友人の分が2、3冊だった)持っていました。


 そして書道にも造詣がある陸氏は今回のサイン会では毛筆で一人ひとりに献辞を書くサービスまでしてくださいました。更に、日本在住ということで日本語で献辞を求められることもあり『誕生日おめでとう』とか『20年後のあなたへ』(元ネタ不明)と書いていました。



 私の番が近づいていき、前にいる男性が一体どんなサインを書いてもらっているんだろうと盗み見しながらサインをしてもらうために紙に自分の名前を書いたところ陸氏に非常に驚かれて、事前に用意してくださっていたサイン本をプレゼントしてもらいました。


 そしてお互い握手を交わしたわけですが、その時に陸氏から文章を書いている人間としてとても嬉しい言葉をかけてもらいました。サイン会で作者に励まされることに可笑しさを覚えながらも、非常に心地よい気持ちで帰宅しました。


 陸氏のおもてなしのおかげで私の家には『元年春之祭-巫女主義殺人事件』のサイン本が2冊あります。

 



 さて、陸秋槎先生は3月26日にも上海の復旦大学(陸氏の母校)でサイン会を開きます。興味がある上海在住の方は下記リンクで詳しい住所や時刻を調べて是非とも行ってみましょう。



2015年中国懸疑小説精選 編者:華斯比

 

評論家・華斯比が掲載誌の垣根を超えて2015年に発表された中国懸疑小説を厳選した短編小説集作品集。序文では中国大陸の懸疑小説及び推理小説に関する現状等を説明しており読む価値がある。またその中で『推理之門』の管理人・老蔡の意見に賛同し中国の懸疑小説とは広義の推理小説だと定義している。そして彼自身の解釈として、広義の懸疑小説とは『謎』に対する答えを主に描いている小説と定めているので本書に収録されている作品には特に凝ったトリックが用意されていない。

(ちなみに2015年中国偵探推理小説精選という本もあるが編者が違う。)

 

本書に収録されている作品内容をあらすじや作者説明とともにここに書き記します。

 

西巴斯貝之恋/高普

近未来的な社会で探偵業のような仕事を請け負っている男がある女性から行方不明の娘を探すように頼まれる。SFものかとおもいきや物語が進行していく中で登場人物たちの正体が明らかになるが、むしろ正体を理解していないと話がいまいちわからない。物語の全貌を読者にわからせる見せ方が非常に上手い。

作者の高普は台湾人。本作は「第7回台湾推理作家協会征文賞」の最終候補まで残った作品らしい。

 

瀕死的女人/時晨

とある女性が語った臨死体験の地獄の風景から殺人事件の発生を察知し、彼女が現在危険な状況にあると知った名探偵の陳爝がワトソン役の韓晋とともに彼女が入院している病院へ行き調査を行うと案の定そこの看護師の死体が見つかるという話。このような、一見無関係な話から事件を連想する人間って勘が鋭いっていう次元じゃなく頭おかしいんじゃないかと思う。

作者の時晨は中国では数少ない本格派、代表作に『黒曜館事件』がある。

 

石陽諜影/何慕

時代は後漢の建安二十一年、蜀からやってきたスパイの劉晨は捕まる前に魏の重要機密を盗み、既に送り出したと言い残して自殺した。石陽県城の都尉である賈逸は劉晨が一体誰に情報を渡したのかを探り、国外流出を防がなければいけない。

時代を1900年代にすれば反特小説になりそうな内容。

 

玫瑰花的葬礼/原暁

とある社長令嬢の関係人物の女性たちが次々と不幸な事件、事故に巻き込まれていく。その犯人とは社長令嬢の執事であり、女性たちは彼に誘拐されていただけで無事だった。事件は社長令嬢のために暴走した執事の独断行動だと判断されたが、誘拐された女性たちに異変が起きる。

 

八宝簪E伯爵

宋の時代を舞台にした首なし死体をめぐるサスペンス。首なし死体が出てくる話では死体をどのように活用するかがポイントだが、ここでも死体の首が、厳密に言うと首の一部が事件を混乱させている。

 

極度懐疑/何許人

とある舞台に連れてこられた八人の男女はピエロの命令のもとに命がけで自分たちがここに集められた理由を探し出そうとするが、タイムアップを迎えて一人ずつ殺されていく。なんかどっかで見たような展開で陳腐に思えた。

作者の何許人は詐欺師の小説『老千』シリーズを書いており、昔本を贈ってもらったことがある。

 《老千》巻1 天下有賊 著者:何許人

 

孤女太妃糖/豆沙飯団

自分の娘が再婚相手と共謀した犯罪に気付いているのではないかという母親の恐怖を描いた一作。成長して知恵を付けてきた娘を疎ましく思う両親と真相に迫りながらも知らない振りをして無垢な子供であることを見せる娘のやり取りが非常に面白い。

 

欺詐之狐/軒弦

名探偵・慕容思炫が最後にいいとこ取りをする作品。善人は騙さない『クロサギ』みたいな詐欺師の陳究風が手練手管を弄して一筋縄ではいかない詐欺師相手と騙し合いの応酬をする。

 

来自徳瑪西亜的死亡遺言/亮亮

最後は亮亮の『把自己推理成凶手的名偵探』から一篇選ばれている。事件に遭遇する度に誤認逮捕される迷探偵・狄元芳が雪山の山荘という絶好のシチュエーションで殺人事件に巻き込まれ、やっぱり逮捕される。女子中学生探偵羅小梅は今度も彼を冤罪から救えるのだろうか。

 

 

以上9篇が収録されているわけだが、各作品に初出や作者の簡単な紹介が載っているのが嬉しい。

不満点といえば序文は『2015台湾推理作家協会会訊』に掲載されたコラムを加筆修正して転載している?だけなので、結局収録作品がどのような判断基準で選ばれたのかその理由が書かれていなかったことだ。

 

 


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