『鴉雀無声:双生鎮殺人事件』 著:段一
双子ばかりが生まれる資産家一族の住む鎮(村みたいなもの)で連続殺人事件が発生し、外からやって来た探偵が事件を解決するという、横溝正史的な因習や血縁の深いドロドロとした狭い世界を見せてくれるのかと思いきや、非常にライトな新本格へ着陸している。
周家の当主・周岳生の義理の弟・葉国立がパーティの最中何者かに殺された。事件当時、周家の家族は全員揃っていたことから外部の人間の犯行が疑われ、またグチャグチャに潰された死体の顔に怨恨の可能性を見る。一向に進展を見せない警察の捜査に業を煮やした周岳生に呼ばれた探偵の段一は周家の双子にまつわる奇怪な伝説を見聞きする。周家では百年以上前から双子ばかり生まれ、双子以外が生まれたら必ず災いが起きるという言い伝えがあったのだ。では今回の事件もその言い伝えと関係があると言うのか。
言い伝えの他に、敷地内の塔に住んで俗世と隔てた生活をする美少年の周宝文と周宝武や、周岳生の娘・周隽麗の双子の姉で1年前に自殺し存在がタブー視されている周紫英、当主のイトコで不可思議な言動を繰り返す中年双子など明らかに怪しい要素がてんこ盛りで、これからどんな血塗られた過去が明かされるのかとワクワクする。更に「私」というホームレスが登場し、「私」視点で殺人現場を目撃するという展開も待っており、犯人の正体と同じぐらい「私」の正体にも注目が集まる。
しかし本作には横溝正史や江戸川乱歩的なオカルト要素はなく、古くから続く因習が醸し出す不気味さも全くない。美少年の周宝文と周宝武兄弟は単なる良い子だし、周紫英の自殺はその原因こそ悲惨だが下劣な犯罪に遭った彼女の存在が本作をますます古臭い伝説から遠ざけている。
タイトルにまで「双生鎮(双子村)」にしているのだから、ここまで双子三昧にして双子を利用したトリックを書かないのはウソである。その期待に応えて作者はきちんと「双子」を使った入れ替わりトリックを披露している。これは一般的な双子トリックの進化とも派生とも言えるもので、このトリックのために舞台装置が存在している。
ところで中国では小説に「殺人事件」というタイトルを使ってはいけないという不文律があったようだが、この本ではバッチリ使っている。規制が緩くなったのか、それともみんな「不文律」という言葉に怯えていただけでもともと存在しなかったのか。
私の予想では、この本を出版した百花洲文芸出版社内部のチェックが甘く、また上の検閲も厳しくなかったため「殺人事件」というタイトルが通ったのだと推測する。