作者プロフィール・本格ミステリーを愛し、「巧妙」だと思わせるトリック、論理、切り口などの本格要素に惚れ込む。現在好きな推理小説家は小島正樹、麻耶雄嵩、大山誠一郎、青崎有吾ら。
トリックも犯人の動機も、そして探偵の推理も、作者の頭の中ではそれで整合性が取れているんだな、としか言えないような内容だった。
大富豪・汪康森の孫娘・汪雨涵と付き合うことになった一般会社員の呉寒峰は、汪康森の遺産相続問題に付き合わされ、雲雷島に行く。そこは過去に「金木水火土」の方法によって島民になぶり殺された同性愛者の男性同士の怨念が渦巻く孤島で、汪康森は日本人建築家・中村紅司が建てた寺、塔、館などで執事やメイドらと共に暮らしていた。汪家全員が集まり、遺産配分の発表を控えた当日の朝、雲雷寺内で金属の矢に首を射抜かれた汪康森の死体が見つかる。続いては汪雨涵の父親が高い木に突き刺さり、沼に沈んだ状態で見つかる。そして今度は汪雨涵の叔父がトイレ内で溺死死体となって見つかる。果たしてこれは怨霊の仕業なのか。呉寒峰は万が一に備え、これまでの事件の経緯を記した紙を瓶に詰め、海に流すのだった。
トリックだけを見るとかなり牽強付会というか、物理学とかを持ち出して色々複雑性やリアリティを出しているが、結局は机上の空論をトリックにしましたという先走った感覚が否めない。そもそも、読者に解かせる気がないのではないか、とすら疑ってしまう。しかしそれ以上に非現実的なのが、犯人の動機及びトリックにかける執念であり、この犯人の強い思いがあればどんなトリックでも絶対に遂行できそうだと納得させられた。
また章の合間に挟まれる「幕間」では、主要ストーリーには登場しない女性が密室殺人事件に巻き込まれ、その恋人が彼女の冤罪を晴らすために奔走するという話が描かれ、これがどのように本筋に絡んでくるのかが気になるところだ。
しかしそれでも、お前(作者)がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな(画像省略)としか言えない内容だった。
以下ネタバレあり。
実は本作の探偵は汪雨涵でも呉寒峰でもない。通信手段も移動手段もなく、殺人鬼が潜む孤島で呉寒峰が藁にもすがる思いで瓶に詰めて海に流した手紙が、クルーズ船・島田号に乗船していた高校生の孫小玲と大学生の宋立学が偶然手にし、孫小玲がその手紙の内容からトリックを一つずつ解決してしまうのだ。その安楽椅子探偵ぶりは見事だが、推理ができるほど詳しく描写された手紙が瓶に一体何枚入っていたのか、そもそもその推理は正しいのか、などツッコミたくなる。
雲雷寺の密室内で汪康森を殺したトリックを例に取ると、屋内に電極を貼り、雷がよく鳴るという島の特徴を利用して電場を発生させて、金属の矢を発射させるというもの。汪雨涵の叔父がトイレで溺死していたのは、トイレのドアを密閉してその中に注水するというもの。
本当にそんなことが可能なのかと疑ってしまうが、これがこの本書のいやらしいというか賢いところで、孫小玲にとっては呉寒峰が残した手紙しか証言がないため、推理をするにはあまりにも限られた状況において、犯人が孫小玲の指摘した通りの手段を本当に使ったのかは作中で証明できないのである。
犯人の正体もまた衝撃的で、雲雷島の伝説で犯人の正体に伏線を張っておき、「幕間」の人間関係の盲点を利用し、鋭い角度でありながらも緩やかな着地を決めた叙述トリックには素直に楽しませてもらった。
しかし犯人が中村紅司という建築家になり、偶然汪康森から依頼を受けて汪家を皆殺しにするための仕掛けだらけの建築物を島に建て、そこから20年間チャンスをうかがい、いざ実行に移したら全て計画通りに進んだというのはいくらなんでも都合が良すぎないだろうか。
あまり推理小説を読んできていない自分としては、フィクションと言っても「色々無理があるだろ」というツッコミが頭から離れなかった。
しかし、綾辻行人リスペクトの中村紅司といい島田荘司リスペクトの島田号といい、一部の中国ミステリー小説が同人誌的になるのは何故だろうか。