2017年に香港・台湾向けの繁体字版が出た本書が、今年簡体字版で出たので購入し、ようやく読了。
現代香港のネット社会で日々行われるネットリンチを題材にし、未成年が集まる学校という世界の裏側で行われる誹謗中傷を暴き出し、更には子どもたちを取り巻く大人の暴力も取り上げ、一人の凄腕ハッカーの存在によってネットの「怖さ」と「凄さ」の両方を徹底的に描いている。
14歳の少女・曲雅雯がビルから飛び降り自殺した。しかし姉の阿怡(アーイー)は妹が「殺された」ことを知っており、独自に調査を開始する。実は曲雅雯は、自殺の前に痴漢被害に遭っており、その痴漢の犯人の甥を名乗る人物がネットで曲雅雯を中傷する記事を投稿し、曲雅雯はネットでも学内でも話題の人物になっていた。妹はそれを苦にして自殺したのだと考えた阿怡だったが、犯人の甥なんか存在しないことを知る。阿怡から事件の調査を引き受けた探偵の阿涅(アーネイ)は、その甥を名乗るネットユーザー「kidkit727」のIPアドレスなどを追っていき、その人物の背後にネット知識が豊富なブレーンがいることを明らかにし、非合法的な手段を使って徐々に犯人たちを追い詰めていく。一方、阿涅が調査を進めるうちに、阿怡は自分も把握していなかった妹の言動や考えに直面しなければいけなくなる。
500ページもある大作だがスラスラ読めた。前半と後半で展開がかなり異なり、前半は阿怡と阿涅(主に阿涅)が「kidkit727」ら追い詰める様子を集中的に描いているが、後半では「kidkit727」らが追い詰められて慌てふためく様が描かれる。サディスティックなまでのいたぶり方や、相手の得意分野で反撃する方法は『怨み屋本舗』を思わせて、読んでいてスカッとするかもしれない。依頼人阿怡と「kidkit727」勢のネット知識は天と地ほどの差もあるが、対阿涅だと阿涅の方が一枚も二枚も上手であるため、展開はあまりにも一方的になる。
ネットにはびこる独りよがりの正義、現実世界とネット世界のギャップ、身内も知らない家族の一面などなど、本書が扱うテーマの一つ一つは陳腐であるかもしれない。そのような物語が現在こうして出版され、高い評価を得ているのは、一つは阿涅が使うハッキングや盗聴などの最新技術の描写にあるが、もう一つは阿怡と阿涅のキャラクター性に理由があるのだろう。
この本が500ページもの分量になった理由は、鈍臭い阿怡と非友好的な阿涅というコンビにある。もし阿怡が聡明で、ネット関連の何もかもを知っていて、冷静で察しが良いのであれば、もし阿涅が優しく協力的で、「聞かれなければ答えない」という無愛想な性格でなければ、最終的には真犯人を見つけ出せただろうが、きっと本書の結末と同じにはならなかっただろう。登場人物の性格や情報の出し方によって結末までに行くルートが大きく変わり、そしてこういうラストを見せてくれるのなら、阿怡と阿涅はこのようなキャラクターで良かったのだと納得できる。
「情弱」が損をし、食い物にされる現代社会において、阿怡はまさにその象徴的な存在であり、阿涅という不器用なヒーローに救われ、自分の手を汚さないまま話が終わるのはとても優しくてロマンティックだ。『13・67』もそうだったが、陳浩基はやはりストーリーが上手いなと感じさせる作品だった。