そしてKINBRICKS NOWに転載してもらったことにより、より多くの方々の眼に触れることとなりました。
普段ならこれで終わってしまうのですが、この記事がTwitter で広がったことにより思いがけない人物の目に留まることになります。以下はKINBRICKS NOWに転載された記事につけられたコメントからの抜粋です。
@michioshusuke 道尾秀介
まったく憶えのない僕のコメントが新刊の装丁に印刷されている…!どうして僕が、見ず知らずの人の出版を大喜びしなきゃならんのだ。すごいなあ中国。なんかもう、カッコいいとさえ思えてしまう。
褚盟さんが本を出版したと聞いて、自分の本が受賞したと知ったときより嬉しくなった。
2011年直木賞受賞者 道尾秀介
これと似たケースをボクは見たことがあります。
それは以前、新星出版社から出た『脳髄地獄』ことドグラマグラを書店で見つけたときのこと。帯文を見るとそこにはなんと宮崎駿の言葉が!
「私にとって日本の芸術品は3つしかない。大阪の太閤の城、黒澤明の羅生門、夢野久作の『ドグラ・マグラ』だ。私の『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』はそれには遠く及ばない」
まさか宮崎駿がこんな発言を残しているなんて。そして夢野久作の愛読者を自称するボクが知らないなんて!
感動と悔しさのあまり、本の購入に踏み切りました。
しっかしその後いくら調べても、肝心のソースが出てきません。
結局この帯文はボクの中で限りなく黒に近い灰色ということで処理することになりました。
誰か真実を教えていただけないでしょうか。
さて、では今回の推薦コメントの真偽はどうでしょうか。
・注意・
該当書籍『謀殺的魅影』は新星出版社の編集者・褚盟氏の手によって書かれた世界ミステリー史ですが、新星出版社から出た書籍ではありません。
蘇州にある古呉軒出版社というところから出ています。
前回の記事では皆様に誤解を与えたかと思います。ご容赦ください。
1,こんなことして何になる?
この推薦コメントは捏造かもしれません。しかし褚盟氏が中国の推理小説界に残した功績は紛れもない真実なのです。その経歴に泥を塗るような真似を一体誰がするでしょうか。
だからこそボクはこの表紙に並んだ錚々たる顔ぶれを信じたのです。
2,褚盟氏だから
彼は日中間の出版社を行き来するなかで、中国で“推理の神”と崇められる島田荘司先生をはじめとした数々の日本の著名推理小説家と親交を深めたようです。
そんな彼が自分の尊敬する先生方の発言を捏造するなんて、誰が考え付くでしょうか。
3,褚盟氏と道尾秀介先生は顔見知りだから
道尾先生は褚盟氏を『見ず知らずの人』と切り捨てていますが、それは間違いです。この『謀殺的魅影』によれば、2人には確かな接点があります。証拠も揃っているんです。
見ず知らずじゃないんですよ。道尾秀介先生、本当に褚盟氏をご存知じゃありませんか?!
こんな顔ですよ!
先生と氏は、第20回鮎川哲也賞と第7回ミステリーズ!新人賞の贈呈式のときに会っているはずですよ!(左が道尾先生、右が褚盟氏だろう)
写真という証拠があるから祝辞に信憑性が出ます。
しかも先生は祝辞で褚盟氏の出版を「自分の本が受賞したよりも嬉しい」と、自分のこと以上に喜んでいるのですから。2人がかなり親しい間柄だと思ってしまうのも無理はありません。
実はこの本には後書きが2つ存在します。
1つは前回も述べた島田荘司先生のもの。そしてもう1つは、著者である褚盟氏自身のものです。
彼の後書きの最後の部分を抄訳してみましょう。
《中略》
編集者に感謝します。同業者としてあなた方は私よりよっぽど優秀です。
最後に、この本のために後書き-“推理の神”からの激励-を書いてくださった島田荘司先生にお礼を申し上げます。全くもって身に余る光栄です。
そして本書を推薦してくれた道尾秀介先生、西澤保彦、山口雅也先生、有栖川有栖先生、二階堂黎人先生、米澤穂信先生に感謝いたします。巨匠たちの助けでもっと頑張ろうという気になりました。
推理の名のもとに。
2011年3月 北京で
締めの言葉の《以推理之名》って《推理の名のもとに》の翻訳で正しいのかなぁ、とか、何で西澤保彦だけタメ口なのか、などいろいろ不安が残る翻訳ではあります。ですがここで褚盟さんははっきりと、先生方のおかげで頑張れたと明言しています。
でも、本書の表紙裏に名前がある小説家は祝辞を『まったく憶えがない』と断言しているのです。
(原文で作家たちに付いている呼称の《先生》は、中国語では《○○さん》という意味で使われています。しかしここでは日本語の意味の《先生》を表していると思い、敢えて翻訳しませんでした)
じゃあ褚盟さんを支えてくれた作家たちって一体誰なんでしょう。
まさかとは思いますが、この『本書を推薦してくれた道尾秀介先生(以下略)』とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか?
もしもコメントの捏造が本当だと確定しても、少なくともボクは褚盟を責める気にはなれません。
しかしそれは決して彼の潔白を信じているからではありません。
80年代生まれの若い彼がこれまで海外の作品を中国に広めるためにどれほど尽力してきたのか。これを考慮すると、こんな暴挙に出たのには並々ならぬ事情があったに違いないと、つい贔屓してしまうのです。
そして島田荘司先生の後書きについて。
これはわざわざ言う必要がないでしょう。間違いなく本物です。
何故なら、こんなことで今まで彼ら2人が培った絆が絶えていいわけがないのです。
両者を結び合う固い絆は推理小説の作家と読者の間に生まれる友情関係であり、日中間で推理小説を広めあったビジネスパートナーとしての信頼関係でもあります。それは島田荘司先生のTwitter からもはっきり見て取れます。
だからこの件に関しては真偽の検証をする必要はないでしょう。本来日本語だった中国語の文章をまた日本語に戻す作業は正直空しいだけだし……
写真は島田荘司先生が本書に寄せた後書き:推理のために生きる:の末文
前述の『脳髄地獄』に添えられた宮崎駿の帯文がたとえ偽物であっても、中身は正真正銘中国語に翻訳された『ドグラマグラ』でした。
本書も同様です。仮に著名作家陣の推薦文が捏造で外面は虚飾にまみれているかもしれなくても、努力の跡が一目でわかるこの古今東西の推理小説を網羅した内容は、褚盟自身の手によってまとめられたものであることには変わりありません。
そしてそう遠くない将来、よりいっそう力をつけた褚盟の編纂したミステリ大事典が、知識を積んで技術を磨いた中国人推理小説家たちの推薦文で溢れることを祈って。