『笨偵探』、直訳すれば「バカ探偵」という意味だが、この作品の中でバカなのは探偵一人ではないし、この「バカ」が探偵だけを意味しているわけでもない。ストーリー自体が荒唐無稽でバカげていて、どうしようもない連中が一箇所に集まったことで起こる喜劇なのだが、複数の人生に不幸が生じているので軽々しく笑えない。結構一筋縄ではいかないユーモアミステリーだ。『人狼ゲーム』をモチーフにしているらしいが、そのゲームのことを全然知らないので本作の楽しみをだいぶ見逃してしまっているかもしれない。
自称「名探偵」の田豊大は、浮気調査のターゲット・韓国棟を尾行するために彼と一緒に観光バスに乗る。だがそこに偶然乗り合わせた自称「名探偵の助手」の少女・羅小梅らに自分の正体をバラされ、韓国棟に窃盗犯と間違われて騒動になる。しかもバスがパトカーと事故を起こし、乗客全員がホテルに避難することになり、尾行どころではなくなる。さらに事故を起こしたパトカーに乗っていたのは田豊大の天敵の警官・薛飛で、彼はホテルで事件が起こるたびに最も怪しい容疑者とされてしまう。ホテルの宿泊客のほぼ全員が後ろめたい過去を持ち、誰もが探偵を都合の良い犯人に仕立て上げようという四面楚歌の中、田豊大は事件を解決できるのか。
そもそも何の事件の捜査だったか……と忘れてしまうぐらい、クローズドサークル状態のホテルで色んな問題が現れて、各人物の正体が明らかになる。警官のフリをした指名手配犯、ミュージシャンに見える麻薬の売人、画家を名乗る殺し屋などなど、ほぼ全員が悪人という環境だ。さらに韓国棟はそもそも製薬企業にコネ入社した幹部社員で、薬事法違反で逮捕されるのを恐れ、逆に会社の機密情報を盗み出して高跳びしようとしている人物だ。浮気よりよほど大きな秘密を抱えていて、その秘密のために彼もまた他の宿泊客の思惑に巻き込まれていく。
本作では警官も探偵の味方ではなく、田豊大と少なくない因縁を持つ薛飛は「探偵は違法だ」と正論で攻めてきて聞く耳を持たないし、積極的に逮捕しようとしてくる。
田豊大は捜査に協力的な人物がほぼいないアウェイで推理を展開しなければいけない。なのに彼の披露する推理はことごとく外れているばかりか、彼を陥れようとする人物や彼自身の推理ミス、そして不運によって、自分が犯人だと主張する結果となってしまう。
本作では、「名探偵だと言い張る凡人」に対する「イジメ」が、ミステリー小説の定石に従ってこれでもかと行われる。冤罪になろうが犯人に間違われ暴力を振るわれようが決してへこたれない田豊大の打たれ強さが本作の救いではあるのだが、総掛かりで自分の推理の欠点を指摘されたり揚げ足を取られたりする彼を見ていると、新堂冬樹小説の暴力描写を読んでいる時のような乾いた笑いが出てくる。
そして虐げられる彼を通して見えてくるのは、これまで推理の間違いを犯して、一時的とはいえ他人を犯人扱いしても謝らずに責任を取ることがなかった無数の探偵の姿で、彼の災難はそれらの被害者に対する罪滅ぼしだ。
全員が田豊大に悪意を持っている中、唯一の味方と言っていいのが自称助手の羅小梅だ。しかし勝手に助手を名乗る羅小梅に田豊大は冷たく、羅小梅はマイペースにどんどん行動するという凸凹コンビぶりを発揮。こうして見ると田豊大の不幸は全て彼自身が原因であり、行動のミスに比べれば推理のミスなど取るに足らないことに思える。結局彼が「バカ」なのは「探偵」であること以前に、疑われたり信頼されなくなる言動にあり、「名探偵」であるという自負やプライドが自身をますます窮地に追い込む。
ところで作者の亮亮には「第10回:中国ミステリ小説家・亮亮インタビュー」でインタビューしたことがある。
その後ほとんど長編小説を発表しておらず、また作品が映像化されるという話もあったので、てっきり脚本家に転向したかと思っていた。しかし本作あとがきによれば、映像化予定の脚本製作が難航し、流れてしまったらしい。本作も映像化には向いていそうだが、イジメられる田豊大を映像では見たくはないなぁという思いもある。
本作はユーモアミステリーという括りになるのだろうが、実際はもっと怖いブラックユーモアサスペンスだ。推理に誰も耳を傾けず、捜査に誰も協力してくれないというアゲインストな環境でもめげずに探偵として振る舞う田豊大は、やはり「名探偵」の素質があるのかもしれない。