中国唐代を舞台にした大人気歴史ミステリーシリーズ『大唐懸疑録』の外伝に当たるシリーズの第1作目。本編『大唐懸疑録』は憲宗時代(805~820年)の815年前後が舞台だが、本作は武則天が統治している武周王朝時代(690~705年)の話であり、直接的な関係はなさそうだ。主人公はタイトルにある通り、唐代に実在した政治家で、後世に名探偵として数多くの作品に生き続ける狄仁傑だ。
ちなみに本編『大唐懸疑録』の第1巻『蘭亭序コード』は今年和訳が発売されるようだ。
時の皇帝から「国老」と呼ばれるほど信頼を得ている狄仁傑は、老齢を理由に引退して故郷に帰る要請が武則天にようやく聞き入れられた。しかしその決定の背後に、武則天の愛人張昌宗らの存在を感じ取る。宮中の権力を牛耳ろうと画策している彼らが、狄仁傑を追い出したのではないか。部下の将軍袁従英らと故郷の井州に戻る道中、藍玉観という古びた道観で暮らしていた韓斌という少年に出会い、そこで一夜を過ごす。井州に戻った狄仁傑を待っていたのは旧友の死だった。恨英山荘を所持していた旧友が謎の死を遂げており、その山荘は現在、旧友の年下の妻で、怪しい美貌を持つ馮丹青が支配していた。さらには先日無人だったはずの藍玉観で、数十人の道士の惨殺死体が見つかる。しかも一連の事件に狄仁傑の息子の狄景暉が関わっているようだ。数々の思惑が混じり合う井州に、皇帝の使者として張昌宗もやって来て、国を巻き込んだ陰謀が見えてくる。
タイトルの「最後的(最後の)」とは「晩年」を意味しているようで、1巻の時点で狄仁傑は享年の70歳近い。このシリーズは、狄仁傑が亡くなる最後の年(700年?)に起こる数々の怪事件や陰謀など27の謎を狄仁傑らが解決するという内容だ。狄仁傑没後の705年、張昌宗は殺され、武則天は退位するという歴史的事実があり、このシリーズは王朝が武周から唐に復活するまでの布石を書き綴っているのかもしれない。
狄仁傑が70歳近い高齢ということもあり、荒事はもっぱら袁従英の仕事で、移動する時は従者に馬を引いてもらうのだが、それでもなおかくしゃくとしていて、知識や経験や弁舌の他に、老人独特の凄みを武器に張昌宗ら奸臣を相手に一歩も引かない姿は、まさに老探偵と言った風で、脇を固める部下たちの頼もしさも加わり非常に安心する。
この本、武則天とその男妾や狄景暉夫婦、そして馮丹青といった男女が愛に狂い愛のために苦しむ様子を描いているが、その一方で狄仁傑側では男同士の友情や忠義を丹念に描いている。
実の親子以上の絆で結ばれている狄仁傑と袁従英、いきなり義兄弟の契りを結ぶ袁従英と沈槐の武将コンビ、袁従英のことを兄と呼んで慕う韓斌、父親に対してコンプレックスを持っているためその父親に重宝されている袁従英を目の敵にする狄景暉。だいたい袁従英が関わっているのだが、女性探偵・裴玄静が活躍する本編『大唐懸疑録』と違って、全体的に男臭い。そっち系の人気を得ようとしたのかは不明だが、本編とは違った面白みがある。
なんと2巻では、同じ場所に左遷されたことですっかり打ち解け、お互い憎めない間柄になった袁従英と狄景暉が雪の庭州(今の新疆らへん?)にいるところから始まるらしい。そして洛陽では、「生死簿(閻魔帳)」の噂がますます大きくなり、それにまつわる童謡が広がっているという。袁従英に付き添う韓斌の出自にも謎がありそうだ。また不肖の息子狄景暉は終盤で更生したようだが、奢侈好きの性根は直っていないみたいなので左遷場所でも何か問題を起こすかもしれない。左遷コンビにもまだ活躍の場があるだろう。
狄景暉の史実(ウィキペディア)を調べたら、後に結構ひどい所業をして人々から恨まれたようだ。歴史上の人物が多数登場する本シリーズの物語は、史実と同じ結末に収束するのか。それとも現代に伝わっている異なる伝説とは解釈を出すのか。今のところ5巻まで出ているこのシリーズ、終わるのは何巻になるだろうか……