犯罪者的七不規範(犯罪者の七則)
ミステリ小説家の妻と翻訳者の夫の共同ペンネームである「張舟」初の長編小説で、「輪椅上的真探・系列之一(車椅子の真探偵シリーズの1作目)」だ。
連作短編集であり、おそらく上海市だと思われるS市を舞台に「妖狐」と呼ばれる大犯罪者の国際的な大事件が序盤で発生し、高校生の葉真生が巻き込まれるわけだがそれから妖狐とは直接関係ない日常学園ミステリが続き、葉真生自身や周囲の人間の謎に肉薄していくという内容だ。作品の背骨となる真犯人を出し、その巻では真犯人の正体が分からないまま次巻に続くという中国ミステリのシリーズ物の宿命は本書でも健在だが、探偵役が真犯人にこれほど積極的ではない作品は珍しい。
日常ミステリを扱っているが、登場するキャラクターはいずれも個性的と言うか、日常的にそんな見かけないだろという人間ばかり。AIと呼ばれるほど優秀な頭脳を持っているが言動だけ見ると「中二病」としか思えない葉真生、米国籍や英国籍の華僑で引くほど裕福な学生、中国在住日本人学生の夏目晴など。
実際、このような学生がいる国際的な高校は北京にもある。私の日本人の友人も北京で裕福な中国人学生や華僑や韓国人らに囲まれて高校生活を過ごし、そのまま北京の大学に進学した。
だが学園ミステリの舞台として敢えて選ぶだろうかという学校であり、何故こうも国際色を出すのか気になったが、本書は国際的であることがもちろん重要だが、主人公の周囲に「裕福」な学生がいることで普通とは異なるが中国でも絶対に成立する日常ミステリを描くことに成功している。
例えば、米国籍の華僑の父親が購入した別荘地の一軒家に人面樹があり、それの解決を依頼される話があるが、中国の一軒家で異変が起きるということ自体が北京在住の私から見て非常に現実離れしている。だが裕福な家庭の子どもからの相談であればそれも腑に落ちるし、中国のハイソサエティな子女達が行う探偵ごっこってこんな感じだろうかと容易く想像もできる。
日本と関係が深い作者だからか日本人学生の夏目晴贔屓や日本語・日本文化が多めに描写されるのにはちょっとムズムズした。思いっきり日本語が書いてある部分もあるのだがこの辺りを中国人読者がどう読むのか気になる。中国ミステリ読者ならこのぐらいの日本語読んで当然ということだろうか。
また、同性愛ネタが多いのも気になった。先進的なミステリを意識しているのか、単なるネタの一つとして消費しているのか。特に主人公の葉真生が多大な信頼を寄せている父親の同僚の高穆に対する憧れは子どもが父性を求める気持ち以上のものを感じ、そこに中年男性に対する少年の憧憬的恋愛を見てしまう。今後、LGBTが絡んだミステリを書いてくれるのだとしたら非常に楽しみだ。
本作は「車椅子の真探偵シリーズの1作目」だが葉真生はまだ車椅子に乗っておらず、前日譚とも言える。中国で車椅子に乗って移動する高校生を見たことがなく、車椅子利用者が登場する小説等も中国で読んだことがないので、今後のストーリーや人間関係がどう発展するのか全く想像できない。作者の張舟はこの作品の設定で成立するミステリのトリックやストーリーを創造し、かつ中国で車椅子利用者が生活するリアリティと戦わなければならず、2作目以降はより挑戦的で独創的な内容になることだろう。
中国ではまだ高校を舞台にした学園ミステリ自体が珍しいが、そこから更に国際的で裕福で車椅子で…と凝った設定を追加していくこの作品によって、中国ミステリのシチュエーションの細分化がより進みそうだ。