時晨の名探偵・陳爝シリーズ5作目は、処刑器具博物館を舞台とした内容で、陳爝と助手の韓晋らが殺人者の影に怯えながら仕掛けだらけの地下迷宮を探検する。
古代中国の処刑器具を集めた博物館「枉死城」館主の袁秉徳が亡くなった。陳爝と韓晋は偶然、彼の孫・袁嘉志の妻・譚麗娜と知り合い、袁一家の遺産相続の場に同行することになる。だが関係者が枉死城に集まったところ、遺書を公開する予定だった弁護士が部屋で首吊り死体となって見つかる。不思議なことに、死体の足は地面から数十センチも離れていたのに、そばに踏み台となるものはなかった。それから続けざまに館内から火が上がり、全員は地下室に逃げ込む。だが地下には、袁秉徳の遺族すら知らなかった本物の処刑器具だらけの迷宮が広がっており、まだ新しい死体がいくつもあった。しかも「蟇盆」用の大量の生きた蛇まで飼育されている。そして全員のアリバイがある中、遺族の一人が全身を砕かれて何者かに殺される。地下には彼ら以外の誰かがいるのだろうか。
中国に実際にあった残酷な処刑器具を出して読者の注意を引きつけながら、木を隠すなら森の中という大胆なトリックを出す、作者の発想力には感心のあまり笑みがこぼれる。もはや再現可能かどうかというレベルではない。最初に発生した弁護士首吊り事件で死体の周囲に踏み台がなかった謎が、後半に地下迷宮の謎を解いた時に明らかになるという、上から下にストンと落ちる種明かしは気持ちが良い。
シリーズ5作目の本作で色々進展があり、殺人からくりがいっぱいの屋敷ばっか造る建築家の存在が明らかになったり、「五老会」という秘密結社の存在がほのめかされたり、「ああ、そっち方面にかじを切るのか」と少し残念に思った。
本シリーズの探偵役陳爝は数学者という肩書なのだが、本作ではその設定が全く生かされていないように見える。本作は本土化(ローカライズ)したミステリーと評価されているが、中国に実際あった処刑器具を題材にしているだけで中国らしさはあまり感じなかった。しかしシリーズが今後も中国の歴史や文化を題材にして進むのなら、数学者という設定はむしろ重荷になるのではないか。
あと、ページ数が少ない。200ページ程度ではキャラクターの造型や会話が陳腐になるし、本土化していると言われる中国要素が挿話レベルで出てくるだけでストーリーに十分に馴染まないまま展開が進んでしまう。いつか倍の400ページぐらいの作品を書いてほしい。