一応テーマが文学?のブログなんだからたまには久々にレビューを書く。
今回は取り上げるのは台湾のミステリ、幽霊交差点だ。今まで数多くの中国ミステリを読んできたけど、大陸のより台湾のミステリの方がよほど面白いと思い知らされた短編だった。
今作は僕が毎月購読している岁月推理というミステリ雑誌に掲載されていた。最新のかと思いきや初出は2006年なので、時期的に見て日本のミステリ雑誌ミステリーズに日本語訳が掲載されたのとタイミングを合わせたんだろう。
なんで先々月に出た本の感想を今更やるのかというと、12月初旬から勝手に始めたこの小説の翻訳が昨日ようやく終わったからだ。
本作、幽霊交差点は怪奇現象を推理の舞台に引っ張り出して納得のいく解釈を与えるというミステリです。
事の発端はある一通の手紙から。ある晩、バイクに乗っていた投稿者が十字路に差し掛かったところ突然左の道から車が現れぶつかりそうになる。しかし衝突するはずの車はぶつかることなく、まるでバイクをすり抜けたかのように通り過ぎたのだ。
オカルト雑誌勤務の王定謙はこの幽霊自動車の話を掲載するが、そのあとには事件の目撃者を名乗る少年から手紙が届けられる。そこには、その自動車に乗っていたのは紛れもなく自分の父親だから幽霊なのはむしろバイクの方だという証言が書かれてあった。
王定謙は車の運転手である少年の父親に話を聞きに行くのだが、彼の口から息子が一年前にあの十字路で起きた轢き逃げ事故で死んでいたことを聞かされ、事件はより複雑怪奇を極めてくる。三者三様、似ているようで食い違う証言から王定謙と探偵方揚は真実を導き出せるのか。
粗筋からもわかるように今作では一般的なミステリとは違い殺人とか密室とかは出てきません。単なる不思議な事件が目撃者の登場で急に真実味を増し、常識ではあり得ない怪奇現象になってしまった、というのが今作のミソです。
文中でも提示されていますが、現実と怪異は相容れない存在なのです。だから両者が同居する空間には必ず矛盾点が存在し、その矛盾点こそが事件を解く突破口なんです。
王定謙と方揚はまるで芥川龍之介の『藪の中』のような食い違う三人の証言を幾度も検証することで現実が怪異現象になる瞬間を捉えます。この辺りが妙に現実的というか、推理オタクが探偵ごっこをしているみたいで、読んでいて親近感が出ました。そして何故こんな事件が起こってしまったのかという原因の後ろにある人間の意志までもさらけ出すところに、事件を単なる偶然では終わらせない作者の技量がうかがえます。
また幽霊自動車という謎も一般的な密室殺人や不可能犯罪などとは一線を画すネタで大変魅力的です。この自由な発想に島田荘司先生が以前岁月推理のインタビューで提唱したが息づいています。
僕は台湾のミステリを読むのはこれが初だったのですが、翻訳をしていたときに感じたことがあります。それは今まで翻訳したどのミステリよりも文章が上手くて翻訳しやすかったことです。簡単な内容だったと言うんじゃありません。無理のない推理や気付かれないように貼った伏線が非常に洗練された文章と相まって一級のミステリとなっているから、翻訳するのが苦にならないんです。ミステリ小説としてのレベルだけじゃなく、文章レベルまでも台湾のミステリは中国の一歩先を進んでいます。
僕は中国のミステリが日本で出版されるのを望んでいるのですが、大陸のミステリは当分の間は台湾の背中を追うことになるでしょうね。
大陸と台湾の差をまざまざと見せつけられた一作でした。