「太空」は宇宙という意味で、「無人生還」はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』の中国語訳タイトルでもあるので、本書のタイトルは『宇宙でそして誰もいなくなった』になるか。
宇宙船に乗って月旅行に行くことになった参加者や乗組員が宇宙船の中で、童謡『10人のインディアン』になぞらえて一人ずつ殺されていくというSFミステリだ。
2036年、一部の金持ちや著名人が月面旅行に行けるようになった時代、中国人留学生の呉非は宇宙飛行会社の出資を得て宇宙船に乗れることになった。3人の乗組員、4人の乗客と共に月へ行くが、呉非を含めた全員が出発前に奇妙なメールを受け取っており、彼らは本来の計画にはない月の裏側の探索を開始する。そこには存在するはずのない月面基地があり、その中ではさっきまで地球で通信していた宇宙飛行会社の創始者エール・マスク(イーロン・マスクが元ネタ?)の死体があった。そして宇宙船内は惨劇の舞台に変わる。
さっきまで地球にいた人間の死体をどうやって月まで、しかも密室に運んだんだ、という非常にそそられる謎が提示され、読者の興奮をこれでもかと高めてくれる。更に、宇宙空間特有の真空や重力、有限の酸素や制限された行動など、通常とは異なる環境で展開される推理も魅力的だ。水が空中に浮く無重力状態で人間を刺し殺した場合、飛び散った血液は必ず犯人に付着するという推理に犯人がどう対処するのか、答えが気になるシーンは多かった。だが、その答えを見たところで、宇宙に行ったことがないので本当にそういう措置が取れるのか分からず、イマイチ説明不足だった。
中盤までは魅力的な謎のオンパレードなのだが、謎の回答が明かされるほどに想像と異なる結果が見えて来て、どんどんテンションが下がってくる。地球にいた人間が月で死んでいた?という謎に対しては、常識的に考えて同一人物の死体のわけがないよね、と読者に冷たく言い放ち、双子オチの方がまだ良かった真相が明らかになる。
SFミステリーなのにSFとミステリーの世界観がうまく合致しておらず、ミステリーのお約束ごとがSF要素によって裏切られている感じだった。他の読者も、ラスト数十ページの展開に大変がっかりしており、夢見させるようなミステリーを書くなよと言いたい。
あと、呉非をオッパオッパと慕うジョアンナというキャラが本当にうざかった。早く退場しないかなぁと思ったら呉非の彼女ポジションをゲットしてしぶとく生き残るし、こういうキャラって無残な殺され方をして読者の溜飲を下げる役目じゃないのかと思ったが、いろいろな箇所でセンスが合わない作品だった。