2022年末の台湾の九份や金瓜を舞台に、マスクをした人物による連続殺人事件が起きる。しかしこの犯人、女性を2人も殺害する凶悪さがある一方、犯行前に被害者から甘い物を奪っていたり、銅像に喧嘩を売っていたり奇行が目立つ。『エッ!この死体ってたったの60点?』という日本語訳になるタイトルは、中年女性の死体を見た警察の上司が言い放った言葉から来ている。とても不謹慎だ。
九份署に勤務する摩斯(シャーロック・ホームズの中国語名・福爾摩斯から命名)は、ベネチアンマスクをかぶった人物による殺人事件を担当する。犯人は被害者からゼリーとタピオカミルクティーを奪っていたので、糖尿病に苦しむ犯罪者かと推理したが、犯人として浮かび上がった人物は糖尿病も精神病の病歴もなかった。短期で楽天家の上司の陳豊留によって、事件は被疑者死亡のまま終息する。しかし新たなマスクマンの出現に台湾中が騒然となる。これは模倣犯なのか、それともこれこそ真犯人なのか。残されたマスクを調べていた摩斯がそれを装着すると、視界には見慣れた九份とは全く異なる非現実的な光景が広がるのだった。
ミステリーなのかSFなのか判断に困る作品で、ミステリーとするなら謎も推理も魅力が薄いし、SFとするなら単なる野外VR装置が登場するだけだ。作中に登場するベネチアンマスクは、目に映るもの全てが美しく見えるVRゴーグルみたいな機能を持っている。殺人事件や甘い物強盗も、このマスクが原因で起きた事故だったわけだ。そしてこのマスクには使用範囲に制限があり、九份のある場所を超えると効果が発揮されなくなる。
そう、この本の最大の謎は殺人事件ではなく、マスクの使用範囲が特定の場所にしか定められていないことなのだ。
摩斯は狂気と冷静の世界に片足ずつ突っ込み、自分でマスクを被って九份を奔走しながら、ある事実に気付いて徐々に犯人を絞っていく。彼を真実に導くのは住み慣れた九份の土地であり、彼の土地勘が謎の解決につながる。この本もまた他の台湾ミステリーの例に漏れず、台湾の街を丁寧に描写している。この本は強いて言えばミステリーでもSFでもなく、台湾ガイド小説であると言えるだろう。
もしかして台湾とか香港のミステリーって、街の情景をつぶさに描いて郷土的雰囲気を出せば評価が上がるのだろうか。