北京オリンピックまで一ヶ月も切った。路上や空港にはボランティアが待機しており、街からはゴミが消え草花であふれている。にも関わらず開催地北京に暮らしているボクには五輪の足音があまりはっきりと聞こえない。オリンピックのために新しく出来た地下鉄は未だ開通していないし、中国人の友達は五輪なんか知らねぇって風に故郷に帰ってしまった。
その代わり北京がだんだんきな臭くなってきたように思える。行き付けの新彊料理屋の看板からはウイグル文字が消え、オリンピックで使用されるプールがあるうちの大学には構内にフェンスが張られ、公安や都市管理警察がけっこう本気になって道ばたの屋台とかをしょっ引いている。こんなことをして誰の支持を得るのかわからないが、オリンピックのせいで北京市民は苦労しなければいけないみたいだ。『オリンピック』という今まで観たこともない怪物が徐々に迫ってくるので色々と準備をしているのだけど、脆弱で見当違いな対策しかしていない。
フェンスが張られた大学構内の様子。
遠くに公安や警備員の姿が見える状況は隔離されているようでバイオハザード的だ。
ある人は言った。
オリンピックの入国制限で北京に何年も勤めている外国人に就労ビザがおりなかった。
ある噂が流れた。
オリンピックのせいで大型トラックが北京に入れないから水や物資が不足している
いまの北京は物資と人を拒絶している。
『北京欢迎你』(北京はあなたを歓迎します)というのは北京オリンピックのスローガンだけど、外国人どころか中国人にも不便を強いている状況下でいったい誰を歓迎しているのか。名前にスローガンの漢字を一文字ずつ与えられたマスコットの福娃が北京の至る所で笑っている姿が悲しい。
『北京欢迎你』は『beijing huanying ni』という発音。各福娃はそれぞれ『贝贝』『晶晶』『欢欢』『迎迎』『妮妮』という各文字と同じ発音の名前を与えられている。ちなみに帽子?は五行を表しているだけではなく、左から『魚』『パンダ』『聖火』『チベットレイヨウ』『中国凧』と中国の象徴を具現化している。
また誰かが言った。
これじゃあ『北京欢迎你』じゃなく『北京不欢迎你』だな。
そうなんだ。北京五輪の真のスローガンは『北京はお前を歓迎しない』なんだ。
だからきっとあの福娃の中に『不不』っていう六人目がいるはずだ。名前は多分『怖怖』。
地下鉄が開通しないのも交通状況が良くならないのも王府井という外国人観光街に並べられた商品が軒並み法外な高値を付けているのも、物価が三倍になるのも北京に水がないのも外国人にビザがおりないのもオリンピック期間中は肉体労働者が働けなくなるのも五輪のチケット完売かと思いきや人気のない競技のチケットが投げ売り状態になっているのも中国人の友人が「オレ、オリンピック大っ嫌いだよ」と言い放つのもこの『怖怖』が全ての元凶。五人の仲間がオリンピックを盛り上げているのを尻目に様々な邪魔を仕掛け、中国政府の尽力をあざ笑い、人民を苦しめてほくそ笑んでいるのだ。仲間がやっているアニメが中国人に全くと言っていいほど人気がなくて誰にも観られないのも怖怖の仕業。
しかし怖怖は普段は表舞台に立たないのでその姿は誰にもわからない。
人々はこの怖怖によってオリンピックの面倒を押しつけられている。
でもこういう風に不便で効率が悪いのが中国だよなぁと妙に安心感をもたせるトリックスター的存在、それが怖怖。
そう考えるとなんだか憎めないね、怖怖。