犬の評価なんてのはつまるところその犬の飼い主への評価である。
だからただでさえ犬嫌いなボクなんかは、北京にいる犬に良い感情なんか到底抱けない。
リードは付いていないし、糞はそこかしこにするし、そもそもしつけがきちんとされているのか疑わしい犬もいる。犬がひとさまに迷惑をかけても本当に悪いのはペットを飼うモラルがない飼い主だ。
しかしこのような事件が起こると愛犬家だろうが犬の虐待犯だろうが、犬に密接に関係している人間は犬のこととなれば他人の目を気にせず周囲に迷惑をかけるものなのではという偏見を持ってしまう。
15日の昼頃、ベンツを運転している若者が京哈高速道路(北京-ハルピン間の高速道路)上で犬が積まれたトラックを止め、この車の犬が食肉として吉林省の長春に運ばれていると直ちに理解した。そこで彼が微博にこのことを書き込むと数百の愛犬家のネットユーザーがトラックの停まっている高速道路出口にまで駆けつけて、「放狗、放狗」と犬の解放を叫んだ。
結局、その500匹あまりの犬たちは動物保護組織とネットユーザーが金を出して買い戻し、小動物救済所に送り届けられた。
2011年4月17日の北京晨報より
事の発端はベンツを運転している若者が運搬車を見つけたことだが、何故彼はこの車が食用犬を運んでいることを直ちに理解したのだろうか。新聞にはその事情が書かれている。発生から解決までを時系列順にまとめてみる。
15日の午前11時過ぎに若者と友達は京哈高速で運搬車を発見し、この車輛が数日前にネットのニュースで見た食用犬の運搬車だと気付き、運搬車を止めて運転手と交渉を始める。
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午後4時、数十台の車が高速の出口に集まり、運搬車を取り囲んだネットユーザーが「放狗、放狗」と叫ぶ。そして犬たちにエサや水をやる中、車内の悪臭に気付き既に死んでいる犬を見つけた。また犬たちは脱水症状を起こしており、伝染病の疑いのある犬もいた。
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夜9時、現場に警察がやってきて一部の者を除きほとんどのネットユーザーを運搬車から遠ざけた。そして運搬車の防疫検査や手続きは既に済んでいるので、ネットユーザーたちに道路を塞ぐ違法行為を止めるように命じた。
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夜11時、これまでネットユーザーの代表者と運搬車の運転手が交わしていた値段交渉が最終段階に至る。運転手の主張は「犬は1斤(500グラム)7元で、この車に積んでいる犬の価格は7万元になる。そこに輸送費を入れた合計価格が11万5千元だ」としてこれ以上譲らない。それに対してネットユーザーは、犬を助け出すのが何より先だとし話をまとめようとする。
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明けて16日の深夜0時30分、両者の交渉がついに終わり、2つの慈善機構の共同出資という形で11万5千元(約145万円)という値段で落ち着く。しかしそんなに多額の現金が急には用意できなかったので、その場でネットユーザーたちによる募金運動が行われる。
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深夜2時になっても300人あまりのネットユーザーが現場に残っていた。
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16日早朝ネットユーザーの一団は中国小動物保護協会に行き、その車両数は100台を超えた。
ネットの力もさることながら、この件に尽力したネットユーザー自身の力も凄まじいものがある。記者によれば現場にやってきた車はアウディ・Q7、BMW、フォルクスワーゲン、キャデラックなど高級車が少なくなかった。そもそもトラックの発見者が乗っていた車もベンツである。
富裕層にとって昨今の動物愛護の観点に反する、食用犬を積んだトラックは許せないものがあったに違いない。
またこの事件が報道されているのはニュースサイトばかりではない。動画サイトYoukuにはネットユーザー自身が撮った現場の映像が投稿されている。
動画は夜に素人が撮ったものなので暗くて見づらいが、現場にいる人間は若者の数が多そうだ。そして警察と対峙する彼らが口々に叫ぶ「放狗!放狗!」というかけ声は怒声にも似ていて、警察の解散命令に耳を貸さない。
今回の件はネットユーザーの勝利(慈善機構が金を出した形だが)で終わった。しかし新聞は冷静なネットユーザーの言葉を借りて記事をこう結んでいる。
事件がここまで大きくなったのにも関わらず犬の業者は時間が長引けばより多くの犬が死ぬのにそれを心配することもなく、始終値段交渉に専念していた。彼らはネットユーザーが犬の生死が何より気がかりだったのを知っていたのだ。
もしまた同じことが起きたらまた犬を全部買い占めるのか。動物保護組織が問題を解決してくれるのか。法律を無視して他人の商売を邪魔して良いのか。金銭が問題を解決するものと考え続けていいのだろうか。
ネットユーザーがしたことは一時の激情に任せた思想のない行動であり、表層的な動物愛護精神の発露でしかなかった。彼らは交通法規を破り食用犬業者を脅迫して屠殺される犬500匹を救っただけだ。だから次のことなんか心配するだけ無駄だろう。
この一連の騒ぎでネットでは中国における動物愛護の改善や犬食文化の是非が取り沙汰されたが、一番重要視すべき点は食品衛生事情だ。
悪臭を放ち脱水症状を起こし伝染病の疑いがある犬がひとさまの口に上るという不衛生な流通経路は、昨今の偽造食品問題と同様に中国食料業界に蔓延るモラルのない悪習である。しかし犬を愛し犬食など止めるべきだと信じているネットユーザーにとって、この問題は最初から考慮できないのだろうか。
食用犬といえども最低限の尊厳は保証されているはずであり、今回の事件は例え防疫検査を通過していても業者側は動物虐待として告発されてしかるべきだった。
しかし愛犬家のネットユーザーにより問題がすり替わり、衰弱した食用犬が可愛がられるペットの地位にまで上ったことで、この問題が一般社会に波及せず金銭で解決できる小事に収まったのは皮肉だ。
商売道具の生き物を蔑ろにする業者も、その場限りの軽薄な正義を行うネットユーザーのどちら側も問題点がずれていた事件だった。とりあえずネットユーザーには、自分たちの行動によって食用犬じゃなくなった犬たちが今後どうなるのかを逐一チェックしてほしい。
ニュースサイト及び関連サイト
http://www.chinapet.net/news/14257.html
http://www.laonanren.com/news/2011-04/34661p3.htm
http://house.focus.cn/news/2011-04-20/1271101.html