産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞した作品。作者は児童文学作家の香月日輪(コウヅキヒノワ)
主人公稲葉夕士は両親を亡くしてから親戚の家で常に遠慮しながら住んでいた。高校入学を機に寮生活をしようと決意したのもつかの間、寮が火事になりせっかくの一人暮らし計画が挫折しかける。そこで見つけた安アパートには気さくで人の良い住人たちと魑魅魍魎が共同生活を営んでいた。夕士は彼らと触れ合い、妖怪アパートという少し不思議な空間で家族の暖かさを得ることになる。
ダ・ヴィンチに紹介されていて、妖怪もの好きとしてチェックしとかないかんと思って散々書店を駆け回ってようやく買えた文庫本。しかし中身は想像とまるきり別物だった。
妖怪アパートと言うぐらいだからきっと、上に住んでいる小豆洗いの小豆を研ぐショキショキ音のせいで眠れず、それを注意しに行ったら
うるせぇ、こちとら小豆相場が値崩れして小豆研がなきゃやってられねぇんだよ!!と小豆ぶつけられる展開とか、
隣の口裂け女姉さんのせいで近所の子供が脅えている。白マスクじゃない別のもので代用して下さいとアドバイスし、一緒に買い物に行くだとかそういう物語を期待していたんです。
ぼくと姉とお化けたちともっけとめぞん一刻が一緒になった小説っていうのを想像してたのに、そんなにドタバタしているわけでも、面白い妖怪が出るわけでもなく何か肩透かしを食らいました。全十巻の長編なのでもしかしたらボクが望む展開があるかもしれませんが、それは多分なさそうです。
妖怪アパートの住人は人間ですらバリエーションに富んでいて、耽美詩人や画家、除霊士に霊能力者など普通じゃお目にかかれないご職業です。更に料理を作る『手』だけの幽霊や麻雀ばかりする化物たちに、生前虐待を受けていて口がきけない少女の幽霊など、悪霊ではない良いお化けたちがいます。
お化けたちはワイワイ明るく暮らしていますが、悩みがないわけじゃありません。人間だったときのことを振り返ったり、人間になりたいと叶うはずもない思いに囚われたりもします。
主人公夕士は血の繋がらない家族に囲まれ、人とは違う思考を持った彼らを尊敬し憧れるようになります。思春期の夕士にとってアパートの住人はみな彼に別世界への指針をとってくれる大切な人たちなんです。
それで住人たちが夕士に述べる人生論とか啓蒙的なお話が、二十歳を超えた身には教育的すぎて鼻につきます。住人たちが『私は正しい』という顔をしているのがまざまざと思い浮かんできそうで、それが後半に出て来る雁屋哲が書いたようなステレオタイプな不良と対比させるとますます『臭く』感じてしまうのです。
これは登場人物のせいではなく、作者の小説の書き方のせいだからでしょう。おそらく作者の香月日輪さんは自分が生み出したキャラが大好きなはずです。でもそのキャラ愛がボクみたいな日の浅い読者には、作者のキャラへの愛情に付いていけず、良いことしかしない『善人』な彼らにウンザリしてしまうんです。なので二巻以降買うことは間違いなくなさそうですね。
余談になりますが、読書中にふと「この作者の小説、まえにどっかで読んだことあるかも?」と気になりました。それで香月日輪の名前をウィキペディアで調べたら、なんとボクが小学生の時にはまっていた地獄堂霊界通信の作者でした。
十年以上も昔の物語を思い出させてくれるなんて、やっぱり作品が変わっても作風っていうのは変わらないんでしょうかね。しかし子供の頃好きだった作者の作品が、いまじゃもう受け付けないっていうのは寂しいですね。