久々に読んでいてワクワクする中国ミステリに出会った。
作者プロフィールに『東野圭吾の作品に引けをとらない』とすごい地雷臭を放つ一文が書かれていたというのにまさかの大当たりだ。ただし中国で東野圭吾を引き合いに出す作品が多いことは事実なので、これを機に東野圭吾の名前を冠する中国人作家をまとめてみる必要がある。
数年前から連続殺人事件が発生している土地で5件目の事件が起きる。一連の事件では被害者の口には利群(中国のタバコの銘柄)のタバコが詰められ、指紋が付いたままの凶器は放置され、更には警察を挑発するような『請来抓我』(捕まえてください)というメモが残っているのに、趙鉄民ら公安は一向に犯人を捕まえられないでいた。
そんな物騒な土地で食堂の看板娘朱慧如が正当防衛でチンピラを殺害してしまう。彼女に片思いする郭羽が身代わりになろうとするが、その場に偶然居合わせた元法医学者の駱聞が二人のためにアリバイを作り彼らを守ろうとする。
駱聞によって捏造された事件現場から出た数々の物証は全て朱慧如たちが犯人ではないことを示し、二人も駱聞から教えられた通りの証言をすることで警察の目を完全に欺けていた。そして事件現場の遺留品から連続殺人事件の犯人と同じ指紋が出たことが極めつけとなり、二人は捜査線上から外される。
だが事件に興味を持った元公安のエリート刑事で数学教師の厳良は影に専門知識を持った公安関係者がいることを推理し、偶然街で駱聞を見かけたことで疑惑を深めていった。
我的名字叫黒(我が名は黒)
著者:王稼駿
もうすっかり島田荘司推理小説賞の常連としてその名を知られた王稼駿の新作サスペンス小説。もともと『簒改』(改竄)というタイトルで2011年の第2回島田荘司推理小説賞に応募し入選した本作はその後『最推理』という推理小説雑誌に連載され、書籍化にあたって『我的名字叫黒』(我が名は黒)とタイトルが変更された。そのため正確な意味では新作とは言えないかもしれない。
推理小説家の寧夜は大の小説バカで四六時中創作のことしか考えておらず、愛想を尽かした妻にとうとう出て行かれてしまった。そこでシリーズの主人公の探偵黒を殺すことで今書いている小説を最後に自身の作家人生を終わらせることを決意する。だが小説を書き続けているうちに寧夜の周りで殺人事件が起こる。
被害者はみな自分の新作を読んだ者たちばかりで、しかも現実には不可能と思えた作中と同じ手口で殺されている。寧夜は自分が創り出した探偵黒が自身の死の結末を変えるために現実世界に現れ、小説の内容を知る者たちを次々に殺しているのだと考えるようになり、最後は自分も殺されると悟る。そして刑事の孟大雷がまだ出版されていない小説を倣った連続殺人事件の参考人として寧夜に話を聞くうちに、彼もまた探偵黒が犯人であると考えるに至る。だが事件の被害者たちは作品を読んだこと以外にもう一つの共通点があった。
探偵黒の正体に読者の焦点が定まるだろうが読み進めていくとある程度予想が付いてしまう。しかし中国のサスペンス小説はたまにホラー展開になっていくので油断できないのが実情だ。私が以前読んだサスペンス小説では赤ん坊のゾンビが登場したこともあるので、もしかしたら本当に探偵黒が小説の中から現れたという展開も否定出来ないのだ。しかしそこは島田荘司推理小説賞に認められた作品、ちゃんと導き出せる答えを用意してくれている。
だからこそ犯人の目星は簡単についてしまい探偵黒の正体が明らかになったところでどんでん返しとはならないのだが、最後の最後になってずっと受け身だった寧夜がこれまでの言動に基づいた行動を起こし、これまで積み重ねてきた彼の設定が結末への伏線だったのかと驚ける。
1923~2013 日本推理的前世今生
1923~2013 日本ミステリの前身と現在
日系推理十大関鍵字
日系ミステリ十大キーワード
新星出版社の編集者であり日本人ミステリ作家との太いパイプを持つ中国ミステリ業界の実力者褚盟氏は冒頭の記事にふさわしく、日本のミステリの歴史を年代ごとに簡潔に説明している。
記事の中でジョン万次郎が日本ミステリの歴史に関わっていると述べているが、これは彼の著書『謀殺的魅影』から変わっておらず、著書でも今回の記事でも乱歩や横溝、清張、そして島田荘司も日本ミステリを語る際はジョン万次郎から始めたと主張している。
そして十大キーワードには四大奇書、変格ミステリ、東野圭吾路線など日本ミステリを語る上で欠かせない要素を挙げている。
昭和時代的通俗之王 江戸川乱歩
昭和の通俗王 江戸川乱歩
専訪 藤井淑禎
独占インタビュー 藤井淑禎
江戸川乱歩の紹介及び日本近代文学研究者藤井淑禎氏による日本ミステリにおける乱歩の地位が語られる。
従小説道理与推理小説伝統看松本清張
小説の法則とミステリ小説の伝統から見た松本清張
松本清張が社会派ミステリを書くまでに至った過程を当時の歴史背景を根拠に精密な筆致で記している。
和風万華鏡
日本推理小説諸面観
和風万華鏡
日本ミステリ小説の無数の姿
大陸では数少ないミステリ評論家天蝎小猪氏が個性豊かで独自色に富む作家と小説が生み出される理由を日本ミステリが現在置かれている5つの優位的状況から説明する。
専訪:島田荘司
本格推理之我的天職
独占インタビュー:島田荘司
本格ミステリは私の天職です
中国ミステリではもうお馴染みの巨匠島田荘司氏のインタビュー記事だ。『占星術殺人事件』を書くきっかけを語り裏話を披露してくれているが、最大の裏話は島田荘司推理小説賞に関する以下の文章の赤線枠内だ。
訳:島田荘司推理小説賞はすぐには儲けも見込めないから最初から3回で終わらすことにしていたんですが、台湾の『金車』(注:台湾の飲食品製造会社)の社長の娘が御手洗潔の大ファンで、父親にスポンサーになるよう説得してくれたおかげで第4回もできることになったんです。ただし、賞の名前の前に商品名が付くことになりますけど。
えっ、そんな事情があったの?!ってかここでバラしていいの?!
島田先生はサービス精神豊富でインタビューに対応し中国ミステリについても言及してくれているのだがここでは取り上げない。
専訪:綾辻行人
懸疑与恐怖是分不開的
独占インタビュー:綾辻行人
サスペンスとホラーは切り離せないもの
『Another』の続編を1、2作書きたいと述べているだけで他に目新しい情報はなさそう。麻雀好きって情報は中国人にとっては新鮮なのだろうか。
談到推理時我們談京極夏彦嗎
ミステリを語る際、京極夏彦に言及するか
京極夏彦先生の小説は中国ではサスペンスに分類されるらしい。どこに分類するか悩まされる京極夏彦の作品から『推理小説』というジャンルを語る。
面白い本を手に入れたのでえらく久しぶりに中国のミステリのレビューを。
この撸撸姐的超本格事件簿(ルルさんの超本格事件簿)の裏表紙を見るとおかしなことに気がつく。
全世界の書籍に必ず付いているISBNコードがないのだ。そしてページをめくるとこの文言。
そう、これは今年10月13日の『第1回上海コミックマーケット』で出品されたオリジナルのミステリ小説同人誌なのだ。値段は1冊30元。
この本は陸小包というアマチュア作家がSNSサイト豆瓣上で連載していた短編シリーズを書籍化したもの。同人誌とは言えその装幀は中国国内の下手な小説より綺麗で、推薦文はミステリ業界では有名な書評家天蠍小猪が寄稿している。
さてその中身はと言うと、これがとんでもない代物で、作者後書きにもある通りそりゃどこの出版社も引き受けたくないだろう。
この短編は撸撸(この『撸』って漢字ちゃんと表示されるのか不安だ。手偏に魯でLuと言います。)という女探偵と助手が毎回依頼人の持ち込む奇妙な事件を解決する1作品10ページほどのシリーズだ。
1話目の『超本格殺人事件』(全作品が超○○事件という名称だが、これは東野圭吾の『超・殺人事件』のオマージュだろう)は家に帰ったらミステリマニアの息子が死んでいて、妻に人殺しだと疑われた林という名前の男が相談に来るというストーリーで、『木』というまるで『林』を思わせるダイニングメッセージが焦点となっている。
その依頼事を解くため助手が毎回とんでもない推理をしてルルに突っ込まれるというパターンだが、だからと言ってルルがまともな推理を披露するわけではない。1話目はミステリマニアが昂じて母親を殺そうとした息子が逆に返り討ちに遭い、『本格』と書き遺そうとして『木』で終わってしまったというオチだ。
どれもネットで発表していた作品だからSS(ショートショート)並みの分量しかないが、それもルルと助手の漫才のような掛け合いを抜かせば更に軽くなるだろう。
しかも1話目のオチはまだまともな部類だ。2話目の『超速消失事件』では既にタイムスリップという禁じ手が登場するし、3話は初恋の女性が実は男性でしたというしょうもない話で、このような脱力させられるオチが本全体に溢れている。
しかしそれで本書をぶん投げるわけにはいかない。何故なら作品の前の推薦文及び解説でこの本が如何に通常のミステリからかけ離れているのか散々注意されるからだ。それを知った上で読んだ読者が悪いのである。
さて、天蠍小猪は推薦文で本書をこう定義付けている。「これは紛れもないバカミスだ」と。