「中国ユーモアミステリの王」として知られる?陸燁華の新作。今作でも、突拍子もない推理の連続で、ミステリーにはノリと勢いが重要だということを伝えている。
文化工作室(版権を取り扱い、出版社と協力して本を発行する会社)社長の梅寄塵は浪費家の妻・李逐星と離婚し、部屋を売り払って毎月の慰謝料に追われる日々を過ごしていた。ある日の朝、道端で周天明という男が部屋で殺されたという噂を聞く。梅寄塵と周天明は、2年前にある事件で行動を共にしていた「旧友」だった。推理小説好きの梅寄塵は現場を捜査していた警察官に、周天明の「友達」という体裁で捜査情報を見せてもらう。奇怪なことに周天明は室内で、3階以上の場所から「墜落」したとしか思えない死に方をしていた。そして死体の写真を見せてもらった梅寄塵は、その死体が周天明ではなく、2年前に周天明と一緒に「強盗」した喫茶店で居合わせた、客の小李であることに気付く。本当の周天明はどこにいるのか。彼は、同じく2年前の現場に居合わせた元恋人の顧思義と共に周天明の行方を探すが、彼女と別れた後、顧思義が何者かに殺されたという知らせを受ける。
室内で墜落死という大変魅力的な謎はひとまず置いといて、作者の陸燁華は2年前のコントチックな喫茶店強盗事件の顛末に筆を割く。
初対面の周天明から詳しいことを聞かないまま喫茶店で強盗することになった梅寄塵。主犯の周天明の目的が、金品でも食事でもなく、店内の人間の「時間」を強盗することなのも現実離れしているが、周天明の世間とのズレはこれに留まらない。彼は喫茶店の店長や客の反応から異常を察し、この場所で殺人が行われ、トイレに死体が隠されていると推理する。唖然とする一同のところに、今度は包帯で顔をグルグル巻きにした、文字通りの「覆面作家」が入店し、この喫茶店で乱交パーティが行われていたと断言する。
一応推理の体裁を取ったトンデモ推理を探偵に次々と披露させるのは陸燁華の得意技だ。常識外れの推理を先に見せることで、真相がどれほどおかしくても、さっきのよりはマシというクッション的作用を発揮する。この話でも、実はトイレの中には本当に人がおり、中に入っていた理由にも推理小説的な殺意が込められている。それが本書の最大の謎である室内での「墜落死」にまで結びつくのであり、バカミス要素をいくつも重ね合わせて長編小説を書けるのは、さすが「中国ユーモアミステリの王」(いつ誰が言ったのか)だ。
梅寄塵が泥沼にハマっていくのも見どころの一つだ。李逐星に払う慰謝料のために部屋を売って自分は会社に寝泊まりし、それでもとうとう立ち行かなくなって社員から金を徴収するまで追い詰められる。それにもかかわらず李逐星は慰謝料の増額を要求するのだが、彼女のことを心から愛している梅寄塵の気持ちが伝わってくるし、自分の欲望に忠実な彼女を嫌いになれないのだ。とんでもない女性の虜になってしまったという梅寄塵の心中の泣き顔が見えるようだった。
ところで、彼は毎月妻に8000元(約13万円)の慰謝料を妻に払っているが、これは一般的な中国人の給料よりちょっと低いぐらいで、普通の社会人ではかなり苦しいと思われる。と言いたいところだが、中国の「普通」とか「一般人」とは一体なんなのか。しかし、離婚しているのに、彼女に嫌われたくなく、このぐらいの慰謝料を払えなければ男として評価されないと考え込んでいる梅寄塵が哀れでならなかった。