真相推理師・幸存 著:呼延雲
本書は2011年に出版された『不可能幸存』を2017年に改めて再版したものだ。再版版としては2冊目だが、名探偵呼延雲シリーズでは3作目であるらしい。
別荘地のKTV(カラオケルーム)で健康グッズ会社『健一』の社長を含めた6人の死体が発見された。現場は鍵のかかった密室、犯人を示す有力な手掛かりは何も見つからない。ただ、現場付近を血まみれの服を着てさまよっていた女性が重要参考人として保護されただけだった。だがその女性が前作『真相推理師・嬗変』で恋人との悲惨な別れを経験した警察官の劉思渺だったことで、警察は何としても彼女の存在を隠そうとする。その一方で、心を閉ざし全く喋ろうとしない彼女から真相を聞くために『名茗館』という探偵組織のリーダーの愛新覚羅・凝に頼み、彼女に逆行催眠をかけて記憶を蘇らせようとする。しかし治療の途中、マスコミと『健一』に劉思渺の存在がバレ、事件の容疑者が警察官だと報道されてしまった。そしてその混乱のさなか、治療を受けていた劉思渺が姿を消す。
本作は主に大きなテーマ(社会問題)と小さなテーマ(密室殺人事件)の二つで構成されていて、新聞記者の郭小芬が大きなテーマである健康グッズ会社の詐欺商法を追いかけるとともに、その取材をしながら犯人がいかにして密室殺人をやり遂げたのかという小さなテーマを解明します。
『黄帝的詛語』で一部の警察官も関与する臓器売買を書いたことでお叱りを受けたこともあり、今回も健康グッズ業界にいかに詐欺行為が蔓延し、何故それらがなくならないのかということを入念な調査が感じられる筆致で、郭小芬を通じて描写しています。
しかし社会全体の問題である詐欺商法は現実でも解決されていないのですから郭小芬一人で解決できるはずもなく、彼女は今回も社会問題も殺人事件ももどちらも解決できないまま終わります。しかしそれで彼女の行為が無駄だったということはなく、むしろこのシリーズは彼女がいないと全く成立しません。事件に首を突っ込み、警察とも仲の良く、記者の肩書を活かして誰彼構わず話を聞ける彼女がいなければ、まとまりのないストーリーになっていたことでしょう。
名探偵呼延雲は実力がありますが行動力がない安楽椅子タイプの探偵で、本作でも誰かの電話に出る程度で滅多に姿を現しません。よって本作は、というよりも『名探偵呼延雲シリーズ』は実質郭小芬の物語であります。また作者はもと新聞記者でしたので、作者と同名のキャラクターが主人公である一方、作者と同じ職業のキャラクターもまた作者の特徴を濃く受けている分身とも言えます。
本作から中国四大ミステリ研究会の一つである『名茗館』の愛新覚羅・凝が登場します。この『名茗館』らミステリ研究会は民間の探偵組織であり、彼ら構成員は独自の手法で警察と協力し、または警察に代わり事件を解決するのですが、中国じゃなくてもこれが非現実的な存在ということはわかるでしょう。現代中国の問題を提起する社会派ミステリでありながらリアリティをガン無視したキャラクターが登場するライトノベルミステリの様相を呈する、これが呼延雲シリーズが中国で『中二』(中二病の意味)と言われるゆえんです。
この愛新覚羅・凝ですが、これが単なる歯に衣着せぬ言動で呼延雲ら名探偵の噛ませ犬となる「名探偵(笑)」かと思いきや、初登場の今作で作中屈指の人間の屑であることがわかります。
彼女はある手段である人物を陥れようとするのですが、あまりのやり方に、もしやこいつ表の顔は名探偵だが本当は犯罪組織のメンバーでこうした暗躍で警察の力を下げているんじゃないか、と思いきやその動機は完全に私的なものなのでなおさら始末に負えない。結局返り討ちに遭って思惑もバレてしまったのですが、こいつはなんでこんなことやらかしても新刊(5巻)でもいけしゃあしゃあと登場しているんでしょう。
知識を蓄えることを信条にしている作家だけあって、大筋のストーリーで健康グッズ詐欺という大半の中国人読者の生活に密着した話題を展開し、トリックに興味のない人でも飽きずに読める読み応えのある内容に仕上げています。