中国のネット小説サイト「火星小説」に連載されている、中華民国時代の江寧(南京)を舞台にした探偵小説。ちなみに著者の江寧婆婆は、「婆婆(お婆さん)」という名前を付けているが男性で、実は江蘇省南京市公安局江寧分局のインターネットセキュリティ大隊の副大隊長というれっきとした警察官だ。中国のSNS「微博」では「江寧公安オンライン」というアカウントを運営しており、彼自身の「百度百科」(ウィキペディアみたいなもの)もあり、「史上最愛売萌的警察叔叔(史上最も可愛い警察のオジサン)」として有名人らしい。
中国では、サスペンス小説家が公安関係者ということは珍しくなく、例えば「法医(監察医)秦明」シリーズで有名な作家の秦明は自身が監察医である。だが、インターネットが専門であるはずの江寧婆婆は、作品の舞台を現代ではなく民国時代にし、懐古風の探偵冒険小説を書いた。専門より趣味に走って作品を書く公安関係者は珍しいのではないだろうか。
民国17年、江寧の「李英雄探偵事務所」で働く探偵の王江寧は、ある事件の捜査で大量のアヘンを発見したことで、「鴟吻」(しふん。シャチホコのような姿をした空想上の動物)の入れ墨を持つメンバーが所属する「保皇党」という謎の組織の存在を知る。警察の捜査に協力する金陵大学教授の梅檀、王江寧の行く先々で出会う道士の呂冲元らとともに、清朝再興をもくろむ「保皇党」の陰謀を阻止するため、彼らは時には山賊の住処へ、時には数百年間外界と隔絶された隠れ里へ行き、数々の事件を解決する。
本書の特徴は各キャラクターのイラストがついている他、ページの要所要所に挿絵がある点だろう。本自体は一般の単行本サイズだが、形態としてはライトノベルだ。イラストがあるのでキャラクターの性格を掴みやすい。
王江寧
『TIGER & BUNNY』の虎徹みたいな外見。性格も虎徹っぽく、正義感にあふれ、喧嘩っ早い性格だが、優れた洞察力を持つ優秀な探偵で、作中のほとんどの事件を解決している。
梅檀
本に毒舌教授と書かれており、王江寧にのみちょっと辛辣なことを言う。知的メガネ、クール系、毒舌、スーツという「要素」を詰め込んだキャラ。
呂冲元
本には「正太(ショタ)道士」として書かれているが、せいぜい17、8歳ぐらいにしか見えない。日本から中国に渡ったオタク用語が中国で独自発展を遂げるケースは多く、この「正太」もそれに当てはまるだろう。
本書の構成は、お店の小籠包の調味料として使用する漢方薬の中に毒薬が仕込まれる事件から始まり、明代の鄭和の子孫を称する人々が住む閉鎖された村で人間を生贄とする儀式を防ぐまでになり、事件がどんどんスケールアップする。徐々に冒険活劇の様相を呈しながらも、作品世界には清代から民国時代という現実の歴史の流れが根底にあり、アヘンや清朝復興を目論む謎の組織、時々登場する日本の存在などが作品に緊張感を与えている。
中華民国時代を背景にしているとは言え、文章は現代的でとても読みやすい。しかし、1冊400ページ以上と長く、また本書は第1部に過ぎず、今後いったいどれほど続くのか不明だ。日本人キャラが登場するのなら続刊も買おうかなぁと思う。