探偵・陳黙思と推理小説マニア・陸宇コンビのシリーズ第3作に当たる。前作『鐘塔殺人事件』に続き、「中国では『殺人事件』ってフレーズが入ったタイトルの本は出版できないんだよ」という風説を引っくり返す強気なタイトルだ。
殺害された有名な推理小説家・界楠の遺品にあった招待状に興味を惹かれた陸宇と陳黙思は、彼に代わって日月山荘へ行く。円柱形の2階建ての日館、五芒星の形を構成する5本の柱、月形の池を持つこの場所では、10年前に天体愛好家の集まりのときに死亡事件が起きており、そして今回集められたのは当時の関係者たちだった。外界から孤立した別荘で殺人事件が次々に起こり、陸宇たちは何者かが10年前の事件の復讐をしているのではないかと疑う。
本書では『日月星殺人事件』と『時間の灰燼』の2つのストーリーが交互に展開する。前者は日館の2階で陸宇や陳黙思たちが殺人事件に巻き込まれるパートで、後者は日館の1階で天文愛好家たちがペダンティックな天文学知識を話し合うというパートだ。天文愛好家たちは、ジュピターやマーズなどの惑星の名前を名乗り、本名を伏せられている。2つのパートを交互に読んでいくと各人の名前を予想できるようになっているが、この予想というのが曲者で、作者側から確固とした言及がないのに勝手に姿を想像した時点ですでに作者の罠にハマっている。
陸宇たちが住む日館2階
天文愛好家たちが住む日館1階
何しろ『時間の灰燼』のパートは、古今東西の天文学知識の羅列であり、その知識は本編とほとんど関係がない。古代中国で宇宙はどのように考えられていたかとかいう知識を披露されたところで読者は退屈なだけであり、そのパート自体は本編の『日月星殺人事件』パートを補完するだけのサブストーリーにしか見えない。この点はいくら好意的に見ても、やはり水増しの感が否めない。しかし、物語の舞台が2つに分かれているという物語構造の妙は、最後の最後で効果を発揮する。
2つの世界の軸は、実は最初から2つの世界を貫いていたのである。
・剛腕の力技トリック
雪に囲まれた山荘で起きた殺人事件なのだから、雪上や死体の近くに足跡がないのは言わばお約束だ。そのトリックに対して陸宇が出した推理は、物理学を利用した机上の空論にしか見えない方法。対する陳黙思は実際に行動することで、誰にでも実行可能な方法を提示する。
最初に複雑でほとんど実現不可能なトリックを紹介してから、心理的盲点を利用した単純な方法を見せるというやり方は、ミステリー小説ではもうほとんど珍しくない。提示されたトリックの是非の判断は料理漫画と同様で、複雑で凝っていればいるほど正解から遠く、シンプルな方が好まれ、先に出てきた推理は後に出てきた推理に負けるのだ。
陸宇と陳黙思を経て、分かりやすく簡素化した本書のトリックは最後に、ダイナミズムを備えてコロンブスの卵を思い出させるこれ以上ない簡単な方法で読者に提示される。
謎解き部分を読んだ時、呆れたのか感心したのか自分でも分からないが、とにかく笑ってしまった。あまりにも大胆過ぎるので、現実にはというか、普通の人間が登場する小説では不可能なトリックだと思ったが、ミステリー小説のトリックで再現性などあまり重要ではないだろう。
・リアリティを排除
本書は中国を舞台にして本格ミステリー小説の体裁をなぞっているがゆえに、不自然な点が多々ある。中国で日月山荘という館を建てることは可能なのか、という根本的な問題は置いておいても、世界観の設定が現在の中国とだいぶ食い違っているのだ。
まず、殺害された界楠は有名な推理小説家だったようだが、現在の中国に有名な推理小説家がいるという世界観がとても奇妙だ。界楠は知る人ぞ知るというレベルではなく、一般的に認知された推理小説家だったようだが、トリックメインのミステリーなんか書いて一般受けしている有名推理小説家なんて中国にはまだいない。
さらに、推理小説をたくさん読んでいる陸宇が、外界と孤立した山荘に閉じ込められた際に、「まるで吹雪の山荘ものじゃないか」とツッコミを入れるシーンがある。しかしそういう視点を持てるのであれば、疑心暗鬼になって誰も信じられなくなり一人で自室にこもる人間や、恐怖のあまり発狂する人間に対して、「それは死亡フラグだぞ」と警告することもできたし、次の被害者を予想することも可能だろう。陸宇は作者と同等の視点を持っているくせに、深刻な事態になれば、本格ミステリーなんて言葉すらを忘れてしまったかのような態度を取る。
現代中国とは異なる架空の中国、もっとはっきり言えば、本格ミステリーが一般常識になった中国を舞台にしているのだから、よりメタ的な描写を入れたとしても、これ以上作品世界を壊すことはないだろう。
中国ミステリーの「本土化(ローカライズ)」を目指す意気込みは、最近とんと聞かなくなったが、やっぱりこういう意識は大事だなと再確認させてくれた一作だった。ミステリーがメジャージャンルになっている架空の中国を舞台にするなら、もっと徹底的にメタ的要素を入れるか、キャラクターをもう少し人間的に描くかをしてほしかった。トリックの衝撃はともかくとして、内容に対する評価は、現代中国に生きる20代の作家が数十年前の日本の本格ミステリーを中国で再現してみた、程度だった
中国の作家たちは中国ミステリーというジャンルで、中国の実情を背景にしたミステリーを書くことと、トリックに凝ったミステリーを書くことを、割合に若干の偏りがあるとは言え、双方の要素を作品に反映させていると思う。その中で、本書の作者・青稞は、後者を特に重視し、トリックのためにリアリティを捨てるという尖り方を見せている(ちなみに前作『鐘塔殺人事件』では、中国の山奥の館に暮らす日本人科学者一家が登場した)。しかし将来的には、中国ミステリー界隈の実情を取り入れた、中国でしか書けないようなゴリゴリの館ミステリーを書いてくれるかもしれない。