なんか知らないけどTwitterで妙に反響があった中国SF小説。実際、中国でもそこそこ有名になりつつあるのだが、日本のこの反響を作者が知ったらさて喜ぶかそれとも…。
天空を翔ける飛行船「夸父農場」の船長・程成は、人工知能(AI)と人間が合体して進化した「合成人」勢力との戦争で核爆弾を使用して勝利を収めた「純種人」側の軍人だった。彼は都市ほどの大きさがある飛行船で数多くの受刑者たちが栽培する農作物を管理し、夜は遠く離れた場所で暮らす妻と会話し、いつか家族と一緒に生活できる日を夢見ていた。しかしある日、軍本部に連れて行かれた乗組員の丁琳が残したデータがきっかけで、彼は自分の生活が嘘で塗り固められた偽りの世界であることに気付く。過去の戦争で「純種人」側は敗北し、世界はAIと「合成人」に支配されており、程成自身は実際結婚すらしておらず、そもそも彼は戦争の英雄・程成ではなくその息子の程複であり、「合成人」に逆らった父親の「罪」を償うためにAIによって記憶を捏造されて、他の受刑者と共に服役する奴隷だったのだ。虚構に気付いて捕まった程複は「祖国」から助けにやって来たという妹の程雪や父親の戦友であった受刑者らと共に飛行船を脱出し、人類を救う旅に出る。
序盤、程複が自分は程成ではないと気付いてから、捕まって人体培養庫で臓器の増殖手術を受けるシーンまでがSFホラーとして傑作。1日ずつ徐々にお腹が大きくなっていき、開腹手術を受けると腎臓が14個摘出されるシーンは恐怖の映像が想像できたほどだ(臓器は移植の他に合成人たちの食料となる。生まれたての赤ん坊も同様)。そして船を降りてからは一転、冒険譚が始まり、妹の程雪と一緒に「祖国」を目指しながら核戦争後の世界を渡り歩き、食人クローンの集落、「合成人」の国、文明を持つネズミと世界から見捨てられた被爆者たちが戦争する草原などで、程複は絶望的な光景を目にする。
程複は勇敢で善良で正義感が強く、悪く言えばお人好しのヒューマニストであり、絶望的な世界の中で他人のために生きようとする彼の目を通して、この世界の異常性が見えてくる。AI政府は読者の目からも程複の目から見てももちろんおかしいが、「純種人」である程雪が目指す「祖国」も決してユートピアではなく、「純種人」至上主義者の集まりであるので、行く先々で程複に協力してくれる「合成人」すらも程雪は人間だと見なさない。何が正義か分からない曖昧な世界を程複は生きていかなければいけないのだが、人間性が軽視される世界では人間すらも信じられない。例えば、程雪が本当に妹なのかという疑問、敵であるのに程複を助ける者、何度も捏造されている自分の記憶などがますます程複を悩ませる。
出てくるキャラクターや設定も秀逸だ。人間に奉仕するように造られ娼婦として働くことに疑いを持たない「セックスロボット」の桜子、人体や臓器どころか人間の人格すらも売買できる市場、生産性のない人間を殺そうとするAI政府、人権やプライバシーというものが存在しない社会、日本人を含む外国人が多数登場するある意味国境のない構造、これらの世界観が今後この作品にどのような厚みを持たせるのだろうか。
こういう面白い本が1冊で終わるはずはなく、案の定シリーズものになっていて、巻末予告を読むと2巻目には科学技術で甦った孔子やアインシュタインが仲間になるらしい。そう言えば、中国SFの代表作『三体』でもバーチャル世界に歴史上の偉人たちがやたら登場した。1巻では戦闘や冒険シーンが多かったが、2巻目では哲学的な長いお話が中心になるかもしれない。
『三体』の和訳が2019年に出版されるということが決まり、今後更に中国SFに関心が向けられるはずなので、こういった若い作品がもっと日本人に知られてほしい。SFに詳しい人間が本作を読んだら色んなオマージュを発見できるかも知れないし、そこから現代中国人のSF観が発見できるかも知れないからだ。
さて、この本の簡単なあらすじをTwitterに紹介したところ、「まるで今の中国を書いているみたいだ」と言う声がちらほら聞こえて驚いた。あらすじを書いた時にはそんなこと全く考えなかったからだ。本作に出てくるディストピア要素はSFにはよくあるものであり、中国人作家だから書けた作品というわけじゃないんじゃないだろうか。実際、作者に「中国批判の作品ですか?」と聞いたところで、もし本当だったとしても素直に「イエス」と言ってくれないだろう。
中国の小説をずっと読んで来ていて思うのは、日本人が関心を寄せるポイントが、その本は中国批判を書いているかどうか、中国の検閲や表現の自由の規制と戦っているかばかりなのが、とても残念だということだ。文学ならともかく、普通の小説であるならそういうのを二の次にして、面白いかどうかの判断で興味を持ったり手に取って読んでもらいたい。中国の小説の存在価値はそればかりではないはずだから。