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2024/12/27 [Fri] 00:42
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レビュー 蔡駿:【謀殺似水年華】
2011/12/23 [Fri] 08:32
中国で最も売れているサスペンス小説家
蔡駿
が最新作
【謀殺似水年華】
で社会派サスペンスの分野に挑んだ。
『中国社会派懸疑小説開山大作!』(中国社会派サスペンス小説の先駆け的作品!)
と帯に書かれた本作で、人気若手作家蔡駿は現代中国の何を描き出したのだろうか。
物語は2人の男女を中心に過去と現在を行き来する。
1995年、テレビで
『101回目のプロポーズ』
が放映されていた頃、上海の街中で小さな売店を営んでいた女性が何者かに絞殺された。現場に残されていた凶器は売店の女主人には似つかわしくないほどの高級なマフラー。そして事件の唯一の目撃者は13歳になる被害者の一人息子
秋収
だけ。
刑事
田躍進
は農村から出てきたばかりで身寄りを失った秋収を不憫に思い、数日の間家に連れて帰る。田の一人娘の
小麦
が秋収と同い年だから仲良くなってくれると信じていたからだ。
しかし少年も少女も一つ屋根の下にいながらお互いに無関心だった。
2010年の現在、28歳になった小麦に凶報が届く。父親である田が殉職したのだ。そして父の遺品を整理する中で、小麦は父親がこれまでの事件についてまとめたノートを発見する。そこには15年前に起きた秋収の母親の事件も詳細に記録されていた。
しかし小麦は自分が数日間とは言え秋収という少年と一緒に暮らしていたことなど全く覚えていなかった。それどころか子供の時代の思い出が頭からすっぽり抜け落ちている事実に愕然とする。
小麦はその後、親友に紹介してもらった淘宝(中国のネットショッピングサイト)の欲しい物なら何でも手に入る店舗で、藁にもすがるような気持ちで『自分の記憶』を購入する。しかし店から送られてきたものは『101回目のプロポーズ』のDVD。それ自体は大量生産品だったが、まさに少女時代の小麦が見ていたドラマだった。そして小麦はそのドラマを夢中で見ていた少年が同じ家にいたことを思い出す。
小麦が徐々に記憶を思い出していく最中、過去と現在の殺人事件が一つにつながっていく。
この物語が
『社会派サスペンス』
と呼ばれる所以は、現代中国に歴然と存在する身分差別を取り扱っているからだ。
記憶を取り戻していった小麦は、2000年に再会した秋収と周囲全てを敵に回すほどの恋愛関係にあったことを思い出す。18歳同士の交際が何故ここまで問題になるかと言えば、小麦は上海市民の学生だが秋収は農村出身の売店経営者に過ぎず、2人の恋愛は中国社会へのある種の反抗だったからだ。
中国には都市戸籍を持つ都市住民と農村戸籍を持つ農村住民を区別する社会制度が存在する。この社会制度は両者の間に極めて大きな格差を生み、一種の差別に繋がった。例えば、農村から都市部に出てきた農民は教育や医療などで満足な行政サービスや社会保障が受けられない。
この両者の差は作中で大怪我を負った秋収が頑なに病院へ行くことを拒み、
『オレ、社会保険入ってないんだ』
と言って小麦を絶句させるシーンからも見て取れる。
本作はサスペンス小説でありながら18歳の男女の孤独な恋愛話が主軸を占めている。この青春的な恋愛描写がサスペンスに全く興味のない読者層を取り込むサービスシーンではないことはわかっている。彼らの恋愛も事件の真相を明らかにするための重要なステップなのだ。
しかし中国社会の戸籍制度が扱われているから『本書は社会派である』と言い切って良いのだろうか。社会派というからには現代社会の問題を物語の背景にしている必要がある。
小麦と秋収の交際は確かに現代中国社会に波紋を投げかける事件だろう。しかし彼らの恋愛は親と学校により社会に出ることなく、水際で食い止められるのだ。小麦の教師はそもそも男女の恋愛が学生としてふさわしくないとし、小麦を学校から一歩も外に出させない。そして一時期秋収の面倒を見ていた小麦の父親すら、秋収が農村戸籍であることを理由に2人の交際を認めなかった。
彼らの行動は周囲の大人たちの手により社会に影響を与えることがないまま、学校レベルの問題として不発に終わる。それはつまり本書も現代中国社会に対して何も訴える力を持たず、単なるサスペンス小説どまりという証明にならないだろうか。
また秋収の母親が殺された理由も彼女が農民だったことにその一因があるが、犯人の性格を鑑みれば彼女が都市住民でも結局殺されていただろう。
本書は1995年から2010年の上海を舞台に、急速に発展する中国社会でますます広がる貧富の格差を描いている。だが物語の背景にこそ現代中国を反映させているが、サスペンスの要となる犯人の動機も犯行の理由もそこに込められた社会的背景は極めて薄い。
社会派の名を冠するのであれば戸籍問題を子供と大人の理不尽な関係の中で有耶無耶に解決させるのではなく、都市住民と農村住民の差別の現実をより残酷に書く必要があった。小麦と秋収が現代社会の無力な犠牲者として描かれているからこそ、大人たちの意向を無視する18歳の少女のがむしゃらな言動は、その熱意とは裏腹に驚くほど軽率に見える。
現代中国に鬱積する社会問題を挙げれば枚挙にいとまがない。しかしそれら諸問題を作品に盛り込めば社会派小説が生まれるというわけではない。本書の帯文
『中国社会派懸疑小説開山大作!』(中国社会派サスペンス小説の先駆け的作品!)
は、中国で一刻も早く社会派ミステリや社会派サスペンスのジャンルを創設したい出版社側の勇み足の表れではないか。
ただし社会派かどうか論議の余地があることを除けば、本書はなかなか面白かった。何より改めて思ったが、蔡駿の作品は非常に読みやすい。400ページ近い大作がたった3日で読めた。
正直私は蔡駿の著作というか作風が好きではなかったので、そういう意味で本書は嬉しい不意打ちではあった。
もし次に蔡駿の小説を読む機会があったら、何で私が蔡駿をいけ好かなく感じているのかを説明したい。
ちなみに本書のタイトル【謀殺似水年華】には元ネタがある。プルーストの
【失われた時を求めて】
の中国語版タイトル
【追憶似水年華】
がそれだ。もし本書を和訳することになったらタイトルは
【失われた殺人事件を求めて】
となるのだろうか。
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