この内、下記の3作品が最終候補作品に選ばれました。
薛西斯(台) /『H.A.』
提子墨(台) /『熱層之密室』(熱層の密室)
雷鈞(大) /『黃』(黄色)
常連の王稼駿は今回も最終候補まで残れませんでした。1回目は規定違反だったので仕方ないですが、それから今回を入れて全てに入選している彼の作品の一体何が受賞に届かないのか今度調べてみるのも面白そうですね。
第4回カヴァラン 島田荘司推理小説賞大賞受賞作の発表は2015年の9月です。島田荘司先生のマイクロブログによると最終候補に残った3作品とも出版されるそうですが、おそらく繁体字版のみでしょう。簡体字版と日本語版は発売されるのでしょうか。
なんというか、この賞で盛り上がっているのは台湾と日本だけで大陸側がないがしろにされている感じがするのですが、ここは雷鈞に中国大陸出身者初の受賞をしてもらって、大陸の有志による簡体字版出版がなされれば状況も変わったりするのでしょうかね。
『中国の東野圭吾』こと周浩暉の誇る『羅飛刑事シリーズ』の第四弾。
この本、新刊だと思いきや2009年に出版された同名小説がネット映画化を機に2014年に再出版されたものらしい。しかし本書のどこにもそんなことは書いていない。この点も含めて、中国のミステリ小説の単行本は収録作品が何年のどの雑誌に掲載していたかなど書いていないことが多いので、こういう不親切が今後なくなっていってほしいものだ。
舞台は2002年の上海。ベテラン刑事の鄭は18年前に起こった公安副長及び警察学校生徒爆殺事件の手がかりをいまだに探しており、事件の唯一の目撃者であり自身も爆発で重傷を負った黄少平から聞き込みを続けていた。だが鄭はある日自宅で何者かに殺されてしまう。通報者は別の管轄を担当する公安刑事の羅飛であった。実は18年前に爆死した2名の生徒とは羅飛の親友と恋人であり、彼も事件の謎を明かすために単独で現地入りしていたのだ。
18年前の事件と今回の事件がEUMENIDESを名乗る同一犯の犯行によるものとされ、公安では新たに捜査チームが設けられた。爆発物のプロの熊原、インターネットの専門家の曾日華、美貌の心理学者の慕剣雲、そして羅飛がメンバーに加えられるが、EUMENIDESの大胆な犯行により、殺人予告状(死亡通知単)が来て万全の警備が敷かれているというのに悉く裏をかかれてしまう。更に現場から離れて捜査を進める羅飛と穆剣雲は黄少平から18年前の事件のとんでもない真実を告げられる。
この『死亡通知単』シリーズは現在3作目まで出ており、第1作目の本書ではEUMENIDESの正体は一切明かされない。ラストでの彼の独白からわかることは、過去に『先生』と呼ばれる人物から殺人術を学び、法に代わって罪人に制裁を行うのが生きる目的になっている知能犯ということぐらいだ。
中国サスペンスにおいて滅私奉公型の知能犯は珍しくないが、本書のような悪人のみを狙った犯罪者には物語の外にある現実世界の障害が立ちはだかるのではないかと危惧してしまう。
本書では殺人犯、ひき逃げ犯、レイプ魔などがEUMENIDESの手にかかり、最終的に『市長』のあだ名を持つマフィアのボスまでも制裁を受ける。裕福で政府にコネのある者も制裁の対象になる本書には現実社会に対する批判も含まれているのだが、中国の現在を反映させるのならばやはり共産党の腐敗分子にまで被害が及ぶのが当然ではないか。
しかしそんな話は書けるわけがない。読者も作者にそこまで望まないが、物語の中にはこれまで何十人もの罪人を殺した頭のネジの外れた犯罪者が存在するのだから、彼が腐敗分子を狙わない理由を説明することは作者の義務ではないだろうか。さもなければ『悪人皆殺し』を生業にするこのキャラクターの存在が矛盾してしまう。
本書のサスペンス部分に目を向けると、犯人がどうやって犯行を行ったか?と犯行後に頭を捻って考える必要はなく、どの犯行も非常にわかりやすく、また唸るような合理的な手法が用いられる。厳重な警備の中を犯人がどうやって犯行に及ぶのかに注目する読者の視線は事件の推移を見守る警察ではなく野次馬と同様である。
犯行の性質上、EUMENIDESはダークヒーローになれそうだが、読者が本当に望んでいる相手を対象にすることができないため、中国サスペンスで魅力的な犯人を描くことはまだ難しそうだ。
日経ビジネスオンラインに掲載されている福島香織さんのコラム『中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス』の先週号『赤い帝国主義下の言論出版統制』に昨今の中国の出版事情が書かれていました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20150601/283768/
ここでは識者の言葉を借りながら最近の中国で文明論や文化論に関係し、中華文明や中華的価値観に対する否定的な言論、とりわけ西洋文明の関与を匂わせる論評が検閲されやすいと書かれています。
現時点では論評に限られているようですが、出版業界がこのまま政府によって西欧色を排除させられてしまい、ついには現代中国の実情にそぐわない内容の小説なども規制されてしまうのではと危惧してしまいます。
そしてその際に槍玉に挙げられる可能性が高いのはミステリ小説でしょう。
何故ならミステリ小説に欠かせない探偵という職業は西欧的であり且つ中国では違法だからです。
中国で探偵が違法ということは昔から言われていますが、実際にどういう罰則があるのかははっきりわかりません。いろいろな話を統合すると、盗聴や追跡など非合法的手段で情報を取得することを禁じているだけであり、探偵事務所の看板を掲げること自体は罪にならず、法律に則って営業していれば捕まることはないようです。(個人的な理解です)
ですが、日本の探偵事務所と同様に中国の探偵事務所を名乗る会社も大概は人探しや浮気調査、そして知的財産保護など法律事務所の業務を行い、事件の捜査なんかは行いません。
では中国のミステリ小説ではどうかと言うと、探偵と呼ばれるキャラクターは数多くいますが本業が別にあって趣味で探偵をやっている、または周囲から探偵としての役割を頼られているだけで副業として探偵をやっている人間がほとんどです。物語ではそのような自称(他称)探偵が警察と何らかの関係性を持って事件に介入しますが、警察が探偵に協力を求めることも実際にはありません。
中国人作家が「中国では探偵が違法」というリアリティを気にしているのかわかりませんが、現代中国のミステリで探偵業で飯を食っているキャラクターはいないと思います。
更に中国では「名探偵」の名称が警察にも使われ、敏腕刑事が「名探偵ホームズ」などの異名を取ることがあります。この場合はたいてい警察や公安が主人公となって証拠や手がかりを固めて犯人を追うという構造の懸疑小説(サスペンス小説)が主です。
私は探偵とは在野におり、時には公権力と対立する存在だと認識していたため、刑事が名探偵を名乗る中国ミステリには違和感を覚えます。
出版に対する規制が厳しくなっているという昨今、非合法な存在であり民間人なのに事件に介入する中国には存在しないはずの探偵は今後フィクションの中でも存在が許されず、警察しか名乗ってはいけないという方針が出されるかもしれません。それはともすれば、トリック重視のミステリ小説がなくなり、警察しか活躍しないサスペンス小説が中国の『ミステリ小説』となる恐れがあります。
しかし規制されるのであれば小説よりもドラマが先でしょう。
2011年にタイムスリップを題材にした映画が規制された原因は粗造乱立した映画の内容があまりにも低レベルだったためだとも言われています。
最近は規制が緩いということでミステリ小説のネット映画化が中国で盛んになっているようですが、粗悪な内容のものが当局の目について規制されなければいいのですが…
5月21日に中国の映画監督・賈樟柯が自身の監督した映画『山河故人』の上映会後、集まったメディアに上海に映画会社『暖流(FABULA)』を設立したことを宣言。上質な商業映画を制作することを目的とし、最初の計画として東野圭吾の小説を改編した映画作品を中国で初めて制作するとのこと。
この記者会見ではあくまでも『計画』としか話しておらず、東野圭吾の何の作品をいつ映画化するのかなど具体的なことについては一切言及していないです。
このニュースを初めて見たときは「なんだよ、ただのビッグマウスじゃないか」と疑いましたが、賈樟柯が中国のみならず日本でも一定の知名度を誇り、オフィス北野と提携している映画監督だと知ってからは単なる夢想と片付けることができなくなりました。
記者の前で語っているのだからある程度の見通しはあるのでしょう。
中国で有名な東野圭吾作品と言えば『容疑者Xの献身』と『白夜行』は外せないでしょう。前者に似たタイトルの中国ミステリは何度も見かけたことがありますし、後者については中国の東北地方を舞台にした『東北版白夜行』とネットで揶揄される中国映画『白日焔火』があります。
しかし東野圭吾の作品は上記2つ以外も大抵は人気があると思いますので、既に日本や韓国で映像化されて中国人の東野ファンも見たことがある作品の映画を今更制作しても比較されるだけでしょうから他の原作を選べばいいでしょう。ただこの2作はあまりにメジャーですので敢えて中国版を制作することもあり得ます。
さて、もし東野圭吾の小説を映画化するとなると版権はどこから買えばいいのでしょうか。中国国内の出版社が版権を購入するとき契約書に書籍化の権利は書いているでしょうが、映像化の権利までは書いていないはずです。もし書いていれば今頃いくつも東野圭吾映画が出来ているでしょうし。だから既に中国国内で出版されている作品を映画化するのであれば賈樟柯は日本の出版社と交渉するでしょうが、彼にそんなルートがあるのでしょうか。
この点についてとあるブロガーが日本の映画プロデューサーであり『山河故人』のプロデューサーでもある市山尚三氏が『山河故人』試写会の前日に行った中国人記者とのインタビューで語ったコメントに注目しています。
このインタビューの最後に市山尚三氏は記者の「賈樟柯に日本映画の監督をさせようと思ったことがあるか」という質問に対し、「当然ある。実際、私の手元には彼に撮影させたい脚本がいくつかあり、彼も興味を持っている。ただし詳しい作品名は明かせない(以下略)」と答えています。
ブロガーはインタビューの末尾に『インタビュー終了後、賈樟柯が東野圭吾の小説を映画化させる計画があるというニュースが伝えられた』という注釈を付けており、まるで市山尚三氏が版権交渉人として動いていると推測しています。
この推理が果たして正しいのかは別として賈樟柯と日本の距離が意外と近いため、中国初となる東野圭吾作品の映画化というのは単なる与太話で終わらなさそうです。
積まれた本の山から適当に取って暇潰しに読んでみたんだけど意外と面白くてビックリした。
この作者の過去の出版作品では中国のミステリ小説によくありがちな著名な作家の名前を勝手に使った推薦文を掲載し読者の目を引く手法を採用していたので、要するにその程度の作品しか書けないのだろうと高をくくっていたのだがそれは全くの誤解だったようだ。
実は以前推薦文詐欺(以下このように呼ぶ)をした本の作家と話をする機会があったのだが、彼が言うには自分自身も知らなかったらしい。彼の言い分を信じれば、出版社側が作家の許可を得ず勝手にしたことだそうだ。確かに、普通の作家ならば著名な作家の名前を借りて読者を騙すようなことはしないだろう。
だから以前の本の推薦文詐欺も徐然が関与していないことを信じたい。ちなみに本書では上記のような推薦文詐欺は一切ない。
伊南と伊洛の姉妹は父親に見捨てられ貧窮に喘ぎ、狂った母親からは教育という名前の虐待を受け、父親の再婚相手(継母)から嫌がらせを受ける要するに不幸な少女だった。母の死により生活はますます困窮を極めるが、父親と再婚相手が何者かに殺されたことにより転機が訪れる。父親の巨額の遺産を相続できる身分となった姉妹の周りにはそれを狙う継母の両親から姉妹を守るために警察官や弁護士など味方が現れる。頼りになる大人の庇護下に置かれた姉妹は久しぶりの幸せを味わうが、殺人事件を担当し姉妹のどちらかが父親殺しの犯人だと推理する刑事の喬安南により事件に関する姉妹の嘘が徐々に暴かれていく。果たして姉妹は守られるべき無垢な少女なのか、それとも残忍な悪魔なのか。
本作の見どころはなんといっても最低な大人たちがどれほど健気な姉妹を傷つけ、彼女たちがそれにどう耐えるのかである。回想で彼女らが虐待や嫌がらせを受けるほどに、姉妹の庇護者と同様に読者も彼女らが遺産の後継者になってほしいと願うが、中盤以降姉妹が単なる弱者ではないと思われる事実が続々と表れる。確かに姉妹は大人たちの犠牲になった可哀想な被害者なのだが、その頭には悪魔的な算段が渦巻いておりまるで不良行為を隠すかのように大人たちの目を欺く。
狡知に長けた子供たちが大人を欺く中国ミステリには紫金陳の『壊小孩』があるが、その本では予め子供が犯人であると明示されている一方、本書では最後まで疑わしいというレベルに留まる。彼女らが本来被っていた無垢なベールを一枚ずつ剥がしていく描写力に作家の高い筆力を感じさせる。
さて、この本には不幸な姉妹が登場するが百合描写は一切ない。それどころか母親の生前は虐待被害を如何にして相手に与えるのかお互い考えているような仲なので、一般的な姉妹愛というものは皆無と言っていい。そのような二人なのだから協力関係など結べそうにないが、事件の進展により単独犯ではなく共犯の可能性が徐々に明らかになる。彼女らは決して苦境の中でなんの役にも立たなかった姉妹愛などを信じておらず、強い利害関係によって結びついているのである。
ちなみに犯罪のトリックは現代のミステリ小説ではあり得ないほど簡単であり、稚気に富んだイタズラレベルの犯行は見ようによっては微笑ましい。ただ本の粗筋に「二人には完璧なアリバイがある」と書いてあるが、警察が何故アリバイをさっさと調べられなかったのかが疑問である。これは周りの大人から邪険にされ無視されて、誰にも顧みられなかった少女たちだからこそできたアリバイトリックなのだろう。それが優しい大人たちの登場によって崩されるのが本書の妙である。