積まれた本の山から適当に取って暇潰しに読んでみたんだけど意外と面白くてビックリした。
この作者の過去の出版作品では中国のミステリ小説によくありがちな著名な作家の名前を勝手に使った推薦文を掲載し読者の目を引く手法を採用していたので、要するにその程度の作品しか書けないのだろうと高をくくっていたのだがそれは全くの誤解だったようだ。
実は以前推薦文詐欺(以下このように呼ぶ)をした本の作家と話をする機会があったのだが、彼が言うには自分自身も知らなかったらしい。彼の言い分を信じれば、出版社側が作家の許可を得ず勝手にしたことだそうだ。確かに、普通の作家ならば著名な作家の名前を借りて読者を騙すようなことはしないだろう。
だから以前の本の推薦文詐欺も徐然が関与していないことを信じたい。ちなみに本書では上記のような推薦文詐欺は一切ない。
伊南と伊洛の姉妹は父親に見捨てられ貧窮に喘ぎ、狂った母親からは教育という名前の虐待を受け、父親の再婚相手(継母)から嫌がらせを受ける要するに不幸な少女だった。母の死により生活はますます困窮を極めるが、父親と再婚相手が何者かに殺されたことにより転機が訪れる。父親の巨額の遺産を相続できる身分となった姉妹の周りにはそれを狙う継母の両親から姉妹を守るために警察官や弁護士など味方が現れる。頼りになる大人の庇護下に置かれた姉妹は久しぶりの幸せを味わうが、殺人事件を担当し姉妹のどちらかが父親殺しの犯人だと推理する刑事の喬安南により事件に関する姉妹の嘘が徐々に暴かれていく。果たして姉妹は守られるべき無垢な少女なのか、それとも残忍な悪魔なのか。
本作の見どころはなんといっても最低な大人たちがどれほど健気な姉妹を傷つけ、彼女たちがそれにどう耐えるのかである。回想で彼女らが虐待や嫌がらせを受けるほどに、姉妹の庇護者と同様に読者も彼女らが遺産の後継者になってほしいと願うが、中盤以降姉妹が単なる弱者ではないと思われる事実が続々と表れる。確かに姉妹は大人たちの犠牲になった可哀想な被害者なのだが、その頭には悪魔的な算段が渦巻いておりまるで不良行為を隠すかのように大人たちの目を欺く。
狡知に長けた子供たちが大人を欺く中国ミステリには紫金陳の『壊小孩』があるが、その本では予め子供が犯人であると明示されている一方、本書では最後まで疑わしいというレベルに留まる。彼女らが本来被っていた無垢なベールを一枚ずつ剥がしていく描写力に作家の高い筆力を感じさせる。
さて、この本には不幸な姉妹が登場するが百合描写は一切ない。それどころか母親の生前は虐待被害を如何にして相手に与えるのかお互い考えているような仲なので、一般的な姉妹愛というものは皆無と言っていい。そのような二人なのだから協力関係など結べそうにないが、事件の進展により単独犯ではなく共犯の可能性が徐々に明らかになる。彼女らは決して苦境の中でなんの役にも立たなかった姉妹愛などを信じておらず、強い利害関係によって結びついているのである。
ちなみに犯罪のトリックは現代のミステリ小説ではあり得ないほど簡単であり、稚気に富んだイタズラレベルの犯行は見ようによっては微笑ましい。ただ本の粗筋に「二人には完璧なアリバイがある」と書いてあるが、警察が何故アリバイをさっさと調べられなかったのかが疑問である。これは周りの大人から邪険にされ無視されて、誰にも顧みられなかった少女たちだからこそできたアリバイトリックなのだろう。それが優しい大人たちの登場によって崩されるのが本書の妙である。