著者の趙婧怡は翻訳者としての顔も持っており、青崎有吾の『ノッキンオン・ロックドドア2』や阿津川辰海の『紅蓮館の殺人』などを翻訳している。またSFミステリー短編集『扮演者遊戯』を出している。
長編小説である本作は、本格ミステリーと社会派の融合という煽り文句が帯に書かれているが、社会派成分はそこまで感じなかった。あと、なんというか、本書を読んだあとに自分で書いた『扮演者遊戯』のレビューを読んで改めて思ったのだが、この作者、◯◯トリックが好きなんだなと思った(この感想自体が本作のネタバレになってしまうので伏せ字)。
東陽市郊外のガラクタ置き場で王治国という名の男の死体が見つかる。郊外とは言え、死体が無造作に捨ててあった事実に、事件捜査を担当する刑事の周宇は嫌な予感を覚える。案の定、死体の発見現場を調査すると、その下から十数年前に行方不明になっていた宋遠成とその娘・宋小春の白骨死体が出てきた。なぜ犯人は王治国を殺したあと、父娘の白骨死体が眠る場所にわざわざ捨てたのか。三人の死者にはどういう関係があるのか。周宇は新人刑事の方紋とともにこの難事件の捜査に当たる。
一方、大学生の秦思明は奇妙な荷物を受け取った。それは十数年前に東陽市で起きた女児誘拐事件に関する新聞の切り抜きだった。なぜそんな事件の記事が自分のところに?という疑問以上に、秦思明には不可解な点があった。家が裕福な彼は、大学寮ではなくマンションを借りて一人暮らししており、その住所を知る人間は母親の馬雪瑩以外いないはずだった。不安になった彼は、程よい距離感の友人・肖磊に相談する。しかし何者かからの荷物は次々と届き、その中には赤ん坊を抱く若い頃の馬雪塋の写真があった。だがそこに写っている赤ん坊は、秦思明ではなかった。彼は徐々に自分の出生、そして母親の秘密に迫っていく。
中盤まで差し掛かっても、周宇のAパートと秦思明のBパートがどう交わるのか予想のつかない展開。死んだ王治国は昔、宋遠成の娘・宋小春を誘拐した疑いがあり、最近では馬雪塋を脅迫していたので、過去と現在を結ぶ重要人物である。ではその彼を殺したのは誰か?
Aパートでは宋遠成の義理の娘・宋迎秋の証言によって、Bパートでは秦思明の友人・肖磊の協力によって、どうやら馬雪塋が王治国殺害と宋小春の誘拐には関与していそうなことが分かる。しかし怪しいところ満載の馬雪塋にはGPSアプリの行動履歴による鉄壁のアリバイがあり、それを崩すには不可能に見えた。
しかしそもそもどうして馬雪塋にこれほど疑いの目が向けられたのかと言うと、情報提供者の宋迎秋と捜査協力者の肖磊の働きが大きい。宋迎秋が周宇たちに当時の事実を話すのは、義父の敵討ちのためなのか。肖磊が秦思明を支えるのは、友達だからか。物語はこの「二人」の真意が分かってから加速度的に面白くなっていく。
事件の発端となった誘拐事件は、犯人が知力を尽くして実行に移したというのでは全くなく、他人の身勝手さと偶然が重なった極めて不幸な事故とも言え、そんな不幸なバトンリレーあるのか?と興醒めしてしまったが、だからこそ回りくどい復讐を選んだのだろう。