8月20日は上海ブックフェアで伊坂幸太郎サイン会が行われる日でした。
ホテルからちょっと歩いたところに朝から肉まんやら麺やらを提供してくれる大きなレストランがあるのでそこで朝食を食べました。
写真に写っているのは葱油拌麺(ネギ油まぜそば)と生煎包(蒸し焼き肉まん)で、これが私にとって上海に来て初めて食べた上海料理でした。この葱油拌麺は見ての通りストレートな細麺でこんな細さの葱油拌麺は今まで食べたことがなかったのですが、味の方も今までで一番美味しかったです。ネギ油や醤油だけをぶっかけた単純で下品な料理なのに何故こんなにも美味さに違いが出るのかわかりません。他にも小籠包とタウナギのあんかけ炒めも注文しましたが、小籠包は言うまでもなくタウナギも全く生臭みがなくコリコリしていて美味しく、朝から贅沢な気分を味わえました。
この日はまずは19日にも行った長寧図書館へ行き新星出版社主催の『エラリー・クイーン国名シリーズサロン』を見に行きました。
このサロンのメインは中央にいる劉臻で中国ミステリ読者の間ではellryというペンネームで知られていて、ホームズを始めとした欧米ミステリ小説を研究する大家です。それから19日のトークショーと同じく陸秋槎、時晨、陸燁華(左の女性は新星出版社の編集者・王歓)が座っています。しかし最初の30分は劉臻の独壇場で永遠とクイーンの半生を語り、来場者は「なんで今さらエラリー・クイーンのペンネームの由来なんか聞かされなきゃいけないんだ」とうんざりさせられました。
そんな空気を変えたのが陸秋槎で、彼が日本から持ってきたクイーン関係の書籍を次々に紹介し新情報に餓えていた来場者は息を吹き返します。昨日のトークショーでも北京で行われたサイン会でも思いましたが陸秋槎って喋り慣れているような気がします。
時晨と陸燁華は今回は勉強のために来たと公言し口数は少なかったですが、やはり口を開くたびに来場者を笑わせていました。
12時前にサロンが終わるといよいよ本番の伊坂幸太郎サイン会へ向かい、長寧図書館から上海ブックフェア会場のある静安路までの地下鉄に灯証君と乗りました。車中でブックフェアの入場チケットを持っていなかった我々が会場近くのダフ屋からチケットを購入(定価10元のチケットが20元で売られている)しようかと会話していますと対面にいる家族から話しかけられました。そこの大学生ぐらいの息子さんもこれからサイン会に行くということで、チケットのない我々を不憫に思ったお母さんからタダでチケットをもらいました。
ホントありがたかったですね。多分こういう善意がブックフェア期間中に上海で広がっているのでしょう。
既に会場入りしている友人から現場の状況が送られてきます。時間は12時を回り、伊坂幸太郎の挨拶もそこそこにサイン会は既に始まっていました。
駅に着くと灯証君はもう待ちきれないという感じでどんどん早足になり、地上に出たらもう走っていました。現役大学生の灯証君はデスクワークしかやっていない10歳年上の日本人が急に走ったら体がどうなってしまうのかわからないほど余裕をなくしていたのです。しかし彼を見失えばサイン会に行けないので私も走るしかありません。
酷暑の上海を駆け、ようやくサイン会の会場である友誼会堂へ着きました。
ここは2014年の島田荘司・麻耶雄嵩両先生のサイン会が行われた場所で、中国のミステリ読者にとっては遺恨のある場所です。
(参照:上海ブックフェア 島田荘司・麻耶雄嵩両先生のサイン会について)
今回は無事終わるのか…この長蛇の列を見ながら私は心配しましたが会場に入った瞬間安堵しました。
前回は来場者が壁際に列を作り椅子があるのに長時間座れず列が遅々として進まない状況が来場者の苛々を更に募らせていましたが、今回は椅子に座って自分の番が来るまでゆっくり待てるのです。会場を警備するスタッフの手際も良く、椅子に座れる人数だけを建物の中に入れて会場の中にいるのに座れないという事態をなくしています。そして来場者は順番に20人ぐらいで固まって写真右側にいる列の中に入っていきます。
さて、肝心の伊坂幸太郎はどこにいるかと言うと、写真右側にできている小さな列のその先にいます。つまり伊坂幸太郎の姿を見られるのはサインをしてもらう時だけです。
今回の伊坂幸太郎サイン会はサインが一人一冊、ツーショットの写真撮影禁止(現場では伊坂幸太郎の写真を撮ること自体が出来なかった)、握手禁止という厳しいルールが敷かれ、島田・麻耶サイン会の時とは全く様相を異にしています。まぁ2014年の時は緩すぎたせいで大混乱を招いてしまったので私は主催者である新星出版社の今回の対応には概ね賛同しています。また19日と21日の座談会が198元と128元を徴収し且つ限定50名という門の狭さでこれもまた中国人読者の非難の的になりましたが、それは変な奴に来てほしくないから有料にしてふるいにかけたのでしょう。この日、伊坂幸太郎が大勢の前に姿を晒さなかったのも新星出版社側の配慮です。
事実、8月17日の著名作家・韓寒のトークショーにペットボトルが投げ込まれるという事件がありました。韓寒はそれに笑いと言葉で対応しましたが、伊坂幸太郎サイン会でも同様のことが起きては大変です。以降は日本から誰も作家が来ないということも考えられます。
しかしみんな一人一冊という決まりに不満なのか、会場には「『ゴールデンスランバー』と『アヒルと鴨のコインロッカー』のように違う本を持っていたら2冊サインして貰える」という噂が流れていました。更に私の仲間内ではサイン本を4冊ゲットしたという者が現われ一体どうやったんだと盛り上がりましたがよくよく話を聞いてみたら子どもと一緒に会場に来ていた両親が別段伊坂幸太郎に興味がなく手ぶらだったので彼らに頼んでサインをしてもらったということで、やはり一人一冊という原則は変わりません。
更に私がまだ会場の外で並んでいた時、出口から出てきた女の子が列に近寄ってきて「何冊も持ってきたのに一冊しかサインを貰えなかった。新刊(キャプテンサンダーボルト)まで買っちゃったのに。半額で売るから誰か買って!」と懇願していました。
面白いのは公式サイトを見て一人一冊ということは知っているはずなのに複数冊持ってきている人が多かったことです。やはりみんな心のどこかで期待、または一人一冊などありえないと思っていたのでしょうか。
さて、12:30頃に会場入りした私も13:30になってようやく列に並ぶことができました。ここで新星出版社のスタッフから改めて一人一冊とかカメラを出すなとかの決まり事を伝えられました。「話すのは良いのか?」とスタッフに尋ねたところ短ければ良いと言われたので何と言って話しかけようかと考えましたが、すぐに自分の考えが甘かったと思い知らされます。
ドアを通ると恐らく普段は控室として使われている細長い空間に長机が用意されていてそこに伊坂幸太郎が座っていました。伊坂幸太郎が読者から本を受け取ってサインをして隣のスタッフが判子を押して読者に手渡すというスムーズな作業が完成していて、そこに「話しかける」という行為を介入させることは雰囲気的にも難しかったのです。
ちなみに伊坂幸太郎はサインをするたびに読者に笑顔で「謝謝」と言っており、だったらと私は彼が「謝謝」と言う前に日本語で「どうもありがとうございました。」と言って驚かしてやろうと思いました。結果、驚いたような顔をして「ありがとうございます。」と返事をしてくれましたが、私のことを日本人だと認識したのか日本語が流暢な中国人だと誤解したのかはわかりません。
あと、伊坂幸太郎の背後にひと目で日本人とわかる男性が立っていましたが、恐らく彼が日本の出版社の人間だったのでしょう。中国での新刊が『キャプテンサンダーボルト』なので、もしかしたら文藝春秋の人間だったのかもしれません。
会場を出たのは13:40。列はどうなっているのだろうと見に行きますと不思議なことに行列はあるのですが会場からかなり手前で警備員が通せんぼしています。サイン会は15時までです。これは何だといろいろ調べたら、どうやら今並んでいるのは15:30から始まる別の作家のサイン会の行列のようでした。
会場に入ってもサインを貰うまで1時間程度待つことになるわけですから、今から外の行列に並んでも間に合わないというわけで打ち切られたのでしょう。想像すればわかることかもしれませんが、この辺りは新星出版社側から事前告知があった方が良かったですね。
なにせ私はこの伊坂幸太郎とは無関係の行列の中に『キャプテンサンダーボルト』の本を抱える女の子を数人見つけてしまいましたから。彼女らが伊坂幸太郎のサインを既に持っていて、今はこの『大氷』の行列に並んでいることを祈りました。
この日の夜は中国人ミステリ読者らと上海料理を食べましたが長くなるのでここでおしまい。
中国語版『キャプテンサンダーボルト』にしてもらったサイン。