『中国の東野圭吾』こと周浩暉の誇る『羅飛刑事シリーズ』の第四弾。
この本、新刊だと思いきや2009年に出版された同名小説がネット映画化を機に2014年に再出版されたものらしい。しかし本書のどこにもそんなことは書いていない。この点も含めて、中国のミステリ小説の単行本は収録作品が何年のどの雑誌に掲載していたかなど書いていないことが多いので、こういう不親切が今後なくなっていってほしいものだ。
舞台は2002年の上海。ベテラン刑事の鄭は18年前に起こった公安副長及び警察学校生徒爆殺事件の手がかりをいまだに探しており、事件の唯一の目撃者であり自身も爆発で重傷を負った黄少平から聞き込みを続けていた。だが鄭はある日自宅で何者かに殺されてしまう。通報者は別の管轄を担当する公安刑事の羅飛であった。実は18年前に爆死した2名の生徒とは羅飛の親友と恋人であり、彼も事件の謎を明かすために単独で現地入りしていたのだ。
18年前の事件と今回の事件がEUMENIDESを名乗る同一犯の犯行によるものとされ、公安では新たに捜査チームが設けられた。爆発物のプロの熊原、インターネットの専門家の曾日華、美貌の心理学者の慕剣雲、そして羅飛がメンバーに加えられるが、EUMENIDESの大胆な犯行により、殺人予告状(死亡通知単)が来て万全の警備が敷かれているというのに悉く裏をかかれてしまう。更に現場から離れて捜査を進める羅飛と穆剣雲は黄少平から18年前の事件のとんでもない真実を告げられる。
この『死亡通知単』シリーズは現在3作目まで出ており、第1作目の本書ではEUMENIDESの正体は一切明かされない。ラストでの彼の独白からわかることは、過去に『先生』と呼ばれる人物から殺人術を学び、法に代わって罪人に制裁を行うのが生きる目的になっている知能犯ということぐらいだ。
中国サスペンスにおいて滅私奉公型の知能犯は珍しくないが、本書のような悪人のみを狙った犯罪者には物語の外にある現実世界の障害が立ちはだかるのではないかと危惧してしまう。
本書では殺人犯、ひき逃げ犯、レイプ魔などがEUMENIDESの手にかかり、最終的に『市長』のあだ名を持つマフィアのボスまでも制裁を受ける。裕福で政府にコネのある者も制裁の対象になる本書には現実社会に対する批判も含まれているのだが、中国の現在を反映させるのならばやはり共産党の腐敗分子にまで被害が及ぶのが当然ではないか。
しかしそんな話は書けるわけがない。読者も作者にそこまで望まないが、物語の中にはこれまで何十人もの罪人を殺した頭のネジの外れた犯罪者が存在するのだから、彼が腐敗分子を狙わない理由を説明することは作者の義務ではないだろうか。さもなければ『悪人皆殺し』を生業にするこのキャラクターの存在が矛盾してしまう。
本書のサスペンス部分に目を向けると、犯人がどうやって犯行を行ったか?と犯行後に頭を捻って考える必要はなく、どの犯行も非常にわかりやすく、また唸るような合理的な手法が用いられる。厳重な警備の中を犯人がどうやって犯行に及ぶのかに注目する読者の視線は事件の推移を見守る警察ではなく野次馬と同様である。
犯行の性質上、EUMENIDESはダークヒーローになれそうだが、読者が本当に望んでいる相手を対象にすることができないため、中国サスペンスで魅力的な犯人を描くことはまだ難しそうだ。