本書は香港人SF作家 譚剣が送るSFミステリで、2012年に香港で出版された本の簡体字版です(簡体字版の出版年月日は2014年11月)。後ろの推薦コメントには島田荘司推理小説賞の第一回受賞者 寵物先生(Mr.ペッツ)と第二回受賞者 陳浩基が寄稿しています。
譚剣と言えば『人形軟件』シリーズが有名で特に一作目の出来には私も感動させられました。
孤島で光子ゲート転送の実験をする科学チームを率いる張学然は物体の転送、動物実験を経て最後である人体実験の段階に来ていた。その実験体になることを志願した売れない小説家の陳志偉が機械に入り最終実験が始まる。何も問題なく成功すると思われた実験だったが結果は失敗し、転送された陳志偉は首と体が分離された死体となった。張学然は古い知り合いである名探偵・巫真とその助手の林菁菁を島に呼び、この失敗が単なる事故なのかそれとも誰かに仕組まれた事件なのかの調査を頼む。事件の可能性が色濃くなる中、孤島では日本刀による密室殺人事件が発生し実験は更に暗礁に乗り上げる。
本作で出てくる光子ゲートとは例えば『ハイペリオン』にも登場した星から星へ物質やら人間やらを一瞬で移動させることが物質転送装置のことです。
本当なら生きた状態のまま転移先に送られるはずだった被験体の陳志偉が首と胴体が真っ二つになって「出現」したものだから、リーダーの張学然は実験妨害と見て旧友であり有名な探偵巫真に捜査を依頼します。しかし、ただの探偵の巫真に専門的な科学知識などあるはずありません。ですが張学然は彼にそんなこと知らなくても捜査はできると言い光子ゲートについて詳しい説明はしません。この辺りはちゃんとミステリ畑の読者を対象にしていて、本書にはSF小説によくある長々とした技術の説明もありませんし、もちろん読者に専門的なSF知識は必要としません。
犯人の目星もつかないし動機もわからない、システムも誰かに侵入されたかどうかすらわからない中で推理は徐々に光子ゲートの存在を認めるという話になります。光子ゲート自体は完成していて物質転送ができるのですが、じゃあ光子を利用したゲートがあれば転送以外に何ができるのだろうと考えて、名探偵巫真はSF小説さながら、しかし極めて現実的な推理を披露します。結局SF小説的展開はなかったのですが、作者の譚剣にはそれを否定して物語をミステリ小説に寄せるのではなく、その結果を受け入れたSF小説を書いて欲しかったです。
突飛な推理が披露された時には「アレ?これバカミスじゃない?」と興味を引きつけられましたが、ミステリとしてはともかく物語として非常によくできたオチになってしまった結果、この本にSFミステリとしての魅力がなくなってしまいました。
あと、本書には被害者の陳志偉の他にその妻の陳子慧、第二の被害者の陳好道、そして警察官の陳永仁という4名の『陳』さんが登場するのですが特に意味はなさそうなので何故読者が間違えやすい命名をしたのかが気になります。