2015年から作品募集の通知が出されたまま音沙汰がなかった『第6回全国偵探推理小説大賽』が11月11日になって突然、北京偵探推理文芸協会による授賞式及び座談会が開かれました。
2011年9月に開催された第5回授賞式から4年以上の間が空いているため受賞作品の出版年月時期がかなりまちまちです。今年の受賞作品を見てみると一等賞が3作品、二等賞が6作品、三等賞が12作品もあり更に優秀賞が16作品もあります。
引用元:『第六届全国偵探推理小説大賽獲賞名単』
今回は長編と短編の区別がないようです。
一等賞の『贖罪無門』(呂錚)、『藍月児之死』(李双其)、『心理之罪第七個読者』(雷米)はいずれも読んだことありません。
私が読んだことあるのは三等賞の『五次方謀殺』(軒弦)、優秀賞の『苹果偵探社之詭秘案件』(馮霞(昔は時間))、『我的名字叫黒』(王稼駿)、『大唐狄公案』(遠寧)ぐらいですね。
座談会の内容全文はまだどこにもアップされていないようですが、上記URLの書き込みの中に非常に興味深いことが書かれているので抜粋して翻訳してみましょう。
(注:ブログ公開後、今回の二等賞受賞者・秦廷敬氏から詳しい座談会の様子が書かれた記事を提供してもらいました。http://www.cpls.org.cn/wxdt/2016-11-18/5696.html)
座談会では公安を題材にした小説と探偵推理小説の違いについて触れた。両者はどちらも事件が関係しているが前者は「事件が人物に従う(人物第一主義?)」方式であり、公安関係者の仕事ぶり、生活、感情の描写が重視されていて関わっている事件は単なる背景に過ぎない。後者は「人物が事件の発展に従って発展していく(事件第一主義?)」方式であり、焦点となるのは分析、推理、謎解きと徐々に紐解いていく過程である。大衆文学として中国の偵探推理小説はゆっくりと西洋作品の影響を受けていき、中国独特の優秀な作品が現れたが、広い範囲へ影響を与え、ひいては世界的に有名になる作品はまだ不足している。
一等賞の3作品の作者はいずれも公安関係者です。だから作品もきっと彼らの経験を活かした公安を舞台にした内容になっているのでしょう。上記の文章を踏まえて今回の受賞作品の一覧を見てみるとこの賞はトリックよりも公安や犯人の心理描写やリアリズムを重視しているようです。要するに、警察に代わって探偵が事件を解決するような作品はきっと一等賞には選ばれないのです。
この賞の目標の行き着く先が他国の影響をはねつけて中国独自の特色を突出させた唯一無二の作品を生み出すことなのか、それとも日本の本格ミステリなんかと上手く交わって大衆受けするミステリを生み出すことなのか。上記文章を見ると彼らは決して『歳月・推理』に載っている作品や一般的な日本ミステリを求めていない気がします。だからもしかしたら今後『全国偵探推理小説大賽』はミステリ関係の賞と言えなくなるときが来るかもしれません。
一覧を見ると最佳訳作賞(最優秀翻訳作品賞)に西村京太郎の『終点站謀殺案』(終着駅殺人事件)が選ばれているのが興味深いです。2013年に出た中国語版が受賞していますが、本来この作品は1981年の第34回日本推理作家協会賞長編部門受賞作なので何故今になって翻訳本が出たんだ?と不思議に思ってしまいます。
中国の東野圭吾と言われる有名サスペンス小説家・周浩暉の作品がまた盗作されたようです。
発端は6月11日に周浩暉が読者から貰った通報です。読者から雑誌『青年文摘』の6月上第11期に掲載されている短編『河豚殺手』が彼の短編『西施笑』と内容が一致しているという連絡があり、周浩暉が盗作を確認しました。そしてある読者(通報者と同一人物?)がマイクロブログでその作者である王某に盗作を指摘したところ、王某は謝るどころか「周浩暉って誰だよ」とうそぶくばかりか周浩暉を馬鹿にする対応を取ったため、周浩暉がその一連のコメントをリツイートしました。
現在、周浩暉のそのツイートは500以上もリツイートされ、また王某のマイクロブログも500以上のコメント(主に批判)が寄せられて炎上しております。
冒頭で『また盗作された』と書きましたが、周浩暉の盗作被害と言えば2014年12月に著書『邪悪催眠師』のストーリーやキャラ設定、犯人の動機などがテレビドラマの『美人製造』に酷似しているとしてプロデューサーの于正を訴えて、2016年3月に著作権侵害裁判をやったばかりです。
その裁判も泥沼になりそうなのに体力有るなぁと感心させられますが、周浩暉は自作の『西施笑』と『河豚殺手』が具体的にどこが似ているのかを書いておりません。ですのでネットで落ちている2作品を読み比べてみました。
『西施笑』
http://c.tieba.baidu.com/p/3015844192?see_lz=1
『河豚殺手』
周浩暉の『西施笑』は食通の主人公が年老いた料理人にふぐ料理をご馳走になり、西施笑と呼ばれるふぐの卵巣が如何に絶品であるかと教えられるグルメ小説です。
王某の『河豚殺手』はいわゆるショートストーリーと呼ばれる内容で、日本人ふぐ調理師が父親の敵であるマフィアのボスにフグ毒を盛って毒殺するという話です。
両方共ふぐが登場していますがそれだけで盗作とは言えないでしょう。両作品ともキモになっているのは中国におけるふぐの伝統的な食べ方です。
本当かどうかわかりませんが、中国にはふぐを調理した際にまず調理師や主人側がふぐを食べて安全性を証明し、それから客に提供するという伝統?(民間伝承?)があるようです。
http://www.360doc.com/content/11/0518/20/1205635_117748333.shtml
『西施笑』では主人側である老人の料理人が主人公に先んじてふぐの卵巣を食べ、『河豚殺手』ではふぐ調理師が先に味見することで敵に無警戒に毒を食べさせています。『河豚殺手』では「東方では調理師が先にふぐを食べて、30分間なにもなければ客に提供するルールがある。」と書いているものの、日本にもそんな風習があったかな?と疑問が生じますが書き手も読み手も中国人ですので別に気にするところではないでしょう。
さて、このエピソードだけでしたら周浩暉も中国に古くから伝わっている話を流用していると思うので盗作とは言えません。作品のオチに触れることになりますが『河豚殺手』で調理師が食べたふぐには実は毒なんか入っておらず、別の手段を使ってふぐ毒による中毒死に見せかけて相手を殺すというトリックが『西施笑』にも出てくるのです。
周浩暉が明言していないので確定できませんが今回の盗作疑惑はトリック盗用疑惑なのです。
この問題が今後どういう進展を見せるかわかりませんが、もし裁判にまで縺れ込んだ場合中国の法廷がトリックの盗用疑惑にどのような決断を下すのか興味が湧いてきます。
2015年末から中国全土で上映されているサスペンスコメディ映画『唐人街探案』(英語タイトル:DETECTIVE CHINATOWN)の興行収入が1月11日の時点で6.5億元を超えた。人気俳優・陳思誠が2014年の『北京愛情故事』(北京ラブストーリー)の次に監督した作品であるからある程度の売上は予想されていただろうが、口コミで人気が広まっているようなので面白さは本物だと思う。
しかし上映されてまだ二週間も経っていないのに制作側の良識が問われる悪いニュースが報道された。この映画とほぼ同時期に上映されていたコメディ映画『悪棍天使』を侮辱するような比較広告を掲載したポスターが公開されてネット上で騒動が起きたのだ。
このポスターに書かれている「悪棍終結者」というキャッチコピーは普通に訳せば「粗悪な映画を終わらせる映画」という意味になるが、タイミング的に考えて「悪棍天使を終わらせる映画」という非常に挑戦的な意味にしか読めない。
『唐人街探案』側はすぐに謝罪してポスター内容を修正する一方、このポスターは公式に発表したものではないと発表し、現在原因を調査している。
そして、ポスターの件から一週間も経たずに今度は監督陳思誠のスキャンダラスな創作方法が彼の仇敵とも言える脚本家の李亜玲によって暴露された。
http://news.gmw.cn/2016-01/08/content_18415349.htm
暴露内容を要約すると、陳思誠は映画の脚本を全て自分で考えたと言っているが、実際はアイディアを出してから幾人かのネット小説家や新人にストーリーをいくつか書かせて、良いところだけ抜き出したら脚本家に初稿を書かせ、その初稿をまた別の脚本家に渡して第二稿、第三稿と修正していき、最後に自分でまとめるという手法を取っているという裏事情だった。それなのに『唐人街探案』ではクレジットタイトルの最初に自分一人だけの名前を持ってきて、その他の脚本家の名前を最後に載せるのは脚本家の地位を貶めるものだと李亜玲は陳思誠を糾弾している。
この李亜玲という脚本家はドラマ版『北京愛情故事』(北京ラブストーリー)で陳思誠と原稿料で揉めて何度も彼を起訴している。そういう確執があるので彼女の暴露話を鵜呑みにすることはできない。そもそも陳思誠の脚本制作方法はさておき、画像のように自分一人の名前を目立たせるのは要するに超監督:陳思誠みたいなものであまり目くじら立てるようなことではないと思う。
李亜玲の暴露を受けて陳思誠側は弁護士を雇い、彼女を名誉毀損で訴えるという法的手段に出た。李亜玲は『唐人街探案』の制作には全く関わっていないので、これは完全な場外乱闘だ。『唐人街探案』は話題に当分尽きることはないだろう。
あと、調べたら『唐人街探案』側から喧嘩を売られた『悪棍天使』も挿入歌にPerfumeの楽曲のパクリ疑惑がかかっていたことを知った。ネガティブなニュースばかりじゃないか。
以前ブログでも紹介した東野圭吾の原作小説の映画製作が中国で行われている件について続報が入った。『容疑者Xの献身』の中国版の製作が正式に決定したのだ。
この東野圭吾作品の映画化でネットを騒がせたのは中国人映画監督の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)と台湾の映画俳優兼監督の蘇有朋(アレックス・スー)の2人だ。報道当初は東野圭吾の何の作品を手掛けるのか情報が出て来ず、ネットでは『容疑者Xの献身』や『白夜行』の中国版が出るのではと期待が高まったが最近になってにこの両者が立て続けに発表した。
まずは賈樟柯が10月末にとあるインタビューで自身の映画会社・暖流が東野圭吾の『パラドックス13』を映画化することを明かした。しかし彼自身が監督するわけではなく作品自体も前述の『容疑者Xの献身』や『白夜行』と比べて知名度が低く、賈樟柯もインタビューで発表というよりポロッと口に出した程度だったのでさほど大きなニュースにならなかった。
これにかぶせるように蘇有朋が11月初めに『容疑者Xの献身』を監督・撮影することを明らかにした。蘇有朋はこの正式発表の数ヶ月前、即ちネットで東野圭吾作品が映画化されるという情報が流れた当初に自身のマイクロブログ上でファンに「一番好きな東野圭吾の小説って何?」と聞いていたことがあるが、まさかファンの人気投票が反映されたわけではないだろう。
2人の選んだ作品の知名度や作品に対する取り組み方も異なるがこれで2人の格付けが済んだわけではない。どちらもまだキャストも公表されていない段階だが、蘇有朋は既に大入りの観客が約束されているものの日本や韓国で映画化されている作品を撮影するにあたって感じるプレッシャーは半端ないだろう。
一方、賈樟柯は映画会社として『パラドックス13』を皮切りに今後も定期的に東野圭吾作品を映画化していくではと商業的な臭いを感じる。
ちなみに『パラドックス13』を日本のヤフーで検索すると関連検索ワードに「パラドックス13 つまらない」と出てきて出鼻をくじかれるのだが、中国のアマゾンや百度百科には「容疑者Xの献身以来の傑作」と宣伝文が書かれているので中国での評価は高いのかもしれない。(もしくは高いことにしたいのかもしれない)
そして東野圭吾映画化の波はこの2作に留まらない。最近になり今度は『ナミヤ雑貨店の奇蹟』も映画化され2017年には上映されるというニュースが流れた。中国では2014年に発売された本書は『白夜行』に次ぐヒット作と称され、この売上のおかげか東野圭吾は中国における2014年度富豪海外作家の第2位にランクインしている。
更に2014年に遡ると島田荘司の『夏、19歳の肖像』も版権が買われている。
中国で日本の小説を原作にした映画を制作するという話自体あまり聞いたことがないのだが、この流れに皆が喜んでいるわけではない。
中国にも原作小説の映画化が地雷になり得ると考える者が多く、上記のニュースを伝えた私のマイクロブログには「失敗しそう」というコメントが相次いだ。だがしかしこの映画化の波には映画会におけるチャイナマネーの新たな使い方として注意した方がいいかもしれない。
中国では年間映画館で上映する海外映画作品の本数が制限されているが、このように海外作品を中国現地で製作する場合その制限には引っかからないのだろう。もしかしたら韓国で映画化された『オールド・ボーイ』のような逆輸入も起こるかもしれない。
ちなみに、『容疑者Xの献身』と同様に映画化が期待された『白夜行』だが、犯罪者が逃げおおせるラストが中国の実情にそぐわないと考える人間が多いのか、期待しているが実際は無理だろうと言う諦めの声も多かったことを書き記しておく。