2016年2月26日(金曜日)、北京からまたしても一つの日系企業が姿を消しました。
私はその会社にかれこれ5年ぐらい働いていましたが、会社の解散日が26日ならば会社が解散するという知らせを受けたのも26日でした。私を含む社員は全員、当日になって初めて会社が解散することを知らされました。
今回は26日当日に何があったのか、現在の私が書ける範囲で記録を書き残していこうと思います。
尚、記憶を元に書いているので記憶違い、聞き間違い、聞き流し等が原因で事実とは異なる記述があるかもしれません。
26日の朝は普段と違っていました。パソコンを立ち上げても会社のメールが使えず、内部のソフトウェアにログインできず、資料を保存しているサーバーにも接続できないという状況でしたがその時はまだエラーが重なったぐらいにしか思わず部長(日本人)に相談しに行くと、これから日本の本社から取締役が来るから待っていろとのこと。
本社から取締役が事前の連絡もなしに来るのは異常です。ですが、その時すらまだ最近の人手不足から来る業績不振に口出しするために来たんだろうかということを考えましたが、今振り返るとそうあって欲しいという希望だったのかもしれません。取締役が予告なしに中国まで来ている意味を理解した私は「ああ、この会社もうダメなんだな…」とこれから起こる事を受け入れようと決めました。
中国人通訳(多分本社から来た人)、部長、取締役、北京の法律事務所の弁護士(多分)たちの計6~7名ぐらいが並び、部長及び取締役が日本語で会社が解散する旨とその謝罪、そしてこれから補償金などについて説明会を開くということを話し、通訳がそれを中国語に翻訳して社員に伝えました。
その後質疑応答の時間が設けられましたが、特に混乱もなく社員全体で計5回しか質問は出ませんでした。そのうち私は3回質問をしました。質問した内容とは
1.今日の仕事はどうするのか。
2.日本人マネージャーが出社していないがそれは今回の件と関係有るのか。
3.社員が一名旅行に行ったままだが彼女に対してはどう説明するのか。
の3点です。会社側の回答は以下の通りでした。
1.今日は何もやらなくていい。説明会を終えたら帰って良し。
2.日本人マネージャーは現在解散に関して動いているから来られない。
3.彼女にはメールで伝えており、彼女との説明会は後日開く。
各社員いずれもこの日どころか3月以降の仕事もありましたが、メールもサーバーも使えなくされては仕事もできません。また本日をもってこのオフィスに来られなくなりました。
それから各社員は会社の備品(オフィスの鍵、ノートパソコン等)を回収させられ、私物を持って帰るための袋が配られて整理整頓を始めました。もともと私物の持ち込みは少なかったので多い社員でも二袋で済みました。私は一袋だけでしたが今考えると全部ゴミとして会社に残しても良かったです。
説明会は10時から会社とは別のビルにある会議室で一人ずつ行うことを告げられました。受ける順番は入社の浅い順からで、私は最後から3番目で14:00からの予定でした。(社員自体それほど多くありません。)
待っている間は暇でした。事前に知っていたら本でも持ってきていたのにこんな日に限って何もなく、たまに会社のメールチェックをしてエラーが表示されてもっと虚しくなるということを何度もしてしまいました。癖というか習慣って本当悲しいです。しかも社内には社員を会議室まで連れて行く法律事務所のスタッフがいるので何かお互い会話しづらい感じ。
途中で昼休憩を挟みましたが飯が喉を通らず、私はその時になってようやく自分がかなりダメージを受けていることに気付きました。自分では「ああ、なんて面白いことが起こったんだ」とニヤニヤながら友人にメールを送ったり電話したりしていたんですが体は騙せていなかったようです。
そして14:00になり会社から歩いて10分ぐらいのところにあるビルのオフィスで説明会を受けました。会議室は四畳もないような狭さで、そこに部長と取締役そして中国人の弁護士と日本人の弁護士の計4人がいました。部長の挨拶もそこそこに経済補償金や再就職先、会社機密の保持、そして今後は在宅勤務となり場合によっては出社してもらう必要がある等伝えられ、日本人の弁護士から補償金に関する具体的な内容の説明を受けました。多分中国人社員は中国人の弁護士から説明を受けたと思います。
説明会は一人20分が予定されていましたが私は補償金等に特に異議がなかったので契約書にサインして10分ぐらいで終わらせました。
それから近所の行きつけのバーに行き、マスターや客に会社が解散したことを伝え夕方からビールを飲み、友人相手にくだを巻いて夜の10時ぐらいまでウィスキー等を飲み続けました。店内の皆が私に優しくしてくれました。
五道口貼吧故事 著:賀奕
9つの短編からなる本書には北京の有名な学生街である五道口で発生した事件が貼吧(BBS)や微博(マイクロブログ)、微信(ウィーチャット)や他のSNSで不特定多数の第三者によって勝手に説明、解釈、推理されていく様子を描いた日常系の小説です。実際の貼吧や微信などの形式を流用していて従来の小説と構造が異なっているだけではなく、主人公もいないどころか小説の大半がコメントやニュース記事なのでけっこう実験的な小説と言っていいかもしれません。
五道口についてちょっと説明しますと、この地域は地下鉄の五道口駅を中心にしてショッピングモールやレストラン街が立ち並ぶ学生街です。また、北京語言大学を始めとした大きな大学が周辺にあり、各大学からの交通の便も良いのでその大学に通う外国人がたむろする留学生街でもあります。
外国人向けのバーやクラブやレストラン等も少なくなく、特に留学生の数が多い韓国人向けのお店が目立ちます。日本人向けなら、去年惜しくも閉店したとんかつとカレーのお店『ばんり』や日本語の漫画が読める現在休業中のマンガ喫茶『B3』、安い値段でそこそこの寿司などを食べられる『一心』などがあります。
ただし五道口は今でこそ深夜でも開いているお店が多いですが、十数年前はかなり辺鄙で治安の悪い場所だったようで、実際に日本人男子留学生が五道口で行方不明になる事件も起きています。(現在も行方不明のまま)。
また、私が留学していた時代には2008年か2009年に韓国人の女の子が黒車(白タク)の運転手に強姦されて殺されるという話を聞いたことがあります。この話は真偽不明ですが当時の私は本当に起こったことだと信じていました。
本書はその五道口で起こった殺人事件やニュースサイトに取り上げられた三面記事などがインターネット上で姿の見えない情報発信者たちによってどのように伝播されていくのかを書いていますが、別にインターネットやSNSの影響力の強さを書いているというわけではありません。
作中では犯人の素性を暴けみたいに鼻息の荒いコメントが出てきますが、それらの反応が現実に反映される様子の描写はなく作品世界はネットのみで完結しています。毎日BBSやSNS等に貼り付いている人間の大半は新しいニュースに一喜一憂し、自分たちが予想だにしなかった真相に驚くだけの受け身なのですが、その中にはまだ公にされていない新事実をアップする存在もいます。第三者だけが集まって喧々諤々と限られた情報について喋っているところに新しい情報をもたらしてくれる情報提供者は重宝されますが、その正体を考えると今度はそちらに興味が向かいます。
本書ではこのような事情を知る人間のコメントを出してホラー風味を付け足していますが、その他に明らかになる真相というのが本当に意外なので、伏線のない新事実の後出しはアンフェアではあるもののミステリとしてもまぁまぁ楽しめました。
罪癮者 著:冷小張
作者・冷小張からの頂き物。
前半と後半で評価が大きく異なる作品だと思う。前作『霜凍迷途』もそうだったが竜頭蛇尾としか言えないこの展開は果たして作者の意図した通りなのか、それとも作品の展開に作者自身が着いて行けずスケールを小さくすることでしかまとめられなかったのかはわからない。ただ私から見るとどうも後者のイメージを拭えない。
本作では前作『霜凍迷途』で脅威の推理力を披露した『監獄刑事』こと高川が刑務所に入っている理由が語られる。それは彼の恋人家族が本作から遡ること5年前に雑誌記者たちの軽はずみな報道によって犯罪組織の報復に遭い、皆殺しにされたことに起因している。高川はそのニュースを流した雑誌社に抗議しに行ったところ副編集長と取っ組み合いになり誤って殺してしまったため懲役5年の刑に服していたのだ。そして本作で発生する連続殺人事件はその5年前の事件と深く関係している。
高川入獄のきっかけを作った雑誌記者の一人である卓凱は罪の意識に苛まされ酒に逃げる日々が続いていた。ある日、酩酊から覚めると傍らに見知らぬ男・余磊の死体を見つける。証拠隠滅を図った卓凱は死体を森林に埋めに行ったが後日余磊の死体は自分が埋めた場所とは全く異なる場所で発見される。それどころか、本来死体を埋めた場所からは前妻の再婚相手・呉立輝の死体が見つかった。誰かに嵌められていることに気付いた卓凱は5年前の事件に関与した雑誌記者仲間にも来た死刑の判決文が悪戯ではないことを悟る。
何者かが高川の恋人家族の復讐を遂げようとしている。だが5年前の事件とは全く無関係の人物すら次々に殺されていき、無差別殺人の様相を呈した事件の解決は高川の出所を待つことになったがその高川すらも犯人の手にかかってしまった。いったいこれは誰の、何のための復讐なのか。
まずこの作品の一番の不満は犯罪被害者を苦しめるのは直接手を下した犯罪者だけではなくマスコミやその報道を娯楽として消費する不特定多数の一般人も彼等を追い詰める一員となっていると書いているのに、犯人側の制裁が一般人にまで及ばないところである。また、同じ地域で何人もの人間が同一犯により殺されているというのにそれに対する一般人の反応が非常に薄く、警察VS犯人のありきたりな二者対立の構図にしてしまい当事者以外を蚊帳の外に置いてしまっているのもいただけない。そして報道によって人を死なせたマスコミは決して正しい存在にはないにせよ、復讐されるべき存在でもないはずだ。だが何人もの少女を強姦したレイプ犯や嘘によって人を自殺に追い込んだ冤罪加害者、恐喝者らと一緒で一括りに殺されてしまうから、法の上では無罪であるはずのマスコミの一分の正義すらも顧みられない。問題提起の機会があるのにそれを活かせていないのが非常にもったいなかった。
そして、犯人の正体に近付くほど犯行の動機も目的も含めてイメージが矮小化してしまうのも期待はずれだった。というのも、前半部では正体不明の復讐鬼が対象を追い詰めるためだけに無関係な人間を殺していき、死体すら復讐に利用する道具としか考えていないような冷血漢に見えていたのに、実は被害者全員に共通点があって犯人にとっては殺す理由があったと判明されるのだが、そんな理由なら無差別殺人の方がまだマシだと思えてしまったからだ。
前半部は今後の展開が気になるし社会派ミステリに見えるから中国におけるマスコミ事情や報道規制などを考える心構えができていたのに、大きく広げた風呂敷を畳む度にストーリーがスリムどころか先細りになり単なるサイコサスペンスに落ち着いてしまったのは本当に残念だった。
謎が明らかになる度にストーリーがスケールダウンする構成はやはり作者が題材を持て余したんじゃないかという疑いが出てくる。読ませる力はあるのだから下手に様々な殺人事件を出してそれが実は全て関連性のあったという牽強付会な結論にするのではなく、一つの事件にのみ絞った方が良かったのではと思った。
淑女之家 著:鬼馬星
2015年から『推理世界』に連載されていたので新作かと思って購入したところ、本自体は2009年が初版だった。どうも2014年にテレビドラマが放映されたことを期に雑誌連載されたようで、私が購入した本も2015年出版の再販版だった。
本作は『暮眼蝶』や『紐扣殺人案』の主人公である記者の簡東平とその恋人で警察官の凌戈が登場するシリーズの第三作目です。
知人の女性ルポライター周瑾が音信不通になり心配した簡東平は凌戈に彼女の行方を調べてもらう。すると、周瑾という名前は偽名で住所も全くのデタラメだったことがわかり、更に通話記録から最後に電話した人物が最近自宅で殺されていたが判明し、周瑾が何らかの事件に巻き込まれていると考えた簡東平は被害者の蘇志文の家へと向かう。その家は沈碧雲という初老の女主人が管理する豪邸で、蘇志文は彼女の4人目となる22歳年下の夫だった。そして周瑾の足取りを追う簡東平は彼女の私物から沈碧雲の自伝『淑女之家』を見つける。いったい周瑾と沈碧雲の関係は?
普通のサスペンス小説ならこれまで4人中3人の夫が死んでいる沈碧雲を重要人物として描くのでしょうが、ここには常に周瑾という正体も目的も居場所もわからない女が中心におり、彼女の素性を暴くことが最大の目的になっています。簡東平の地道な調査によって周瑾の素顔が徐々に明らかになってくる過程は宮部みゆきの『火車』っぽいなと思いましたが、怪しい要素満杯の沈碧雲が物語に全然絡んでこないのはミスリードというか肩透かしにしか思えず、全体的に展開は地味でした。
本作の見所はむしろサスペンス部分にはないかもしれません。本筋に鬼馬星特有の恋愛要素があり、本作は物語冒頭で別れる簡東平と凌戈が事件を通じてよりを戻すまでを描いていると紹介しても良いかもしれません。
鬼馬星の作品はこの恋愛要素を楽しめないと正式に評価できない気がします。
ダイヤモンド・オンラインにフリージャーナリストの中島恵さんが北京のオタク事情に関するコラムを投稿していました。
その1ページ目で現在は休業中の北京の漫画喫茶『B3』が取り上げられていたのですがその紹介がなんというか…
その漫画喫茶「B3」は怪しい場所にあった。
壁は剥げ落ちてボロボロ。
少々手垢がついた漫画本…
もう少し こう 何というか 手心というか…
言っていることはどれも間違っていませんが、こんな場所でも留学生や在北京日本人の数少ない憩いの場なのであまり怖がらせるようなことを書くのは勘弁していただきたいです。確かに、私も友人に初めてこの店に連れて行って貰った時はちょっと面食らいましたが…
(店は写真にある通り壁一面が本棚になっています。客はテーブルで漫画を読み、混んでいるときは相席にもなります。だから日本のインターネットカフェみたいなイメージを持って入店するとビックリします。私は以前、店に入るや否や店員に「この店にはパソコンないの?」と聞いた日本人のオジサンを見たことがあります。)
さて、私がこのコラムを読んでいて「おや」と思ったのは『置かれていたのは100%日本語の漫画本や雑誌だが、筆者が店内にいる間、日本人の姿は1人もなかった。』という箇所です。
店を訪れた時期が違うだけでここまでの認識のズレが起こるのかと感心しました。何故なら私はB3に来る客なんて日本人ばっかりだと思っているからです。
B3は北京の軍事パレードの影響で2015年の8月下旬に臨時休業し、現在に至るまで漫画喫茶として営業を再開していないので、中島さんが店を訪れたのはその前ということになるでしょう。そして例えば中島さんが北京に来ていたのが7月か8月だとすると、夏休みには留学生が一時或いは完全帰国して日本人学生の数がめっきり減るのでB3の客層も日本人より中国人が目立つことになります。
そして私は土日にしかお店に行けませんが、週末は留学生の他に私と同じ境遇の日本人の社会人の客が多いです。中国人もいないことはありませんがやはり毎回日本人客の数の方が多かったと記憶しています。
B3の客層一つでもその時期や観測者が違うだけでまるっきり逆の結果になるのですね。土日の様子しか知らない自分にとっては面白い情報でした。
ちなみに、漫画喫茶B3は2016年1月現在まだ営業を再開していません。春節終わったらそろそろ再開して欲しいんですけどね。