終極密室殺人法則/著:普璞
この本は去年既に読み終えていたのだが、理解不足で意味を十分に把握できなかったためレビューを後回しにしていた。そして今回再読してわかったことがある。私の理解は基本的には間違っていなかったということだ。ただ、作品自体が一般的な推理小説の形式から大いに外れているため何か道理に合わない描写があると、これは自分の中国語読解能力に問題があるのではと疑ってしまったのだが、実のところそれを許容することが出来なかっただけであった。
この推理小説を一言で言い表すならば、新しい世界観の構築に尽力したミステリホラーである。
人知の及ばない存在『罪神』からメールを通じて傲慢、貪欲、嫉妬など7つの大罪を魂に付与された7名の『帯罪者』は、自身に与えられた大罪の名を突き止めなければ死ぬという理不尽な運命に見舞われた。
この運命から逃れるためには定められたルールに従い行動しなければいけない。そして自分の大罪が7つの内の何であるのかがわかったらセメントで塗り固めた部屋で禊を行うのだが、もし推理によって導き出した大罪の名が間違っていた場合は『制裁者』となった『帯罪者』によって殺されてしまう。
更にルールには抜け道が存在し、それがために『帯罪者』たちは協力することを止め、相手を殺し自分だけ生き残ることを画策する。
この話は一般的な推理小説とは異なり、殺人犯を見つけるのが目的ではない。自分の思想や過去、そして他の『帯罪者』の行動を観察し、自身の魂に刻まれた大罪の名を推理するのがゴールなのである。
メールによって対象者が選ばれる点や、非現実的な特殊なルールを頼りに死から逃れる方法を模索するなどの設定は推理小説よりもむしろ『リング』や『着信アリ』などのホラー小説を連想させる。
だが、作品の根源を支えるこの設定にこそ私が前回読んだ時に理解に苦しんだ原因があり、SNS豆瓣でレビュアーによって酷評されているウィークポイントがある。
http://book.douban.com/subject/10512241/(豆瓣のレビューページ)
『リング』や『着信アリ』がホラーでありながら論理的且つ説得力のある構成になっているのは怪奇現象が起こる経緯がルールに基づいて説明されており、誤った答えを導くと恐ろしい結末が待っていることが登場人物並びに読者に提示されているからだ。
そこを踏まえて本作を読むと、読者を納得させるに足る客観的な視点が欠如していた。『帯罪者』に選ばれた登場人物は大学生も60歳代の中年も警察官も皆全て『不幸の手紙』に似たメールを信じて必至に死から逃れる。
知人が奇妙な死に方をし、言う通りにしないと死ぬぞと脅されたら信じるのも無理はないが読者はそうはいかない。
登場人物に警官がいるのだから、例えば警察の口から最近セメントで固められた部屋で奇妙な死体が発見される事案が相次いでいるなどと言わせるだけで怪奇現象への説得力と作品世界のリアリティが増すのに、結局7人の『帯罪者』だけが小さな世界で騒いでいるだけなので、読者からすれば何故こいつらは確たる証拠もないのにこんなに怯えているのだ?とバカバカしく見え、その光景はまるでインチキ宗教の教義を狂信する信者に似ている。
セメントで塗り固められた密室で殺人が起きるという超常的な事件は確かに人の手による犯行なので推理小説としてはアンフェアではないが、この作品にとってそこは重要ではない。それら事件すらも登場人物たちの大罪を判別する材料にすぎないのだ。
作者は自分で創造したルールに矛盾しないよう注意を払って書いているが、作品にホラー要素が含まれていることを忘れ、ホラー小説としての論理的展開を疎かにしてしまった。異色の内容だけにこのミスはあまりにも惜しい。
作者普璞氏は非現実的な現象を契機とした事件を推理小説のルールに則って書くことを得意としている。作品にはホラーやサスペンス色が強いが、本質は推理小説家である。