歳月推理の人気小説家言桄の短篇集。犯罪事件の背後に潜み犯人を操る犯罪組織に言桄の作品ではお馴染みの探偵沈諭と助手言桄の言沈コンビが挑む。
一見無関係な事件の数々が関数f(x)を名乗る謎の犯罪組織『関数組織』によって引き起こされていたという非現実的な展開に面を食らうが、アイドルの盗作事件や高校の恋愛事情が作品のテーマになっていることから対象年齢が高く設定されていないことがわかるので、そこらへんに疑問を持ってはいけないのだろう。
表題作の『1Q84的空気蛹』は作者が愛する村上春樹の世界観を踏襲している。『関数組織』の構成員の口を割らせるために彼が幼少の頃迷い込んだ『1Q84』そっくりの世界の謎を言沈が解き明かすという構成だ。しかし村上春樹の幻想世界を現実的な解答を必要とする推理小説の俎上に上げたことで『1Q84』の世界観自体が矮小化してしまい、駄作の感が否めない。
短篇集の作品はどれも面白そうに見える癖に終盤まで行くと盛り上がりを返せと言いたくなるようなオチばかりだ。そもそも『関数組織』自体必要だったのかと疑問が生じる。シリーズ物を作りたくて強引に出しただけとも思える。
これは言桄一人に限ったことではない。短編小説の常か知らないが序盤で人を引きつけておいて、肝心の推理部分が弱すぎるという作品が多い。
ただし、この短篇集の中で盗作歌手やそのファンの心境、閉塞的な学校にいる教師と生徒の上下関係など作品を補強するストーリーには読ませるものがある(だからこそ推理部分が物足りなく思うのだが)ので、言桄には今後中国のジュブナイルノベル雑誌『最小説』で青春小説を書いてもらいたい。
あとこれは作品内容とあまり関係はないのだが、言沈コンビの探偵沈諭と助手言桄は夫婦で探偵事務所を開いている。そして現実でも作家言桄は結婚しており子供までいる。まぁここまでは良いのだが、作中に描かれる探偵夫婦の関係に読者としてちょっと読むのが辛い描写がある。
妻の沈諭は美人なんだが暴力的な女で常に夫の言桄をいたぶり、言桄が他の女と喋ろうものならよりサディステックになるという困った性格で、作中ではよく二人の喧嘩に似た掛け合いが描かれる。それが見ようによってはイチャイチャしているように見える。実際、言桄もそのように書いているのだろうが、小説を使って現実の夫婦生活を補強しているようでなんかイライラして読者の癇に障る。
作家が小説に自分を投影した主人公を出すことは推理小説では少なくないが、妻役まで出して夫婦げんかをさせるのはあまり聞いたことがない。そして、自分役の主人公と絡ませるのが現実の配偶者そっくりであっても、配偶者とは異なる自分の理想の人物であってもどちらも読んでいて気持ちが良いとは言えない。