高智商犯罪之死神代言人/著:紫金陳
紫金陳の本は以前『推理之王』シリーズの『無証之罪』を読みましたが、本作は『高智商犯罪』シリーズの処女作です。
ちなみに本シリーズはもともと『謀殺官員』シリーズ(役人ぶっ殺し)シリーズっていうヤバいタイトルでネットで発表されていたのですが、書籍化する際に流石にこのタイトルじゃ出版できないということで『高智商犯罪』(高IQ殺人事件)となったそうです。『国内首部“反類型”罪案小説』(中国国内初の『アンチ』クライム小説)と銘打たれており、通常のミステリとは一味違う展開がラストまで楽しめます。ただ百度で『罪案小説』と調べても全然ヒットしないので、こんなジャンルが存在するのか不明ですが。
工商所(工商行政管理所の略称。法に基づき企業や個人経営者などを管理し、違法経営を取り締まる機関。)所属の公務員が旅行中に失踪し、翌日全員が遺体となって発見され、唯一消息がまだわからない運転手を犯人として追うが捜査を進めると運転手の犯行かどうかの根拠も揺らいでいき、犯人の正体に全然辿り着けない警察のもどかしさを描き切った傑作です。
6名もの公務員を殺害した凶悪事件であるのに作中で一番重要視されているのが、犯人はどうやって高速道路から出たのかというナゾナゾレベルのトリックです。
作中でも言われているように、被害者たちを乗せたビュイックが高速道路に入り、別の場所で死体が発見されている以上、犯人が高速道路を出たことは確かなのだから、高速道路出口の監視カメラに該当するビュイックが映っていないからと言ってその行方を調べるのは徒労ではないかと思われます。しかし、ビュイックが消失したことに犯人の意図を感じる以上、、捜査を通じて運転手の犯行動機や手口が固まっていく一方で新たに現れる疑問点をますます無視できないものにさせており、車の消失トリックの解明によって事件は怒涛の展開を見せます。
車の行方を追うだけの展開で物語を中盤まで失速させなかったのは素晴らしいと思いました。
この本の帯には『東野圭吾に匹敵できる中国版「容疑者Xの献身」』と随分なキャッチコピーが書かれておりますが最新作を読んだ読者は『無証之罪』と間違えていないか?と混乱させられます。以前にも『中国版そして誰もいなくなった』を読んだことがありますが、現在の中国ミステリで海外ミステリの有名小説や巨匠の名を冠した作品や作家は少なくありません。しかし『無証之罪』が『容疑者Xの献身』の展開を踏襲して既にオリジナルの方を読んだ読者にどんでん返しを用意しているのに対し、本作『死神代言人』は『容疑者Xの献身』を構成していた必要な要素を少しずつ変えており、その違和感を最終的には取り返しの付かないバッドエンドにまで仕立てあげてくれます。
オチをばらしますとこれは石神が花岡靖子に裏切られる話です。このラストは読み進めている途中で十分に予想出来ますが、それは要するに真犯人の意図を見抜けなかった警察の敗北を意味します。中国の小説でそんな展開が許されるのかハラハラさせられましたが、紫金陳はちゃんと警察の完全敗北を書いてくれました。
このような意欲作がネットで公開されていたことに驚かされますが、それはもしかしたら中国の出版社の許容範囲を意味しているのかも知れず、紫金陳が今後も紙媒体で作品を発表することにより、出版社の表現の自由度が徐々に増していくかもしれません。