キオスクに並んでいたので新作だと思い飛びついたのだが、04年初版の旧作だった。中国大陸で初出版されたのが最近だったって話らしい。
しかし、台湾では(多分)書店に置かれているというのに、大陸では6年越しにやっと発売された場所が路上のキオスクという現実が中国本土のミステリ事情を反映しているようだ。
左)大陸版
右)台湾版
『雨』の字を模した館雨夜荘で過去に起きた凄惨な殺人事件を解決するために招かれた哲学者探偵林若平。しかし過去を踏襲するかのように宿泊者たちに次々と不幸が襲いかかる。果たして林若平は事件の真相を暴くことができるのだろうか。
『雨』の字を模した館雨夜荘で過去に起きた凄惨な殺人事件を解決するために招かれた哲学者探偵林若平。しかし過去を踏襲するかのように宿泊者たちに次々と不幸が襲いかかる。果たして林若平は事件の真相を暴くことができるのだろうか。
上空から見ると『雨』の字に見える奇妙で血腥い歴史のある館は、付近で大雨が降り土砂崩れが起きたために外部との連絡が途切れてしまう。陸の孤島と化した館で立て続けに起こる密室殺人。そして事件が起きる度にみんなをホールに集めてアリバイを尋ねる探偵。
まさに従来の本格推理小説を見事になぞった今作。本格派の読者なら身もだえしそうなサービスだ。
作者自身もそこらへんは理解しているようで、探偵の林が宿泊者に事情聴取をしようとすると非協力的な態度を取られたり、全然捜査が進展しないのでイヤミを言われたりと報われない。また、密室にありがちの鍵がかかったドアをぶち破るシーンでは都合3回斧を使ってドアを開けており、三回目での「また斧で破るのか」とツッコミが入る描写などでは目の肥えた本格推理読者を意識しているように見える。
探偵の思い通りに証言せず、腹に一物を隠し持っている登場人物たちは本格推理にありがちな彼らに科せられた傀儡性を払拭しようとしているようにも見える。
しかし一般の本格推理の定石に抗おうとしている登場人物の姿が却って痛々しく、メタフィクションにもならない。
事件の真相には館ものの醍醐味である衝撃を感じざるを得なかったが、読んでいても何で林がその真相にまで辿り着けたのかいまいちピンと来なかった。だから林探偵の言うことが信じられず、話のオチでどんでん返しが来るのではと期待していたのだが、真相は変わらなかった。
探偵役である林若平は紳士然とした優しい男で、今作では一部の宿泊客にかなり舐められた態度を取られている。公的権力の警察がいない場所での探偵は胡散臭い人物に過ぎず、物語の最後になってもまったく尊敬を得られない。
もう少し破天荒な人物が探偵だったり、ワトソン役の受け身の人物がいれば宿泊客にもう少し突っ込んだ質問ができて事件は違う概要を見せたのかも知れない。
そもそも今作は本格推理のルールに則った事件ではあったが林によって明かされた真相が真相だし、過去の事件も解決していないので、ますます林若平シリーズにする意味が薄い。
そういうわけで次に読むことにしている島田荘司推理小説賞にノミネートされた氷鏡荘殺人事件には期待している。