歳月推理12月号が出た。
今月号のラインナップは以下の通りになっている。
言桄 蚂蚁的力量(アリの力)
雪飲狂歌 日落旅馆(サンセットホテル)
千山 探阴宅・上(上)(幽霊屋敷探訪・前編)
御手洗熊猫 圣诞夜的诅咒・下(クリスマスの呪い・後編)
松本清張 種族同盟
アガサ・クリスティ 犬のボール事件
『犬のボール事件』は去年あたりに発見されたアガサの未発表短編小説。どんな内容だか楽しみだが、今回紹介するのは先月にも取り上げた御手洗熊猫の『クリスマスの呪い』の後編だ。
クリスマスの夜、神の使者を名乗る謎の老人卜部六神に招かれた鮎川刑事と天城刑事。館には他にも無神論協会会長の香取恭生と浮浪者めいた風貌の北条圭吾という男がいた。彼らの立会いの中、卜部老人は今晩女優の美千晶恵美、大学教授の松下放庵、作家の菊川雅美、東大生の木下貴和という四人の有名人が神の命によって死ぬ運命にあり、どのような殺され方をするのか説明する。
だが卜部老人の呪術はこれで終わらない。今度は紙に書かれた人物が死ぬと言い香取に裏返しにした紙を引かせる。しかし香取が取った紙には卜部老人の名前が書かれていた。得意気になる香取に対し、卜部は香取こそ死ぬべきだと言い放つ。
卜部老人の予言を端から信用していない香取は館から出て行ってしまう。そして瞑想のためと鮎川刑事たちに言い残し一人で部屋に閉じこもった卜部は密室で背中を日本刀で串刺しにされて死んでしまった。更に翌日、卜部老人の予言どおり名指しされた人物がすべて遺体で発見され、館から出て行った香取も付近で転落死していることがわかる。
遠隔殺人がテーマの今作では、登場人物が上記の人物のほか名探偵御手洗濁しかいない。ミステリの定石で考えると犯人は唯一残った第三者である北条圭吾に間違いなく、鮎川刑事らは御手洗濁の助力を借りてアリバイ崩しを始める。
今作の見所は卜部老人が死者を予言したことにより生じた時系列に関する叙述トリックを、御手洗濁が卜部の予告した死者の順番と被害者が殺された本当の順番を明らかにするところにあります。そしてその結果、常人には理解し得ない犯人たちの思惑が露わになり読者を驚愕させます。
オチを言ってしまえば(以下文字反転)
菊川雅美を除く北条圭吾と卜部老人らは『無政府主義の会』を標榜し、クリスマスなどという外来の祭りに現を抜かし日本の伝統文化を疎かにする堕落した現代日本を恐怖に陥れるために、いわゆる『クリスマス死ね死ね団』を創設します。そして被害者同士が協力して殺害されることで、各人のアリバイを偽装したのです。
個性的な人物と魅力的な謎を作品世界に活かす熊猫先生は、島田荘司先生が定めた本格ミステリの定義をなぞる島田イズム溢れる推理小説家と言えます。
しかし今作もこれまでの作品同様に、探偵が事件を解決するまでの過程があまりにも乱雑であり、魅力的な謎に対する作家としての責任が疎かになっている節が見受けられます。
あと、御手洗濁と北条圭吾が実は大学の同級生であり、彼らが昔話に花を咲かせる場面は読者サービス以外の何物でもない。
御手洗熊猫先生のブログによると、先生は現在『渾濁館殺人事件』という新作を執筆しているようです。
先生の作品に登場する魅力的な謎はどれも短編向きではないと思っているので、次回作は長編だったら良いなぁと期待しています。